ラビ姫と夏祭り

「あづい……」

 団扇を片手に、佐藤堅太はそう呟いた。

 ただでさえ夏の夜は蒸し暑いというのに、昨日は雨が降っていたし、周りは芋を洗うようで温度と湿度が上がっている。熱中症になる人が出てもおかしくない。

「ラビまだかなぁー。いやまあ、まだだろうけど待ち合わせの時間まだだし。早く涼しいところに行きたい……」

 もう二十分ほど待っているのだが、約束の時間まではまだ十分ある。

「混むだろうし早めに行こうと思ったのが運の尽きだったかなぁ。まさか三十分も早く着くとは」

 神社の境内には、かき氷、チョコバナナ、わたがし、射的、金魚すくい、型抜き……等など、たくさんの屋台が建ち並び、辺りには浴衣姿の人が行き交っている。

 つまり今日はお祭りなのだった。

(まだ時間あるし、かき氷でも食べて待ってようかな)

 堅太は首から下げたがま口財布の口をパカッと開き、今日のお祭り用に母親から持たされたお小遣いを確認した。

「よし! 足りるな!」

 財布の中身は百円玉二十枚、五百円玉一枚、計二千五百円。小学二年生にとっては大金だ。

 一個二百五十円のかき氷を食べても余裕で遊べるだろう。

 堅太は近くの屋台でブルーハワイのかき氷を一つ買うと、待ち合わせ場所で食べ始めた。


「こんばんは、ケンタ! お待たせなのだ!」

 待ち合わせ場所に戻ってからほんの数分。堅太の元に、堅太と同じくらいの年の少女が駆け寄ってきた。一分の違いもなく時間ぴったりだった。

 Tシャツに短パン、首から下げたがま口財布という堅太の服装と比べ、少女の服装は浴衣に巾着、それからちょっと凝った髪型と、夏祭りにマッチしたものだった。

 この可愛らしい少女はただの少女ではない。月の裏側にあるウサキングダムの姫『ラビ・ハーツ・ウサキング』であり堅太の友達だ。

「今さっき神社に着いたところだから大丈夫だよ」

「ん……? かき氷持ってるし半分ぐらい食べてるって事は、それは無いんじゃ……?」

「くっ、バレたか」

 堅太は顔を赤くした。分類としては、クリームを口の周りに付けながらケーキをつまみ食いしていないと主張するようなものでは……? と恥ずかしくなってしまったのだった。

「恥ずかしがるくらいなら何ですぐバレるそんな嘘をついたんだ……?」

「月ではどうだか知らないけど、地球ではこれが一番ベストな回答とされているんだ! って、昨日読んだお姉ちゃんの少女マンガに書いてあった」

「そうなのかあー。というか、少女マンガってその情報源信用できるのか?」

「多分」

「じゃあ、わたしも今度からそれ使おうかな」

「いやいや、使い時なんてないと思うよ。ラビが待ち合わせより前に来ることなんて無いでしょ、未来永劫金輪際宇宙が滅亡するまで」

「信用のなさ! 今日は時間ピッタリだったじゃん!」

「……この前一時間遅れたこと忘れてないからね?」

「ごめんなさい」

 珍しく今日は時間通りだったが、ラビ姫は遅刻常習犯なのだった。

「ところでところでっ! そのかき氷何味なのだ? 青いシロップだから海味とか……?」

「どうしてそこで出てくるのが『海』なの!? 絶対しょっぱいじゃん、かき氷だよ!」

「だって青い果物が思いつかなかったから」

「確かに、あんまりないよね。強いて言えばブルーベリーとか?」

「ブルーベリー味なのか?」

「ううん、これはブルーハワイ味だよ」

「ブルー、ハワイ……? トロピカルな味なのか?」

「いや、違うよ」

「じゃあどんな味なのだ?」

「青色にしただけのシロップだよ。ブルーハワイに限らず、普通のかき氷シロップはどの味でも色が違うだけらしいけどね」

「さ、詐欺だー! 一種類でいいじゃん!」

「そうでもないよ。思い込みだけで本当に苺とかメロンの味がする気がするし、それに」

 堅太はペッと舌を出した。

「舌が色んな色になるのは面白いし」

「うわぁー! すごい! わ、わたしも面白い舌になってくる!」

 と、意気揚々とかき氷屋台に向かったラビ姫は、店主と話してものの三十秒ほどでとぼとぼ帰ってきた。

「ケンタ、わたしは捨て置いて先に行け。お祭りを楽しんでこい」

「何があった」

「……ウサキングダムは、つい最近硬貨偽造防止のためもっと精巧に作られた新硬貨を発行したのだ」

「おお、タイムリーだね。日本もそうだよ。今年の七月に新紙幣発行したんだよねー。まだ生で拝めてないんだけど」

「そうなのか。……話を戻すけど、旧硬貨100ウサン(=100円)玉は金色で、間違いようがないんだけど、新硬貨は百円玉と同じサイズで銀色なのだ」

「まさか、ラビ——」

 堅太はもう大体の事情を察した。



「持ってくるお財布間違えた!!」

「やっぱりそうか!」



「さすがに外貨じゃお買い物できないよぅ」

「一旦取りに帰れば? ウサモービルなら十分ぐらいで月に着くでしょ?」

 ウサモービルとは、ラビ姫の持っているバイク型の小型宇宙船である。

「浴衣じゃウサモービルに乗れないから、宇宙バスに乗ってきたのだ。次の『地球→月』便は二時間後……」

「お祭り終わっちゃうねえ」

「うう、終わりだぁ……」

 しょうがないなあ、と堅太は呟いた。

「ちょっとくらいならおごるよ」

「え、いいのか!?」

「ま、一人で回るのも嫌だし」

「神だ……! ケンタは神様だっ!」

「持ち上げても何も出ないよ、かき氷何味がいい?」

「いちご!」

「舌の色ほとんど変わんないじゃん……」

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380,000キロはウサモービルで約10分 蝶夏 @tyouka

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