ラビ姫と海の日

 子供部屋の真ん中に置かれた小さなテーブルに、七歳ぐらいの少年と少女が向かい合っていた。

 ツインお団子ヘアが特徴的な可愛らしい少女は、ウサキングダムの幼き姫『ラビ・ハーツ・ウサキング』である。ラビ姫は地球のお友達『佐藤堅太』——向かい合っている少年の家に遊びに来ていたのだった。

「ケンタ。海の日、なのだよ……!」

 神妙な顔で、ラビ姫はそう言った。

「ラビ、今日は七月二十一日だよ。海の日を含む三連休は悲しいことに一週間も前に終わったんだよ。終わってしまったんだよ。そして僕ははしゃぎすぎて終わらなかった三連休中の宿題に対して、さらに課されたペナルティ課題を終わらせている最中なんだよ。つまりひまじゃないんだ。用件は簡潔に言い給え」

 堅太は鉛筆をくるくる回しながら不機嫌そうに答えた。

「海に行きたいっ! ここ一週間くらい忙しかったからリフレッシュしたい!」

「行きたいなら行けばいいじゃん。海なんて月にいっぱいあるでしょ、南の海とか賢者の海とか」

 堅太の言葉にラビ姫は首を横に振る。

「ケンタ……あれは海じゃないのだ。ただ平らなだけ」

 堅太は漢字ドリルを進める手を少し止めて、そう言えばあれは玄武岩だったか、と思った。

「じゃあもう妥協で湖とか川とかに行けば?」

「それもないのだ。月に水はない、習わなかったのか?」

 そう言い切るラビ姫に、堅太はふと疑問に思う。

 ウサキングダムの特産品は餅なのだ。餅米を作るのにも、蒸すのにも、餅をつくのにも水は必要なのでは——?

「——水がないなら特産品の餅ってどうやって作ってるの?」

「ケンタ危ないっ! それ以上センサクすると消されるぞ!」

 机に手をつき身をのりだして、ラビ姫は叫んだ。

「消されるって……誰に?」

 ラビ姫の切迫した様子に驚き、堅太は恐る恐る尋ねた。

作者かみさまに」

「怖っ!」

「冗談じょーだん! 兎族は地下水でどうにか生きてるのだ」

 堅太はほっと胸をなで下ろした。

「月に海も湖もないのは分かったよ。でもね、ラビ。ここがどこだか知ってる?」

「地球!」

「うん、そうだね。でも、もうちょっと細かく言ってくれるかな?」

「うーむ、日本……?」

「うん、あってるよ。あとほんのちょっと細かく言ってみようか」

「ケンタのお家!!」

「今度は細かすぎるかな」

 首を傾げるラビを横目に見ながら、堅太はバッとカーテンを開けた。

「見よ! 東西南北山・山・山!! 内陸県、山がないどころか山ばっかりな山梨県!」

「ちょっと行けば海に出るよね?」

「そっかあ、そうだよね。そういえばラビは日帰りで三十八万キロ往復しちゃうんだもんねっ! ウサモービルって二人乗りできるの?」

「できるよ! ヘルメットは必要だけど」

「じゃあ大丈夫か」

 山梨県から海までのアクセスは良くないが、ロケットと同じような性能を持つウサモービルなら文字通り『秒』で着くだろう。

「そもそもの疑問なんだけど、ラビ水着持ってるの?」

「もちろん!」

 ラビ姫は満面の笑みで答える。



「持ってないよっ!!」



「いや、持ってないのかよ!」

「海行きたいけど泳ぎたい訳じゃないから」

「じゃあ何しに行きたいの?」

「可愛いイルカさんとかお魚さんとか見たいのと、あと海の家のごはん食べたいのと……これが海だーって雰囲気を感じたいっ!」

「うーん。言っとくけど普通の海水浴場にイルカは居ないからね。あと、可愛いやつらだけじゃなくて危険なクラゲとかにも遭遇するから。というか、ちょっと思ったんだけど……」

 顎に手を当てて、堅太は首をひねった。

「もしかしてラビ、泳げないんじゃ——」

「そんんんんなぁっ、こ、こここ、ことっ、あ、あるはずないっ、けどっ!? わわ、わたしはラビキングダムの王女であり次期女王、いずれ国を統べる『ラビ・ハーツ・ウサキング』なのだ! 泳げないなんて、そんなことあるわけないだろうっ!?」

「明らかに動揺してる……泳げないんだね」

「そ、そんなことないってば! さ、三メートルなら泳げるもん!」

「そっか、そうだよね。一国の王女様が泳げないなんてそんなことあるはずないもんね。きっとオリンピック選手も顔負けの水泳技術に違いないよね。溺れることなんてあり得ない訳だから溺れてそうに見えても、助けなくて大丈夫なんだよね!!」

 堅太は見たことが無いほどの満面の笑顔で、邪悪にそう言い放った。

「ごめんなさい。本当は海で泳いでみたいけど泳げないんです。泳ぎを教えてください、おねがいします」

 一国の王女様は正座で床に手をつき、頭を下げた。

「正直でよろしい。為政者は嘘ついたり見栄張ったりすると取り返しがつかなくなることも多いからね。その結果がこの世界さ。でもラビは正直で素直な子だからきっとみんなに愛される女王様になれるね。友人が破滅の道を進まなさそうで良かったよ。でもごめん、実は僕も泳げないんだ」

「さすがのわたしも怒るよっ!?」


 さすがにやり過ぎた堅太は、本日のおやつをラビ姫に渡す事となった。

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