第13話 製作会議
「お前たち、いつまでしゃべっておるんじゃ」
突然、後ろから聞こえた嗄れ声によって、肌を刺すような空気が張り詰めた。
クリスティーナが振り向くと、青い軍服を纏った、白髪の少し背の曲がった老年の男が立っていた。
老年の男はクリスティーナを一瞥すると、厳めしい顔にしわを寄せた。
「これはこれは……皇女殿下ではありませんか。なぜこのようなところに? ここは誇り高き魔導研究所。殿下が来るような場所ではありませんぞ」
「……ダニエル・カソヴィッツ所長ですわね?」
「いかにも。皇女殿下はわしのような者をご存じでしたか」
クリスティーナが席から立ち上がると、ダニエルからすっと目を眇めて、値踏みをするような視線を投げかけられた。
帝国最高位の皇族の出身だとしても、「お姫様」としてしばしば侮られることがある。
クリスティーナはその視線を受けとめて、口角を上げて微笑んだ。
「ええ。わが帝国軍において、所長の名を知らぬ者はいないでしょう。帝国軍の戦力増強は所長のお力があってこそですわ。ただ、所長。わたくしは本日、第三師団師団長として、製作会議に招待していただきましたの」
「ほほう。……シキ、お前が連れて来たのか」
「副所長として、今回の会議には必要だと判断しましたので」
「第三師団の副官としてではないのか?」
「それはご想像にお任せします」
「ふん。小賢しいヤツめ。お前のそういうところが好かん」
ダニエルが一つ鼻をならすと、クリスティーナをギロリと睨んだ。
「殿下、帝国が誇る優秀な所員たちとの大事な会議があるのです。わしはあなた様とお話することはありませんぞ。会議の邪魔だから、早く帰られよ」
バッサリと断ち切る物言いに、ポールたち三人の肩がびくりと跳ねた。
クリスティーナを参加させる気はないらしい。取り付く島もない、なかなか厄介な人物のようだ。
(誇り高いことも優秀であることも、何度も言わなくても十分にわかっているわよ)
魔導研究所に誇りを持つのは良いが、意見も聞かずに排除しようとするのはいかがなものか。
そう思いながらも、クリスティーナは微笑みを崩さず、さらに言葉を重ねる。
「そうは参りません。師団長として、ぜひ魔導研究所の皆様に聞いていただきたい提案がありますので。魔導石と言えば、所長にはぴんと来るものがあると思うのですが」
「何を戯けたことを……」
バカにするような声音で言うが、「魔導石」という言葉にわずかに目を見開いたことを、クリスティーナは見逃さなかった。
現在の世界情勢は、魔獣の出現でその討伐に重きが置かれており、魔導石は各国で使用されている。
魔導石は魔力を抽出できる鉱石で、魔力なしと揶揄される第三師団はメインで使用し、他の部隊は補助ツールとして魔導石を使用している。
しかし、元々産出量が少なく、世界各国がこぞって採掘を行っていることもあり、魔導石は年々減り続けてしまっている。産出量低下が世界的に問題になり始めているのだ。
それを知らない所長ではないだろう。
「……好きにすればいい。お前たち、さっさと始めるぞ」
ダニエルはふん、とまた一つ鼻を鳴らして、青い軍服を翻し、奥にある扉へと消えて行った。
その背中をポールたち三人が慌ててついていく。
どうやらこの会議は一筋縄ではいかないらしい。
しかし、とりあえず会議への参加の許可は出た。ここからが本番だ。
「さすがはティナですね」
「お兄様で慣れているわ。それにしてもシキ、所長はわたくしの参加をご存知なかったみたいね?」
クリスティーナの横にすっと立ったシキをじろりと睨んだが、彼はどこ吹く風だ。
「おかしいですね。所長にはお伝えしたつもりなのですが。まぁ、副所長権限がありますからね。会議への参加は何も問題はありませんよ」
(何が問題はありません、なのよ。この様子じゃ報告なんてしているはずがないわ。……もしかして、わたくしを試すつもりかしら)
おそらく、シキはこの展開を読んでいたのだろう。所長に報告してもしなくても、結果参加を許可することはないと踏んでいそうだ。
そう考えると、自分の上官として本当に相応しいかどうか、クリスティーナの力量を測ろうとしているのではないだろうか。
軍人として試される。
婚約者にそんなことをされるのは初めてだった。
「さあ、まもなく始まりますよ。会議室へ案内します」
シキが案内した先は、先ほどダニエルが入った奥の扉だ。
シキが扉を開け、彼に続いて入室すると、部屋の中心に簡易な机が円状に並べられていて、すでに所員たちが席についていた。
クリスティーナに気がついた所員たちは、ぎょっとして慌てて席を立とうとした。
「座れ、お前たち。会議を進めよ」
重苦しい声でダニエルが言い放つが、会議室内には戸惑いの空気が広がる。
帝国最上位である皇族を無視するわけにもいかない所員たちが、クリスティーナにちらちらと視線を送った。
クリスティーナはこの場を収めるために、所員たちへ向けて公務用の綺麗な微笑みを浮かべ、堂々とシキに案内された席に着く。すると、ほっとした空気が流れた。
シキも彼女の隣席に着くと、議長と思しき所員の進行で、魔導研究所の製作会議が静かに始まった。
製作会議は粛々と進み、所員たちが次々に新たな魔導武器や魔導機械を発表していく。
さすが優秀な所員たちだ。どの提案も独創的だが効率も重視されていて、実現すれば皆が喜ぶだろうアイデアだ。
発表を聞けば聞くほど、クリスティーナは身体中がむずむずとして、胸が躍るのを止められない。第三師団で技術士とアイデアを出し、それを作製しているときも同じような気持ちになるのだ。
「全員終えたな。では、これにて発表を終了する」
最後の所員が発表を終えたと同時に、嗄れ声が平然とクリスティーナを打ち捨てた。
「お待ちください」
クリスティーナはガタリと立ち上がり、ダニエルに鋭い視線を投げつけた。
ダニエルも応戦するように睨みつけるから、会議室に緊張感が走る。
ダニエルは最初から発表させるつもりなんてなかったのだろう。
(そんなこと、お見通しだったけれども)
「皆さん、目を瞠るものがある素晴らしいアイデアでした。わたくし、感動しましたわ。せっかく参加させていただいたのですから、わたくしも提案させていただきますわ」
「え、殿下が!? まさかここで……?」
「どうしてわざわざ提案なんて……ここのレベルをご存じないのか?」
「ここは魔導研究所なのに、場違いなのでは……」
ざわりと空気が揺れて、所員たちは戸惑いを隠そうともせず、不思議そうに首をひねった。
(所長といい所員といい、自らの誇りを持ちすぎているわね)
所員たちの様子を目を眇めて見ていると、腕を組んでどっしりと座ったダニエルが不機嫌そうに言った。
「提案は許可しない」
「まあ、所長。好きにすればいいとおっしゃったではありませんか。ですので、発表いたしますわ」
言質を得たことを示し、クリスティーナは弧を描いた唇に余裕を乗せる。
ダニエルが片眉を跳ね上げ、さらに制止の言葉を重ねようとするが、クリスティーナは堂々と発言した。
「わたくしが提案したいアイデアは、魔導石を液体化し、そのエネルギーを通常の二倍ほど長く使用できるようにするものですわ」
言い放ったとたん、所員たちが目を丸くし、ごくりと生唾を飲み込んだ。
どうやら興味を持ってもらえたらしい。
「わたくしの第三師団はご存じの通り、魔力なしと言われる部隊です。わたくしの部隊の魔導武器は、魔導石を搭載し使用します。その魔導石を通常の二倍の長さで使うことができれば、魔導石の消費量を抑えることができます」
「却下だ。一部隊だけの問題を取り上げることはない」
あくまで話を聞かない姿勢なのかと、クリスティーナは胸にむかつきを覚えるが、小さく一呼吸し、冷静であろうと努める。
「いいえ。先にお話しした通り、魔導石の産出量低下の問題があります。魔導石の問題解決の一助になると考えております」
「他の部隊は己の魔力を使って魔導武器を扱う。魔導石はあくまで補助だ。他の部隊には関係のないことだ」
「え、でも……魔力を持っている者が使っても、その者の魔力の節約にもなりますよね」
重苦しい険悪な空気が漂い、所員たちが固唾を飲んで見守る中、意外にもヨアンが声を上げた。
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