第16話 作戦開始

 重く垂れこめる分厚い雲から、バラバラバラ……と、勢いよく回転するプロペラ音が響く。

 プロペラの推進力を得て、雲間から姿を現したのは第三師団の戦空艇だ。コバルトブルーが似合う戦空艇だが、残念ながら曇天を飛行している。

 戦空艇が進む先の地上の景色は、地表を覆う瑞々しい緑が徐々に薄くなり、草木が生えない灰色がかったような岩山が広がっていた。



「まもなくナウシエト上空だ」



 戦空艇内の司令室で、クリスティーナは側に控えるエドワードから報告を受ける。

 彼女は前面に張られた大きなガラスの向こうの景色を、腕を組んで見据えていた。

 いよいよ帝国の領土の中でも端に位置する、帝国領ナウシエトが近づいて来た。

 本日、第三師団に課された任務は、ナウシエト遺跡のワイバーンの巣の討伐及びロストテクノロジーの調査だった。晴天の方が良かったが、天気を操ることはできないのだから仕方がない。



「遺跡との距離百まではそのまま進んで。距離五十になったら作戦開始よ」


「了解、クリス閣下。しっかし……ザートツェントル殿は紅の軍服が似合ねーな」


「そうですか?」



 エドワードの険のある物言いに、同じくクリスティーナの側に控えていたシキが首を傾げた。

 今日のシキは魔導研究所の青の制服ではなく、戦空艇団の紅の軍服姿だ。

 彼が紅の軍服に袖を通したのは、クリスティーナを上官と認めてからこの日が初めて。

 その姿に沸き立つような気持ちになったのは、シキには内緒だ。



「私はティナと恋人のようにお揃いだなと思っていたので、喜んでいたのですが」


「こ、恋人!? 恥ずかしいこと言わないでくださる!?」


「婚約者なのですから、照れなくてもいいんですよ。ティナ」


「クリス閣下は嫌がってんだよ!」


「いいえ! 私たちはお揃いです。ペアルックです! なんて素敵な発想なのでしょう、シキさん!」



 エドワードの言葉に被せるように、興奮気味に声を上げたのは、瞳を輝かせているモニカだ。



「なぜ私は今まで気づかなかったんでしょう。軍服はまさに閣下とペアルック! 推しと同じものを身につけているなんて、幸せ過ぎませんか!?」


「おーい、モニカ。暴走してっぞ。今からワイバーンの巣を叩きに行くのに、ここで力を使ってどうする」



 頭をぼりぼりとかきながらマルスが言えば、モニカは一瞬きょとんした後、たはは、と笑い眉を下げた。

 周りの団員達もつられてくすくすと笑い、戦空艇内の空気が少し和らいだ。



(それにしても、エドワードはどうしたのかしら……。人に突っかかっていくことなんてなかったのに)



 人と分け隔てなく仲良くなれるタイプのエドワードにしては、珍しい態度だった。

 副官同士で相性が悪かったのか。だからといって、シキを副官に据えたのは戦空艇団総師団長である兄だ。命令に背くわけにはいかないことはわかっているのだろうか。

 ……わかっているから、その態度なのかもしれないが。



「閣下、遺跡まで距離百を切ったぞ。現在、距離九十」



 エドワードが作戦までのカウントダウンを知らせる。

 眉を顰めてどこか不機嫌そうなエドワードに向き直り、しっかりと彼の目を見つめた。



「エドワード。今日の任務はあなたがわたくしに代わって、指揮を執るのよ」


「クリス閣下」



 クリスティーナはこの後、戦空艇をしばらく離れる。シキとともにナウシエト遺跡の調査に行くのだ。シキは調査員として、クリスティーナは護衛として。

 その間の第三師団の指揮については事前に話をしており、副官として信頼の厚い、エドワードに任せることにしたのだ。



「作戦の要はエドワードよ。あなたを信じているわ」



 クリスティーナが言葉に信頼を乗せると、エドワードはごくりと生唾を飲み込み、気合を入れ直すように拳を握った。



「任せてくれ、クリス閣下。必ず帰ってこいよ!」


「当り前よ。心配性ね。わたくしは第三師団に必ず帰ってくるわ」



 嫣然と微笑んで見せれば、エドワードが目元を少し赤く染め、眩しいものでも見るように目を細めた。



「クリス閣下。距離七十、幼体のワイバーンを確認。魔導弾装填の準備は完了しました」



 司令室の席で、モニカが計測器を操作しながら報告する。

 戦空艇は岩山に囲まれたナウシエト遺跡を捉えた。そして、ワイバーンの幼体三体を確認した。

 幼体のワイバーンは翼を羽ばたかせて、巣の周りを優雅に飛んでいる。幼体と言えども、体長は人間の二倍ほどで、凶暴なことには変わりない。

 成体は現時点では確認できないが、おそらく留守にしているだけで、巣に何か異変があれば飛んで帰ってくるだろう。

 作戦は短時間で完遂しなければならない。



「始めましょう」



 クリスティーナは凛とした声で、開始を告げた。



「了解! 総員に告ぐ。戦闘部隊はカヴァルリーでの出撃準備を開始せよ。魔導弾は距離五十にて射出」


「魔導弾のカウントを開始します。距離六十三、二、一、六十……」



 エドワードのアナウンスで、すぐさま団員たちが行動を開始する。

 急ぎ足の靴音が響く中、モニカがカウントを始めると同時に、戦空艇全体が振動し、ビリビリと空気を震わせた。



「ティナ、本当に遺跡の調査へ行くのですか? 調査は私一人でも大丈夫ですよ?」



 シキが遠慮気味に、それでいて少し心配そうに聞いてくるが、クリスティーナは首を横に振った。



「もう決めたことよ。わたくしは行くわ」


「わかりました。では行きましょう」



 二人で司令室を出ると、甲板を目指して全速力で駆け上がった。

 クリスティーナは甲板に到着後すぐに、用意されていたカヴァルリーにひらりと跨る。

 すでに起動させていたイヤーカフの通信機から、モニカのカウントが聞こえた。



『五十四、三、二、一、五十! 魔導弾、射出!』



 戦空艇の大砲から閃光が走り、轟音を立てて魔導弾が射出した。

 魔導弾の向かう先はワイバーンの巣ではない。それは遺跡から少し離れた岩山を貫いた。

 ドオオオオンッ、と耳を劈く爆発音が響き渡る。

 岩山は一瞬で抉られてバランスを失い、ゴガガガガガッ、と激しく崩落すると、砂埃が舞い上がっていた。



「ギャアッ、ギャアッ!!」



 突然の轟音に驚いた幼体のワイバーン三体が、声を荒げながら、慌てて巣から飛び出すのが見えた。

 巣、つまり遺跡から逃げるように離れ、どんどん距離が離れていく。



『命中! 幼体のワイバーン三体を遺跡から駆逐。距離百五十!』


「……作戦は成功ね」



 イヤーカフの通信機から聞こえたモニカの報告に、クリスティーナが呟いた。

 今回は魔獣討伐だけでなく、ロストテクノロジーの調査も任務だ。そのため遺跡を破壊しないように、まずはワイバーンを遺跡から引き離す作戦をとった。まずは成功である。

 クリスティーナは肉眼でもワイバーンが一定以上離れたことを確認すると、カヴァルリーの操縦桿をすばやく操作した。

 ブーンと低い羽音のようなモーター音とともに、ふわりと浮き上がり、暗く染めた灰色の曇天へ向かって飛び出した。シキも同時にカヴァルリーで離陸する。



「クリス閣下、雨が降りそうだ。気をつけて行けよ!」



 甲板にともに待機していたマルスがプロペラ音に負けずに叫んだ。ワイバーンが巣に戻ってきた時に再び引き離すため、戦闘部隊は甲板にて待機していたのだ。



「もちろん。マルス、みんな。この後を頼んだわよ!」


「任せろ!」


「クリス閣下、お気をつけて!」


「閣下、絶対戻ってきてくださいよ!」



 他の戦闘部隊の団員たちも、クリスティーナに声をかけ、拳を突き上げる。

 戦闘部隊の頼もしさに目を細めながら、徐々に地上へ向かって下降していった。






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