第7話 皇女出撃

 ブーンと低いモーター音が続くカヴァルリーを走らせる。前方から吹いてくる風に煽られ、クリスティーナの髪が靡き、光を反射して煌めいた。

 クリスティーナが空の状況をさっと確認すると、空の一部を覆っていた魔導弾の爆煙はすでに引いていた。その煙幕から出てきたのは、残った五体のワイバーンだ。



(目視で確認できたわ。ワイバーンは残り半分)



 そのワイバーンたちも、魔導弾のおかげでかなりダメージが入っていて、先に出撃していた戦闘部隊の団員たちが戦闘を繰り広げていた。

 ふっと短い息を吐いたクリスティーナは、カヴァルリーの金属製のステップに軍靴をガチリと固定する。

 操縦桿を器用に操りながら、己の肚に力を込めて、すくっと立ち上がった。

 早いスピードはそのままに、すでにワイバーンと交戦している戦闘部隊を目指す。

 クリスティーナは腰のベルトに差していた、手のひらくらいの大きさの黒いロッドをさっと取り出し、それを右手でぐっと握りしめながら、なけなしの魔力を込めた。



「ハルバード!」



 ロッドがブンッと低く短い音を発したと同時に、ぶわりと光を放ち、状態を変化させていく。

 手のひらくらいの大きさだったロッドが、クリスティーナの身長を超える長い柄に変わる。

 先端には魔力が放出され、魔力で作られた鋭い斧が生成された。

 魔導武器・魔斧ハルバードだ。

 クリスティーナの右腕に重みが加わり、ブンッと一振りすれば、彼女の双眸に鋭さが宿った。



「さあ、殲滅して差し上げるわ」



 クリスティーナは全身の血を滾らせ、ハルバードの柄を握る手にぐっと力を込める。

 カヴァルリーをさらに加速させ、モーター音を唸らせながら、ワイバーンとの戦いを繰り広げている中に突っ込んだ。

 直後、一体のワイバーンが戦闘部隊の団員に対し、太くて重そうな拳が振り上げられた。



(わたくしの団員に手出しさせないわ!)



 クリスティーナはハッと短く息を吐き、側面から魔獣の硬い胴体に向かって、力強く右腕をブンッと一振り。得物のハルバードで、真一文字に薙ぎ払った。



「ギャアアアアアアアッ!」



 硬い胴体にも関わらず、魔力で作られた鋭い斧刃はバッサリと両断した。

 ワイバーンが絶叫し、その巨体は魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。



「閣下!」


「クリス閣下!」


「待たせたわね!」



 クリスティーナがニッと口の端を上げて余裕を見せれば、団員たちがさらに気合の入った顔つきに変わった。



(今日もハルバードの威力は絶好調ね。切れ味が抜群で気持ちがいいわ)



 魔斧ハルバードはクリスティーナが愛用する、帝国軍が扱う魔導武器の一つだ。

 魔力の少ないクリスティーナは、この武器を改良して魔導石を追加し、魔力を抽出している。

 魔力なしと揶揄される第三師団の武器は、彼女ものと同じように改良され、どの団員でも扱えるようにしているのだ。

 自分たちの欠点を補うため、第三師団には専属の技術士がいるくらいだ。



「閣下、油断するなよ! 残り三体だ!」


「わかってるわ」



 ちょうど、もう一体のワイバーンを倒したマルスが叫んだ。

 マルスが愛用している魔導武器・魔槍ランケアを構え、すぐにもう一体に突っ込んでいく。



「わたくしたちももう一体を狙うわよ!」



 クリスティーナは器用にカヴァルリーごとくるりと向きを変え、団員たちに指示を飛ばす。



「みんな! 魔導ライフルでワイバーンの注意を引いて!」


「了解、閣下!」



 飴色の銃火器・魔導ライフルを所持している団員たちが、一斉にワイバーンへの射撃を開始した。

 ドパパパパパンッ、と魔力のこもった弾丸が雨のように降り注ぎ、ワイバーンを襲う。

 だが、ワイバーンは弾丸の雨を縫うように、翼を使って上手く回避していく。弾が当たると体力が削られていくが、ワイバーンの致命傷にはならない。ワイバーンもそれがわかっているような動きだ。

 そして、こちらの攻撃が止むとわかると、ぐわっと大きく口を開け、炎のブレスを吐いた。



(知能があるのね。でも、わたくしが斬りつけてあげてよ)



 クリスティーナは魔獣に隙ができる一瞬を狙い、じっと注意深く見つめる。

 何度も吐かれるワイバーンの炎のブレスだが、団員たちはカヴァルリーを器用に操りながら、危なげなく躱す。

 何度も躱されるからか、ワイバーンに苛立ちが見え、徐々に動きが荒くなっていく。

 ワイバーンがブレスを吐くのを止めて、我慢しきれず、団員の一人に真正面から突っ込んできた。



(今だわ!)



 クリスティーナはニヤリと口の端を上げて、すぐさまワイバーンの頭上へ接近した。

 気配に気づいたワイバーンがカッと目を見開き、こちらを見たがもう遅い。

 一気にカヴァルリーを下降させ、ぐっと奥歯を噛みしめると、右腕に渾身の力を込めてハルバードを大きく振りかぶった。



「ギャアアアアアアアッ!」



 ワイバーンの肩から胴にかけて、斜めに大きく斬りつけ、ズバンッと両断した。

 クリスティーナの一撃が綺麗に決まり、また魔力の炎に焼かれ、塵となって消滅した。



「さすが、閣下!」


「ありがとう、助かったわ!」



 クリスティーナが拳を上げると、団員たちも拳を突き上げ、歓声をあげた。

 団員たちとの連係プレイで、ワイバーンをまた一体倒すことに成功した。

 ふっ、と一瞬気が抜けた矢先、クリスティーナの視界の端に何かが映る。

 振り向くと、まだ残っていたワイバーンが、団員に向って長くて太い尻尾を振り上げていた。



「いけないわ!」



 あれを直に喰らったら、ただではすまない。



(団員はわたくしが守る!)



 クリスティーナは操縦桿をフルスロットルで回して、唸り声を上げるカヴァルリーを全速力で飛ばす。



「閣下!?」



 目を見開き、驚いた団員の顔が見える。

 間一髪で、団員とワイバーンの間に入り込めた。

 瞬間、ガガガドウンッ、とカヴァルリーが派手な音を立てて、衝撃の全てを受け止める。



「ぐ……!」



 その瞬間、身体が重力に逆らってふわりと浮いた。



(しまった、投げ出されたわ!)



 とっさに操縦桿をきつく握りしめる。

 だが、カルヴァリーごと視界がくるりと入れ替わり、全身を勢いよく重力に引っ張られた。



「閣下!!」



 落下によって生まれた突風が、クリスティーナの全身を押しつぶすように吹き付ける。

 操縦桿をすばやく操り、自分の態勢を立て直そうとした。

 けれども、クリスティーナはふとやめてしまった。


 力の抜けた身体が頭から真っ逆さまに落ち、視界が目まぐるしく変わる。

 肺にぐっと圧力がかかり、息を吐くことも吸うこともできない。

 危険を知らせる心臓の早鐘の音が、身体中に響き渡った。

 生と死のボーダーライン。

 ギリギリの感覚。

 ただ恐怖が心も体も支配した。

 けれども。



「……生きてるって、感じがする」



 呟きは空気に溶けた。

 何にも逆らわず、ただ己の身体は落下する。地上に引っ張られるように、下へ下へ。

 処理が追い付かず思考を停止した脳が、真っ白に染まっていく。

 このまま朽ちるのも、いいのかもしれない。



 それなのに、脳裏に何かが映った。



(また、だ)



 さらりと揺れる金の髪が印象的な女性。美しい双眸を眩しそうに細めた。



『クリス……ーナ、愛……るわ』



 親しみのある音が脳に響き、それに覆いかぶさるように、もう一つの音を脳が生み出す。



『……は……を大事に……誓うよ』



 ふっと見えた映像は黒い髪が印象的で。

 口元が優しく弧を描き、優しい音を耳に残した。


 胸の内にじんわりと温もりが広がる。

 走馬灯のように流れる映像に、現実にはありえない温度。

 それが一体、何なのかは分からない。

 でも、また見せてもらえた……とその感覚だけが、ひどくはっきりと残った。

 そして、そのまま静かに彼女の意識が白く塗りつぶされていく。





「師団長ともあろう者が、簡単に命を投げ出すのですか。困りましたね」





 刹那、脳が音を捕らえた。状況にそぐわない丁寧な響きだ。

 すぐさま思考が活動し始め、彩りが戻ってくる。

 警戒心が働き、クリスティーナは反射的に体勢を立て直そうとしたが、その前にぐっと手首をつかまれる。

 捕まれた拍子に操縦桿は手を離れ、乗っていたカヴァルリーだけが、地上へ向かった。



(誰? 今の今まで気配がなかった)



 己の手首をつかんだ先に視線を動かすと、青い軍服を着た体格の良い男が、長い黒髪を靡かせてカヴァルリーに乗っていた。




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