380,000キロはウサモービルで約10分

蝶夏

ラビ姫とこどもの日

 月の裏側には兎族の暮らすウサキングダムがある。

 兎族は、地球上の人間と似たような見た目をしているし食べる物も生態も同じだ。唯一違うのは、体を構成する主成分がタンパク質では無くMOCHI-M00Nという未知の物質でできている事だ。

 今日は五月五日、こどもの日。ウサキングダムは柏餅作りに大忙し。



「姫ー! ラビ姫ー!」

 王に仕えて早五十年。ベテラン執事のアポロンは山盛りの柏餅とティーセットを持って城内をうろついていた。

 ティータイムに、この国の姫——ラビ・ハーツ・ウサキングが部屋にいなかったのだ。

 探し回って探しまくって、ようやく、アポロンは姫を見つけた。

 頭の上、髪を二つのお団子に結った七歳くらいの可愛い少女。バルコニーにいるのは、間違いなくラビ姫だ。

「あ! いらっしゃいました! ラビ姫、どうされたのですか? いつもはティータイムをあんなに楽しみにしていらっしゃるのに」

「じいや、わたしね……」

 姫は神妙な面持ちでアポロンに話しかける。

「ウサキングダムのかしわもち飽きた! だってもう! 何年もずぅーっとおんなじかしわもちなんだもん!! 可愛くないフツーのかしわもちなんだもん! 地球にはもっとニューでキュートなやつがあるって聞いた!」

 姫は両手をグーにしてぶんぶん振って訴えかける。

 ウサキングダムの柏餅は伝統菓子。国民総出で作るそれは、百年以上味も見た目も変わらないことが誇りなのだった。

「そ、そうはいいましても……」

「わたし、地球に行ってくる! 地球で柏餅食べてくる!」

「お待ちください、姫ー!!」

 そう言うと、ラビ姫はウサロケットに乗って地球へ飛んでいった。


「とゆー訳で、突然ながら遊びに来た! ケンタ、トリックオアかしわもち!!」

 向かった先は、地球のお友達佐藤堅太の家だった。

「ラビ……それは別の行事だよ」

「そーなの?」

 きょとんとした顔で、ラビ姫は首を傾げた。

「ハロウィンは十月三十一日だから当分先だよ」

「じゃあ、ニューでキュートなかしわもちは食べられないのかあ……」

 しょぼぼーん、という効果音が聞こえてきそうなほど肩を落とすラビ姫を見て、堅太は仕方ないなあとため息を吐く。

「まだ僕、家にある柏餅食べてないし、ニューでキュートかは分からないけど二個あるから一個食べていいよ。食べていいから、食べたらすぐ帰りなよ」

「な! う、嬉しいけど……もしかしてわたし、ケンタにウザがられてる!?」

「ウサキングダムでは五月五日は盛大なお祭りの日なんでしょ? そんな日にお姫様がいないと大変じゃん。今頃、お城のヒト達はてんやわんやだろうし……僕の柏餅一個で騒動が収まるんなら犠牲になってあげようかと」

「ケンタ……わが国のために自らのおやつを捧げるなんて、もしや思ったよりオトナ!?」

「ふっふっふ、誕生日を確認してからいい給え。ラビは七歳、僕は八歳。年上なのだよ。……というか、僕のおやつが犠牲になるのはラビのワガママのせいだからね?」

「ごめん……この借りは必ず返すから」

 堅太は冷蔵庫から柏餅を出す。

 そのパッケージには、『ウサキングダム製! マボロシの柏餅』と書いてあった。

 堅太は、見なかったことにして柏餅を冷蔵庫に戻した。

 一旦喜ばせた手前、言い出しづらかったのだ。なんかこう、プライドが邪魔したのだ。

「……うーん、賞味期限切れてたみたい。買いに行こう」

「うん! 色んなの見てみたい!」

 結局近所のスーパーへ買いに行くこととなった。


「ふぁー! これが地球のかしわもち!」

「それおはぎだよ。かしわもちコーナーはこっち」

「あ! これが地球のかしわもち!?」

「それはねえ、みたらし団子。かしわもちコーナーはもっと奥だよ」

「こ、この輝きこそがもしや本物の地球のかしわもち!!??」

「それ餅ですらないよね? 羊羹だよね?」

 一悶着あったものの二人は無事にかしわもちコーナーにたどり着いた。

「ここがホントのかしわもちコーナーだよお姫様」

「なるほど、これがニューでキュートなかしわもち……ってあれ? あんまりウサキングダムと変わらない気がするような……?」

「ま、大半は普通の柏餅だと思うよ。ここスーパーだし。あ、この辺なんてどう?」

 堅太が手に取ったのは、人気キャラクター『ネコウサパンダ』の絵が描いてある柏餅だった。

「わー、かわいい! ……でも、このキャラクターはウサギ? もしや共食い?」

「君ら、兎の名前使っているけど兎とは何ら関係ない生物じゃ無かったっけ?」

「いやこう、気分的に」

「よく分からん」

 ネコウサパンダの柏餅を棚に戻すと、堅太は透明な餅を使っている柏餅を手に取った。

「これは?」

「なるほどー、涼しげ! 温暖化が進んでいる地球では、五月五日といえども真夏日ぐらいの気温があるから、売れてるのかな……?」

 ラビ姫の言葉に堅太はハハと乾いた笑みを浮かべた。

「考察楽しそうだね、こっちは地球の暗い未来にCRYしたい気分だよ」

 そのあとも様々な柏餅を手に取って、ラビ姫がコメントし、堅太が突っ込んだ。

 その攻防戦は三十分にもわたった。

「はあ、はあ……ラビ。食べたいの見つかった?」

「うーん……」

 ラビ姫は腕を組む。

「かわいいの多すぎて選べない。というか、見てるだけでお腹いっぱいになってきちゃった。もう食べるのはいいかも……」

「ふざけんなよ」

 堅太とウサキングダムの城仕えは、今日もラビ姫のワガママに振り回されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る