第十話 誰かの心を動かす選手

 試合終了後のロッカールーム。


 タオルで汗を拭い、スーツに着替える孝弘。ジャケットに袖を通し、バッグを持つ。そしてロッカールームを出て、駐車場へ向かう。


 その途中、孝弘の携帯電話に一通のメールが入った。孝弘は駐車場に停めてある自身の車の場所に着いたところで、携帯電話をジャケットの右ポケットから取り出す。


 メール画面を開くと、朋子からのメールが。孝弘は画面をタップし、メールを開封する。



 -お疲れさま。試合、勝ったんだね。さっき、ネットニュースで結果見たよ。女の子のお父さんとお母さん喜んでたって凛が。勿論、私も凛も嬉しい。まだまだ序盤。ここから勝ちを積み重ねよう!-



 孝弘は微笑み、文面に続けるようにこう言葉を発する。



 「応援してくれる方のために。謙虚に全力で」



 小さく頷くと、メール画面を閉じ、携帯電話をジャケットの右ポケットへ。そして、車の鍵を開け、運転席のドアを開けた。



 

 午後六時七分。



 「おかえりなさい」



 孝弘が玄関のドアを閉めると、朋子が出迎える。



 「凛、あの子と友達になったそうよ。よかった、友達ができて。心配だったから」



 ほっとした表情を浮かべた朋子は視線をソファでテレビを観ている凛へ。丁度、県内のスポーツニュースが流れていた。



 「台府SCは三対二で逆転勝利を収め、連敗をストップさせました」



 アナウンサーの声からすぐ、ハイライト映像が流れる。その中に孝弘が得点に絡むシーンが。



 「後半二十七分、台府SCは一ノ瀬のヒールパスから大友のゴールで一点を返します。それから六分後の後半三十三。渡から一ノ瀬へボールが繋がります。ボールを受けた一ノ瀬はサポートへ回った大友へショートパスを出す。ボールを受けた大友はピッチ中央を駆け上がり、松山へ繋ぐ。ボールを受けた松山はドリブルで二人を抜き、ペナルティーエリア内へ。そして、そのままシュートを放つ。ボールは枠を捉え、ゴールネットへ吸い込まれ、同点に追いつきます。そして、アディショナルタイム突入直前の後半四十四分に再び大友のゴールで勝ち越しに成功。これが決勝点となり、台府SCは勝ち点三を獲得」



 ハイライト映像が終了すると、大地のインタビュー映像が。



 「チームの勝利に貢献することが最優先。連敗を止め、ゴールを勝利という結果に繋げることができてよかったです。これからもっと勝ち星を積み重ねていきます。応援、よろしくお願いします!」



 インタビュー映像が終了すると、凛がソファから下りる。



 「おかえり!」



 そして、笑顔で孝弘を出迎える。


 孝弘は「ただいま」と応え、凛の頭に右手を置く。



 「私、あの子と友達になったんだ。同じクラスになってるといいなあ」



 孝弘は凛を見つめ、やさしい表情を浮かべる。



 「きっとなってるさ。同じクラスに。そう信じよう」


 「うん!」



 

 孝弘は寝室に入り、部屋着に着替え、ベッドに腰掛ける。無意識に天井へ視線を向けると、大地達の姿が浮かぶ。


 

 「若手が活躍してくれた。それは、クラブにとっては喜ばしいこと。勿論、俺も嬉しい。若手の成長がこのクラブを大きく左右する。まだまだ若いチーム。俺や渡君はお手本であらねばならない。練習でも、試合でも。そして、サッカー以外の場面でも」


 

 それは、隆義とフロントが考えていたことでもあった。



 すると、今度は隆義の姿が浮かぶ。そして、この日の試合後のことが映像として孝弘の頭の中で流れる。



 「お前と渡は若手のお手本であらねばならない。それは、プレーだけでなく、それ以外の所でも。一流選手は振る舞いも一流であらねばならない。入団当時のお前にも話した。普段の姿を若手に見せるだけでいい。若手はお前の姿を見て、振る舞いを改める。あくまで俺の考えだが、一流になるにはまず、振る舞いから」



  お手本。その対象は選手だけではない。



 「勿論、子どもの前でもな。子どもは大人を見て育つ。君の子は勿論、このクラブを応援する子、君を目標としている子。君を見て育った子は立派に成長するだろう。お手本となれ、一ノ瀬。そして、誰かの心を動かす選手に」



 隆義は笑顔でそう話した。


 

 

 映像はそこで終了。同時に、凛の声が。



 「お父さんみたいに、誰かに夢と希望を与えることができる人になる。試合に出てるお父さんの姿見てると、暗い気持ちが吹き飛ぶの」


 

 娘の言葉で目を閉じる父。



 「『夢と希望』か…」



 孝弘の言葉に続くように、凛の声が。



 「夢と希望を与える仕事。そういう仕事をしてみたい!」



 娘の言葉を聞き、父は目を開け、微笑む。



 「俺も子どもの頃、そういった仕事に就きたいと思っていた。そして今、俺はサッカー選手という職業に就いている。自分のプレーで勝利に貢献し、サポーターに夢と希望を与える。サッカー選手という職業もそう言えるのかもな」



 小さく頷く孝弘。


 それからしばらくし、孝弘はリビングのソファへ腰掛ける。すると、左隣に凛が。



 「お父さんみたいにサッカーで誰かを夢と希望を与えることはできない。だけど、私にできることで夢と希望を与える。そして、人を笑顔にする。私はお父さんからいろんなものをもらってる。でも、もらいっぱなし。いつ返せるか分からないけど、絶対…!」



 テレビ画面を見つめていた凛の視線は孝弘へ。


 孝弘は微笑むと、視線をテレビ画面へ向け、こう言葉を発するように口を動かす。



 「受け取ってるよ、いっぱい。凛が生まれた瞬間から」



 それからしばらくし、凛の好きなアニメが始まった。





 四月十二日。


 台府SCは二対一で勝利。孝弘は後半三十九分に決勝点に繋がるアシストを決めた。


 


 試合終了後。



 「よく走った。見事だった」



 決勝点となるゴールを決めた大地を労う隆義。


 大地は一瞬だけ孝弘へ視線を向けた後、こう応える。



 「一ノ瀬さんがクラブのために、勝利のために、そして、優勝のために献身的に走ってる。心を動かされました。改めて」



 微かに一ノ瀬の耳に大地の言葉が届く。そして、どこか照れたように口元を緩める。



 「選手からそんな言葉を聞くのは初めてだな…」



 照れた声でそう言葉を漏らすと、腕を組み、空を眺める。そして腕組みを解くと、佳史とともにロッカールームへと歩を進めていった。

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