第2話 旅の始まり

目の前の光景に唖然とし、汐那は銅像のように固まってしまった。カチ……カチ… 時計の音がやけに五月蝿く感じる。その音をかき消すように、少女が声を発した。

「……来る前に片付けようと思ったんだけどな、ごめんねこんな姿見せて」

「いや、謝らないでください!むしろ私からしたらすごく、有難いことなんです。久津名を殺してくれて、ありがとうございます」

「……驚いた、人を殺して感謝されるなんて(笑)」ずっと無表情だった少女は笑みをこぼした。その表情は端麗で、どこか儚さを感じた。

「ところで汐那ちゃん、私の名前分かる?」

「え……」なぜこの子が私の名前を知っているんだろう。この子とは面識がないはずだ。そこで、ふっと汐那の頭の中に、クラスメイトの話がながれてきた。

『なあなあ、5組にすっげえ美人いるの知ってる!?』 『あ、俺もみた!なんかめっちゃ綺麗な人!顔立ちが凛としてるんだよなぁ、確か名前は……』

「……藍音凛、?」少女の方を、いや、凛の方を見る。 1拍置いて

「……正解」そう呟いた。先程の笑顔から、またいつもの凛とした無表情に戻っていた。

「私の名前覚えててくれたんだね、ありがとう汐那ちゃん」

「そりゃ、凛ちゃんは美人さんだし、めちゃくちゃ噂されてるから…」

ここでまた会話が途切れてしまった。カチ……カチ……また先程の場面に逆戻りだ。ちらっと時計に目をやる。時刻は8:58だ。授業が始まって10分ちょと……いくら久津名がケビン先生に言ってくれてるとはいえ、そろそろ授業に戻らないと先生に怪しまれるだろう。

「り、凛ちゃん!そろそろ授業戻らない?」

「戻りたいのは山々なんだけど、こんな状況だしね」凛が視線を落とす。視線の先には、真っ赤な白衣を着た久津名が横たわっていた。久津名を見て、今自分の置かれている状況を思い出した。目の前の彼女は人殺しなのだ。

「凛ちゃん、逃げよう」

「え……何言ってるの?」

「いいから、早く!とにかくここから逃げよう!!」

「まって、汐那ちゃん。私逃げる気なんて……」

「私が貴女に捕まって欲しくないの!!」

だって、私からしたら貴女は恩人だから……

汐那は凛の手を無理やり引き、理科準備室から飛び出した。このまま凛を置いていく方がいい、人を殺した凛と関わってもいいことはない。そんなこと分かってるけれど、私はどうしようも無い人間で、凛に捕まって欲しくないという気持ちの方が勝ってしまった。

「……汐那、ありがとう」

「え?なんて、?」

ボソッと凛が何かを言ったのは分かったけれど、なんと言ったかまでは聞き取れなかった。凛が私の問いに答えることはなく、そのまま何も話さなかった。


美濃輪駅前 a .m.9:32


「凛ちゃん、どこ行きたい?」

「……ここかな」

凛はお金をいれ、『糸杉』とかかれたボタンを押した。続いて私も買う。電車が来るまで何か話したいなと思い、話題を探す。

「あ、そいえば、『糸杉』で思い出したんだけど、イトスギっていう植物あったよね」

「そうなの? 初めて聞いたけど……(笑)やっぱ汐那ちゃんって植物系強いよね〜」

汐那は凛の言い草に違和感を覚えた。 その言い方だと、まるで汐那のことを知っているような言いぶりだ。 凛とは初対面のはずなのに。悶々としていると、凛が口を開いた。

「イトスギの花言葉ってさ、確か……」

~~~♪

電車が到着するアナウンスが流れた。

「やっぱりなんでもないや、行こ、汐那ちゃん」

「あ、待って!今行くから!」

颯爽と2車両目に乗っていった凛を慌てて追いかける。これから、私達はどうなるのだろうか。このまま電車に乗ってしまえばもう後戻りは出来ない。引き返すなら今のうちだ。

「……ここまで来たなら、もう行くしかないでしょ」後のことなんて気にしない。私は凛の共犯者になると決めたんだ。 汐那は大きく1歩を踏み出し、電車に乗り込んだ。

こうして、どうしようも無いダメ人間と人殺しの、長い長い旅が始まった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最初で最後の夏の旅 yuyuyui @exprojon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る