第15話 技術革新


「ほほう。シキを跪かせるとは。閣下はやはり只者ではないようだ」



 ゆっくりと近づいてきたダニエルが、珍しいものでも見たという表情をしていた。

 クリスティーナは慌てて握られた手を離すと、一つ咳払いをして気分を仕切り直す。

 ニマニマと笑みを浮かべているシキが視界の端に見えたが、そろりと視線を外して、ダニエルに向き直った。



「所長。シキはわたくしがもらいましたわ」


「くれてやる、と言いたいところだが。魔導研究所も人材難じゃ。完全に手放すにはちと惜しいのう」


「まあ。シキ、あなた褒められているわよ」


「よしてください。手足として使える人間がいなくなるのが困るだけです」


「そうじゃ。手足として使いたいことがあるからのう」



 クリスティーナがあえて居丈高に言えば、おどけた口調で返される。

 よく似ている師弟だわ、とクリスティーナは内心で苦笑する。



「そこでじゃ、閣下。聞いてほしい話があるのだが……お時間いかがですかな?」


「話ですか? かまいませんが……」


「シキ、お前も同席しろ」



 シキの返事を待たずに、ダニエルは背を向けて歩き出した。

 どんな話なのだろうか。

 ちらりとシキに視線を移せば、肩をすくめるだけだった。



(シキが何か知っているのか、いないのか……判断がつかないわね)



 クリスティーナはシキとともにダニエルの背中に続いた。会議室を出て右へ曲がる。その先にあるのは所長室のようだ。

 先に入ったダニエルに続き入室すると、兄の執務室とは違い雑然としていて、執務机の上には研究や作業ができるように、様々な器具や機械が所狭しと並べられていた。

 ダニエルからその部屋に設置された簡易なソファを勧められ、クリスティーナとシキは並んで座れば、硬い座面がギシリと鳴った。



「閣下を見込んで頼みがある。かなりの機密事項だ」



 目の前に座った真剣な表情のダニエルに、クリスティーナは固唾を飲んだ。



「わしはまどろっこしいことは嫌いじゃ。単刀直入に言うと、動力源の調査に協力してほしいのだ」



 ああ、と納得のいった表情のシキとは対照的に、クリスティーナは小首を傾げた。



「動力源ですか」


「そうじゃ。閣下もここへ来るまでに新型戦空艇を見たであろう? 今までの戦空艇と比べて重量はあるし、スピードもでる設計になっておる」



 確かにシキがそういうことを言っていたと思い出す。

 ミスリルを使用して装甲を強化し、プロペラの数を増やしている。

 さらに、その動力となるものを、魔導石じゃないものを搭載しようとしているとも。



「閣下も知っての通り、魔導石の産出量低下の問題がある。そこでじゃ、我々はロストテクノロジーに目をつけた」



 クリスティーナは目を見開いた。

 皇女として、歴史の授業の時に学んだことがある。ヴィクトール帝国が始まるもっと以前の時代。それこそ、神代と呼ばれる時代にあったと言われる技術だ。

 その時代は今の時代よりも技術が発達していて、それゆえ滅んだとも言われている。

 その技術を使おうと言うのか。



「文献を研究して見つけたのが、魔導石を使わなくてもエネルギーが生まれる技術・フリーエネルギーじゃ」


「魔導石を使わなくても良い技術……」



 それが本当に可能なら、魔導石の問題を一気に解決できる。魔導石を液体化しなくても、エネルギーは得られることになる。

 それはすばらしいことだ、でも。

 それに気がついた時、クリスティーナは美しい眉根を寄せた。



「……なぜ、閣下の案を採用したのだ、という顔じゃな」


「ええ。この技術を完成させるのであれば、わたくしの案は必要ないかと……」


「それは違いますよ、ティナ」



 口を挟んだのは隣に座るシキだった。



「ロストテクノロジーは未知の技術です。これは文献を解析し実験を行っている段階で、実用化に持って行くにはまだまだ時間がかかる。反対にティナの提案は、すでにある技術を発展させるものです。実用化する可能性が高く、その期間の計算も立つ」


「なるほどね」


「フリーエネルギーは実験の段階でまだ成功にはほど遠いのじゃが、先日文献からその開発のヒントになるであろう、ロストテクノロジーがある遺跡が発見された」


「遺跡?」


「そうじゃ。帝国領ナウシエトで見つかったから、我々はナウシエト遺跡と呼ぶことにした」



 帝国領ナウシエトは、領土の中でも端に位置する地域だ。ごつごつとした岩山ばかりで、民はあまり住んでいない。しかし、神代に現存したであろう物が発掘されやすい地域でもあり、一時代にはそこに国があったのではと言われている。

 考古学者がよく足を運んでいたはずだ、とクリスティーナは思い出す。



「じゃが、考古学の調査隊が入る前に、ワイバーンの群れが遺跡に巣を作ってしまったらしい」


「ワイバーン?」


「そうじゃ。我々はその遺跡をどうしても調査したい。第三師団でワイバーンを討伐してもらえないだろうか?」



 クリスティーナは思わずぱちくりと瞬きをした。

 先ほどの会議での態度とは雲泥の差だ。



「……わたくしたちで良いのですか?」


「ロストテクノロジーは一歩扱いを間違えば、技術を失ったり、暴走させてしまったりすることもある。他国はおろか、帝国軍内でもあまり知られてほしくない。それを勘案すれば、魔導機械にも造詣が深い閣下は信頼できる」


「所長……」


「それに第三師団が請け負ってくれれば、調査はシキに任せることができるしな。どうだろうか、閣下。引き受けてはくれまいか?」



 信頼できる、と帝国軍の重要人物に言葉を向けられた。

 本当に軍人として認めてくれたのだ、とクリスティーナの胸が震え、拳をぎゅっと握りめる。

 断る理由はない。そして、その信頼に応えたい。



「もちろんですわ。第三師団の師団長として、この件を引き受けさせていただきます」


「閣下、よろしく頼みますぞ」


「ご期待に沿えるよう頑張ります」



 クリスティーナがひとつ頷き、笑顔を見せると、ダニエルが真剣な表情から一転、ホッと安堵の溜息を零した。

 本当に調査をしたかったのだ、と彼のロストテクノロジーに対する研究者の熱心さを垣間見たような気がした。



(でも、またワイバーンの群れだわ)



 先日、帝国内で第三師団が討伐したばかりだ。ワイバーンの出現率はそんなに高くないはずなのに。

 その違和感がクリスティーナの意識に引っかかった。



「シキ、お前にこの件を任せる。存分に調査してきてくれ」


「もちろん」


「閣下、こやつを手足として思う存分こきつかってくれ。わしが許す」


「まあ、所長。わたくしの側近だもの。きっとそんなこと言われずとも、手足となって動いてくれると思いますわ」


「お二人とも好き放題言ってくれますね」



 ふう、と不満気に溜息を零したシキがぼやいた。

 思わず、ふふ、とクリスティーナは笑ってしまった。

 魔導研究所もなかなかに居心地がいい。

 ここも第三師団と同じく、クリスティーナを皇女や淑女として扱わず、軍人の一人として扱ってくれる。

 そして、婚約者のシキも軍人として自分を認め、淑女を求めてこなかった。




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