第10話 副官提案
「ああ、かまわねーよ。俺たちは通常の魔導武器は使えねえ。第三師団は魔力なし、って言われているのを知ってるだろ? そんな俺たちでも扱えるようになってる」
マルスがそれなりの重さのある魔導ライフルを掴み、ひょいっと投げ渡すと、危なげなく受け取ったシキがまじまじと検分する。
目を細めて優しく触れながら、魔導ライフルの意匠を確かめていく。その扱いは丁寧で、機械士としての矜持が見て取れる。
「なるほど……少ない魔力を補うために魔導石をセットできるようになっているのですか。これは細かい作業ですね。いい仕事をしている」
天才機械士と呼ばれる彼の言葉に、クリスティーナは胸が弾んだ。
「やはりあなたにはわかるのね。これはわたくしの意向を汲んで、うちの技術士がそれはもう細かい作業を、時間をかけてしてくれたの。魔導研究所にいる所員に引けを取らなくてよ」
クリスティーナは団員たちの戦闘能力の向上に力を入れている。
確実な任務遂行はもとより、帝国軍内で団員たちに肩身の狭い思いをさせないためだ。
専属の技術士は難しい要求によく応えてくれている、と思っている。
「ここまで作業ができるのなら、うちに欲しいくらいですね」
「ふふ、あげないわよ。その代わり、魔導研究所へ渡してもいいアイデアがあるのだけど」
「アイデア?」
シキがわずかに目を開く。
見逃さないクリスティーナは、食いついたわ、と胸の内でにんまりと笑う。
「技術士と一緒に考えていたのだけど、魔力を持っていない者はもちろん、魔力のある者にもメリットのあるアイデアよ」
「それはどのようなもので?」
「わたくしの団の魔導武器は、魔導石を搭載できる部分があるわ」
「ここですね」
魔導ライフルを持っていたシキが指差した。
そこはアクセサリーの台座のような金具がついており、魔導石を固定できるようになっている。
「今は足りない魔力を補うために、鉱石の塊を使用するのだけど、その部分をタンクに変える」
「タンク? まさか魔導石を液体化するのですか?」
「その通りよ。魔導石を液体化させて、通常の二倍程度使用できるようにするの。例えば、魔力のある者がこれを使えば、長く前線に出られるわ」
「確かに魔力を持っていない者はもちろん、魔力のある者にもメリットがありますね」
「特にわたくしの団は魔導石の有無が勝敗を分けるから、なるべく一つの魔導石を長く使いたいのよ」
(それに、魔導石には一つ大きな問題を孕んでいる。だからこそ長く使えれば……)
なるほど、とシキが眉を上げ、面白そうにクリスティーナを見た。
「ティナは団員のことをきちんと考えているんですね」
「当たり前でしょう? 自分の師団、団員のことよ」
「他の部隊はそうでもないですよ。皆、己のことばかりで、団員を大切にするあなたのような人は珍しい。それにこのアイデアは団員だけじゃなく、帝国軍全体の強化につながる」
「じゃあ、このアイデアは採用かしら?」
「いえ。すぐにとはいきません」
反応が良かったからこそ、思わず眉根を寄せた。
「どうして?」
「魔導研究所にはルールがあります。アイデアを実現するには、製作会議で決定される必要があるんですよ」
「製作会議?」
「ええ。魔導研究所で何を作っていくのかは、製作会議で決めるんです。毎回、うちの所員がこぞってアイデアを提案しているんですが、そこでティナもアイデアを提案してみては?」
クリスティーナは目を見開いた。思いもよらぬ提案だ。
魔導研究所は軍事機密のある場所ゆえ、おいそれと入れる場所ではない。
クリスティーナも例外ではなく、軍人としても皇女としても、これまで足を踏み入れたことはなかった。
しかも、そんな魔導研究所でクリスティーナのアイデアを披露させてもらえるらしい。
こんなチャンス滅多にない。
「部外者のわたくしが参加させてもらえるものなの?」
「私が口添えしましょう。あなたのアイデアは、魔導研究所の人間が聞くべきです」
天才機械士に力強く言われれば、クリスティーナの意志は決まった。
「ぜひ、製作会議に参加させていただくわ!」
このチャンスを逃すまいと、クリスティーナは元気よく返事をした。
その感情を反映するように、彼女の口元は美しく弧を描き、紫紺の瞳は煌めきを放つ。
(しかも、ちょうど良かったわ)
魔導研究所を訪れたかった気持ちは本物だし、アイデアがあるのも本当。
ただクリスティーナにとっての今の本命は、婚約者の懐に入るタイミングだ。
シキの人間関係を把握し、弱みを握っている人物と接触して情報をつかむ。
今まで婚約破棄に使っていた常套手段の一つだ。
(彼のテリトリーに入ったら、情報を取れるだけ取るわ。最短記録の更新よ)
胸の内で、気持ちを新たにしていると、シキがこちらを見て、眩しそうに目を細めた。
「いいですね、その生き生きとした瞳。私は好きですよ」
「は? な、何を言ってるのかしら!?」
「本当のことを言っただけですが」
「シキ! あなた、そんなセリフを様々な女性に言っていたんじゃなくて!?」
「あ、やっと私の名前を呼んでくれましたね」
とろりと柔らかく笑ったシキに、やっぱり蜂蜜のような甘さが含まれている気がして、クリスティーナは再び噛みついた。
噛みついたけれど、羞恥が全身を駆け巡り、頬は赤く染まっている。今日はシキにどれだけ顔を赤くさせられたのか分からない。
(七人目の婚約者は、本当に厄介だわ!)
第三師団の団員たちは、そんな二人を見て面白がって囃し立てたが、エドワードの拳がぎゅっと強く握られたことに、誰も気がつかなかった。
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