第14話 形勢逆転


「だって、魔獣討伐は軍の強化をしても、年々討伐期間が長引いていますよね。長期間、その者の魔力消費量を抑えられるなら有利になるし、その方がいいんじゃないですか?」



 険悪な空気を霧散させたヨアンがきょとんした表情で言うと、ダニエルがぐっと喉を鳴らし押し黙った。

 クリスティーナはその隙を逃さず、すぐさまその意見に乗った。



「わたくしもヨアンと同意見です。それに」



 一度言葉を切って、紫紺の瞳でダニエルをひたと見据えた。



「すでにお気づきの方もいらっしゃいますが、魔力の高い子どもの出生が年々下がっています」



 誰かがはっと息を飲んだ音が響いた。

 これでもかと目を見開いた所員たちは、誰もが言葉を失った。

 衝撃的なことだろう、と所員たちの様子を目にして思う。

 魔獣討伐に魔力の高い人材が必要であることは、誰でもわかることだ。それなのに、その人材が不足する。

 はっきりと言葉にしたことで、おそらく気がついていただろうダニエルすら、眉根を寄せていた。



「以上のような理由で、魔導石を長期使用できる技術の開発は、急務だと考えております」



 師団長である前に、クリスティーナは皇女だ。

 政治的な機密情報にも触れられる立場にあるから、この情報に早々に触れられた。

 クリスティーナ自身の魔力が少ないからこそ、何か対策が立てられないかずっと考えていたのだ。



「……しかし、魔導石を液体化することは技術的に難しい」



 ダニエルがそれでも難色を示すが、クリスティーナはにっこりと微笑んだ。



「いいえ。そんなことありませんわ、所長。魔導士団のポーション部隊に魔導石の液体化をお願いしたら、できましたから」


「え、まさか……」


「そんな……」



 軽やかに言えば、再び所員たちに衝撃が走った。

 魔導研究所と接点がなかったクリスティーナは、以前第三師団の技術士とともに、魔導士団のポーション部隊に液体化の実験をお願いした。魔導研究所の所員でもできない、と最初は断られたのだが、難易度の高い液体化をポーション部隊がやってのけたのだ。


 魔導研究所の所員たちは、その態度から帝国軍最高の技術部隊として誇りを持っているはず。しかし、その誇りを脅かす技術を持つ者が他にいることは脅威だろう。

 成長のない誇りは、時間が経てば色褪せ、やがて驕りになっていく。

 所員たちが顔色を悪くしている中、シキだけはこの状況を面白そうに観察していた。



(もしかして、シキは所員たちの驕りに気づいていた? それをさらけ出す機会を狙っていたのかしら。だとしたら、思い切り利用されたわね)



 利用されたことを悔しいと思う反面、ここを乗り越えたいクリスティーナは、あえてシキの思惑に乗り続けることを選択した。



「ポーション部隊は液体化には成功しましたが、魔導石の効力を大幅に下げてしまっているのです。この部分を解消し、実用化に成功するのは魔導研究所の皆様しかいないと思うのですが、いかがかしら?」



 ぐるりと見渡すと、目を輝かせている所員たちがそこにいた。どうやら彼らの研究心が疼いているようだ。きっと彼らはやってくれる、とクリスティーナは確信した。

 その時、ふぅ、と深い溜息が聞こえた。



「……閣下。わしの負けじゃ。ただのお姫様じゃないようだな」


「所長」


「まさかここまでしっかりお考えを持っていらっしゃるとは。部隊のことを考えているだけでなく、長い目で広く世界を見ておられる」



 ダニエルが頑なだった表情を和らげて、クリスティーナを一目見た後、所員たちに宣言した。



「今回製作するのは第三師団師団長の提案にする。皆、異存はないな?」


「「「もちろんです!」」」



 所員たちの満場一致の声が、会議室中に響き渡る。

 所長の決定にクリスティーナは胸が熱くなり、認められた、と拳をぎゅっと握った。



「わしの負けじゃよ。あなたは立派な軍人であり、師団長だ。わしは良い軍人と出会えた。これからよろしく頼みますぞ」


「もちろんですわ。採用していただきありがとうございます」



 どこか優し気な表情をするダニエルに、クリスティーナも微笑みで応えた。



「よーし、やってやろうじゃねーか!」


「これはやりがいがあるねぇ」


「さっそく実験しましょう!」



 やる気に満ちた所員たちが次々と立ち上がる。もちろん、ヨアンたちも表情が明るい。早速、研究についての意見が飛び交い始め、足早に会議室を後にする。

 ウキウキと楽しそうな所員たちの背中を見て、クリスティーナは自分の提案が通った以上に、その姿を内心喜んでいた。



「おめでとうございます。ティナ」



 隣の席に座っていたシキが立ち上がり、目を細めてクリスティーナを見つめた。



「ありがとう」


「閣下と呼ばせましたね」


「そうね。認めてくださったと思っていいのよね」


「ええ。あんなに誰かを褒めた所長を、初めて見ましたよ」


「そうなの? あなたも褒められているんじゃなくて? 副所長に据えているくらいだから」


「まさか。私に対しては皮肉ばかりですよ」



 シキが苦笑したが、どこか師弟の信頼関係が感じられる表情だ。



「それでシキ、あなたの狙いは解決されたのかしら?」



 口角を上げて微笑んで見せれば、シキが目を瞠って、ぐっと喉を詰まらせた。



「当たり?」


「……気づいていたんですか?」


「途中でね。わたくしはあなたが副官として、サポートしてくれると思っていたのだけど。サポートどころか、矢面に立たされて、利用されるとは思わなかったわ」


「いえ。本当は凝り固まった考えを持ち始めた、所員たちのきっかけになればいいなと思っただけなんです。きっかけどころか、想像以上の成果でしたよ。ありがとうございます、ティナ」


「じゃあ、わたくしはあなたの上官として、認められたのかしら?」



 小首を傾げて問えば、シキは一瞬真顔になり、その後眉を下げた。



「それも気づいていたのですか。ティナには敵いませんね」



 ほう、と満足げな溜息を零したシキは、クリスティーナの正面に回り込むと、片膝をつき、すっと彼女の手を取った。

 そして、強い意志を乗せた漆黒の双眸が、クリスティーナをじっと見つめた。



「クリスティーナ・ヴィクトール閣下。私は閣下の副官として忠誠を誓います。私を存分にお使いください」



 全身が総毛立ち、じわりじわりと身体中が熱を帯びた。

 シキ・ザートツェントルという優秀な軍人に認められことが、自分にとって思ったよりうれしいことだったらしい。

 クリスティーナはそれを正直に出すのは悔しいので、嫣然と微笑んで見せた。



「ふふ。もちろんそうするつもりよ。わたくしの側近だもの。大事にするわ」


「先輩副官殿よりも大事にしてくださいね。私はティナの最後の婚約者でもあるんですから」



 手を返されたかと思うと、手のひらにシキの唇が触れた。

 皇女として当たり前に受けてきた手の甲ではなく、手のひら。

 次の瞬間、クリスティーナの体はぴしりと硬直し、ぶわりと頬を赤く染め上げた。



「さ、最後かどうかはわからないわよ!?」


「ふふ、つれないですね」



 慌てて捕まれた手を引っ込めようとするのに、シキが強く握って離してくれない。

 手を握ったままシキが立ち上がり、吐息を感じられるほど顔を近づけ、形の良い耳に唇を寄せた。



「でも最後です。ティナには私こそ相応しいんですから」



 また相応しいと言ったわ、とクリスティーナは息を飲んだ。

 紡がれた二度目の言葉に、なぜか心が揺れていて。

 そんな自分に、クリスティーナは戸惑いを隠せなかった。






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