第十二話 「望むところだ…!」

 四月二十三日。


 練習を終えた孝弘は台府スタジアム内の監督室で隆義と言葉を交わす。



 「状態はどうだ?」


 「万全です」


 「そうか。それならいい。お前がいてくれると本当に心強い。出番は状況次第だが、しっかり準備しておいてくれよ」


 「はい」





 翌日、午前十一時三十七分。


 孝弘達は台府駅の新幹線ホームに立つ。


 新幹線の到着を待っていると、孝弘の後ろに並ぶ佳史は電光掲示板を眺めながら言う。



 「台湾の選手とうちのスカウトが接したそうです。感触は良いみたいで、今の段階では、相手の返事待ちだとか」



 この言葉に腕を組む孝弘。



 「加入はほぼ決定的だろうな。鹿取君はどこまでアピールできるか」



 孝弘の言葉に今度は佳史が腕を組む。



 「一ノ瀬さんがいらしてから、あいつは急激に成長しました。去年とは全く別人です。キャンプインから競争が始まった。練習だけでなく、実戦の中でアピールを続け、レギュラーの座を掴み取った。きっと大丈夫です、あいつなら。一ノ瀬さんから手では掴めないものを得たあいつなら」



 佳史が言うと、孝弘の視線は更に後ろに並び、大地と言葉を交わす雄太へ。笑顔を交えながら大地を言葉を交わす雄太の姿を見つめ、孝弘は囁くように言う。



 「競争相手が現れるのは悪いことじゃない。寧ろ、チャンスと捉えろ。更なる高みを目指せるチャンスだと。君が競争に勝った時、それは…」



 その先の言葉を発しようとした次の瞬間、列車接近を知らせる駅員のアナウンスが流れた。

 



 午後一時十七分。


 孝弘達は終点駅のホームへ降り立ち、階段を下る。孝弘は自身の右足が踊り場へ着いたと同時に、佳史に言う。



 「渡君、あいつが退団したらしい。それを知り、複数のクラブが調査に乗り出したそうだ。そのクラブの一つが…」



 クラブ名を聞き、思わず目を見開く佳史。



 「セリージェですか?」



 佳史の驚いたような声に頷く孝弘。



 「ああ。セリージェは主力のアタッカーが怪我で離脱し、その穴を埋める選手を探していたらしい。そこに名前が挙がったのがあいつみたいでね」



 孝弘の言葉に唸るように息をつく佳史。



 「コバが…」



 グイード・コバ。二十五歳のイタリア人選手。ポジションはFWフォワード。イタリア代表にも選出された選手だ。


 イタリアリーグの強豪クラブに所属していたが、監督への不信感から退団を申し入れ、フリーに。国内外のクラブからのオファーを待っている状態だった。


 多くのクラブが獲得競争に参戦。そのクラブの一つが日本のセリージェ伊阪だった。


 

 「でも、最終的には欧州クラブに行くんじゃないですか?日本に来るなんてこと…」



 佳史が言うと、孝弘は一瞬だけ目を閉じ、応える。



 「それがな、どうも本人は欧州以外のリーグにチャレンジしたいそうなんだ。恐らく、セリージェはその情報を聞きつけ、調査に乗り出したんだろう」



 孝弘達は改札口へ。切符を改札機へ通し、出口へ歩を進めながら孝弘はこう続ける。



 「日本人が欧州で活躍している。それを見て、本人は何かを感じ取っているはずだ」



 佳史はそれを聞き、小さく数回頷く。



 「可能性はある。最終節にピッチで対戦するかもしれないぞ?」



 そう話した孝弘の視線の先には一台の大型バス。孝弘達はバスへと乗り込み、ホテルへと向かった。




 

 四月二十五日。



 「二十番、一ノ瀬孝弘選手が入ります」



 一対一の後半二十九分に大地と交代で孝弘がピッチへ。


 アウェースタジアムに駆け付けた台府SCサポーターの一ノ瀬コールに一礼で応え、孝弘は駆け出す。


 

 後半三十五分、台府SCは佳史から雄太へボールを繋ぐ。ボールを持った雄太は相手選手を上手く引き付けながらドリブルで持ち上がる。

 

 二列目のポジションに立つ孝弘はゆっくりとゴール前へ進む。

 

 すると、一人の選手が孝弘を厳しくマーク。その際、孝弘は右足を掛けられてしまう。


 僅かな痛みが孝弘を襲う。


 危うく倒れこみそうになった孝弘だが、なんとか踏みとどまる。


 雄太は孝弘へパスを出そうとした。しかし、相手選手が孝弘を厳しくマークする姿を見て、ショートパスを諦める。


 雄太の視線はゴール前へ。同時に、数人の相手選手がゴール前へ走る。


 その瞬間、雄太は素早く左サイドの岡島芳樹おかじまよしきへボールを預ける。すぐさま、芳樹からリターンが。ボールを右足で収めた雄太は孝弘を見つめる。


 孝弘は雄太と目が合うと、小さく頷く。それと同時に、雄太はノールックで芳樹へショートパスを出す。芳樹はワンタッチでゴール前へクロスを上げる。


 孝弘の周りに相手選手が集まる。


 それが雄太の狙いだった。


 そして、孝弘の狙い通り。



 孝弘は相手選手をかわしながらゴール前へ。その彼の右斜め後ろから聡がゴール前へ。ボールは軌道を変え始め、丁度、聡が右足で捉えることができる場所に。聡は迷うことなく、ボールを捉えた右足を振り抜く。


 それからすぐに、台府SCの応援スタンドが湧く。



 孝弘が笑顔で聡の元へ。



 「見事!」



 聡は孝弘の言葉に照れた表情で応える。それからすぐ、聡は笑顔で駆け寄る雄太とハイタッチを交わす



 「あんな技術も覚えたのか?味方の武器を活かすようなプレーを」



 聡が問うと、雄太は真剣な表情に笑みを交え、こう答える。



 「試合に出続けたいですから。なんか、ボランチの選手を獲得するって情報を耳にして。競争、望むところですよ」



 その言葉を聞き、聡と孝弘は頷く。


 

 「一年間通して共にピッチで戦おう、雄太」


 「はい!」



 笑顔の聡と雄太を微笑みながら見つめる孝弘。



 「凄い選手になるぞ、鹿取君…!」



 囁くように言葉を発し、孝弘はポジションへ戻った。




 台府SCは後半四十三分に孝弘の縦パスにFWの松山勇也まつやまゆうやが右足で合わせ、三対一とした。


 そして、二点差を守り切り、勝利を飾った。



 


 試合から二週間後の五月九日、午後一時三十一分。携帯電話で新聞社のWeb記事を閲覧していた孝弘はにやりと口元を緩める。


 そして、低く、力強い声を発する。

 


 「望むところだ…!」



 孝弘が見つめる画面にはこのような文章が表示されていた。




 -国内プロ一部リーグ、セリージェ伊阪はイタリア人FW、グイード・コバの入団を発表した。背番号は11。コバは「一番対戦したい選手は台府SCの一ノ瀬孝弘選手」と一ノ瀬との対戦を心待ちにした。-

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