第十三話 衝撃

 「まさか、ゼリージェに行くなんて思いませんでしたよ」


 「決め手は金銭面より、起用法だったそうだ。怪我が少なく、デビューからずっとスタメンに名を連ねてきた選手。そして、代表に選出されている。戦術理解が早いという噂だ。早い段階で理解を深めれば、手が付けられない存在になるかもしれない。そのためにも、俺達は更にレベルアップしなければいけない」


 「そうですね…。ピッチで対戦することになった時に備えないといけませんね。でも、まずは優勝を目指して」


 「その通り」



 五月十日の試合前。台府スタジアムのロッカールームで雄太と佳史が言葉を交わす。孝弘は二人の会話を耳に挟みながらミネラルウォーターで喉を潤し、キャップを閉める。


 

 「オリンピックで初めて見た時の衝撃は未だに消えることはない。そりゃ、A代表に選ばれる選手になる…」



 そう呟いた孝弘は四年前のオリンピックを思い出す。



 孝弘はオーバーエイジ枠としてメンバー入りし、若手と共にピッチで躍動した。


 日本代表はグループリーグを突破し、決勝トーナメントへ。勝ち進み、迎えた準決勝。その相手がイタリア代表だった。


 コバは前半から日本代表のゴールへ迫り、強烈なシュートを放つ。前半だけで七本以上のシュート。その全てが枠を捉えていた。


 イタリア代表は巧みな組み立てからコバへと繋ぎ、得点を狙う。日本代表は何とか凌ぎ、無失点で前半を折り返す。


 しかし、後半。日本代表はイタリア代表に上手くディフェンスラインを崩され、失点を重ねる。


 後半二十分までに四失点を喫した。うち三点がコバのゴール。


 コバは後半二十三分に交代。その三分後に孝弘がピッチへ。


 日本代表は孝弘が中心となり、攻撃を組み立て、守備を立て直す。後半三十一分に孝弘の縦パスに反応した二十歳の選手がゴールを決め、一点を返す。


 しかし、その五分後にイタリア代表がカウンター攻撃を仕掛け、一点を追加。


 日本代表は終了間際に孝弘がミドルシュートを決め、五対二とするが、イタリア代表がセンターサークル内からボールを蹴り出したと同時に、試合終了。


 孝弘とコバはピッチで対戦することはなかった。





 「あの試合、テレビで観てました。その時に思いましたよ。『こんな凄い選手がいるのか』って。一ノ瀬さんとマッチアップしたらどんな戦いを繰り広げていたんだろうって、試合を観ながら考えてました」



 雄太はそう言うと、左腕の汗をタオルで拭う。


 佳史は雄太の言葉に頷く。



 「一ノ瀬さんのことはオリンピックよりも前から知ってるはず。一ノ瀬さんとの対戦を熱望しているのは、プレー映像を見て、衝撃を受けたからなのかもね」



 佳史の言葉を聞き、孝弘はハンガーに掛かった自身のユニフォームを見つめる。



 「衝撃か…」



 そう言葉を漏らす孝弘。



 「俺はプロになって最初に衝撃を受けたのは、一ノ瀬さんのプレーを実際に観た時。特に、あのシュート」



 佳史が笑顔でそう話すと、孝弘はユニフォームが掛かったハンガーを右手で取る。そして、こう呟く。



 「俺がプロの世界に入って、最初に衝撃を受けたのは…」



 その言葉からすぐ、孝弘は佳史へ視線を向けた。




 午後一時五十九分。


 両チームのイレブンがピッチへ。孝弘はベンチでイレブンを見つめる。視線の先には佳史。



 「あの頃から凄いぞ。渡君の対人の強さ」



 孝弘の言葉から間もなくして、台府SCの選手は円陣を組み、ハイタッチを交わした。



 

 試合は前半二十二分に佳史が上手く体を入れ、ボールを奪い、雄太へ繋ぐ。雄太はワンタッチで聡へ繋ぐと、ピッチ中央を駆け上がる。


 その動きを見て、孝弘は頷く。



 左サイドまでドリブルで持ち上がった聡は視線をゴール前へ。目に映ったのは前線へ上がっていた佳史の姿。


 ディフェンスに囲まれた佳史だが、上手く抜け出す。それを見て、聡はゴール前へふわりとしたボールを供給。


 ボールに最初に触ったのは佳史だった。


 それからすぐに、孝弘は立ち上がり、笑顔で拍手。



 佳史のヘディングシュートで、台府SCが先制。


 手荒い祝福を受ける佳史を見つめる孝弘。



 「自分のプレーからチャンスを作り、自分が決める。漫画みたいだな」



 孝弘は同時に、佳史と初めて対戦した試合を思い出す。



 「あの頃から変わらない凄さだ。味方で良かったよ」



 そう続け、孝弘はベンチへ腰を落とした。



 

 後半二十一分。孝弘がピッチへ。割れんばかりの歓声に一礼で応え、駆け出す。


 

 五分後。


 孝弘は佳史からボールを受けると右サイドをドリブルで駆け上がる。そして、深い位置からクロスを供給しようとするが、目の前にはディフェンスに回った一人の選手。


 孝弘はクロスを諦め、パスを出そうとした。しかし、ゾーンを敷かれ、パスコースは塞がれていた。


 この時、選択肢は一つに絞られた。



 よし…。



 心がそう言葉を漏らすと同時に、孝弘の右足がボールを捉える。そして、選手を一人抜き去る。


 一瞬の出来事だった。


 抜かれた選手は驚いたように振り向く。視線の先には背番号二十。孝弘を止めようと、右足を出す。


 スパイクの底が孝弘の右足の踝をかすめる。孝弘は歯を食いしばり、ドリブルで進む。


 ペナルティーエリア内へ入った孝弘の目の前に一人の選手が。同時に、孝弘は視線をゴールポストへ。


 ボールを動かし、様子を窺う孝弘。


 そして、右足がボールを捉えた次の瞬間。



 「ワァァ!」



 地鳴りのような大歓声が沸き起こる。


 ボールはゴール内で小さく弾んでいた。


 佳史はペナルティーエリア手前で口を開けたまま、立ち尽くすようにボールを見つめる。


 そして、ゆっくりと視線を孝弘へ。



 「シュートコースを完全に塞がれていたんですよ!?」


 「逆に、それを利用させてもらったよ」



 大地の驚いたような声に孝弘は笑顔で応える。


 佳史の表情は変わっていない。

 


 「あの試合と同じ…」




 佳史が衝撃を受けたシュートは十年以上の時を経て、この台府スタジアムで再現された。


 そして、このシュートは新たな衝撃となり、佳史の心へと深く刻み込まれた。


 

 

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