第七話 「良いクラブに出会えた……!」  

 後半十六分、ボールは佳史、雄太と渡り、孝弘の右足に収まる。


 同時に、相手クラブの一人の選手が孝弘にプレッシャーをかける。孝弘はボールを全く動かすことなく、相手選手のじっと見つめる。


 相手選手は「しめた」と言うように口元を緩め、ボールへ右足を出す。



 次の瞬間、スタンドから歓声が沸き起こる。


 相手選手の目には「二十」のアラビア数字が映る。


 台府SCの背番号二十はドリブルで左サイドを駆け上がる。彼を止めようと、相手クラブの選手がボールを奪いに走る。


 そして一人の選手が背番号二十に追いつき、ボールに右足を伸ばす。


 その動きを見て背番号二十はボールを右足から左足へ持ち替える。そして、そのままドリブルで選手を抜き去る。


 ペナルティーエリア手前に達すると、相手クラブの選手が壁となり、コースを塞ぐ。


 台府SCの二十番を背負う孝弘はは右足でボールを収め、周囲を見渡す。すると、雄太が前線へ上がる。しかし、マークがつき、パスコースが塞がれてしまう。


 雄太は何とかボールを受けようとマークの突破を試みるが、相手選手が上手く抑える。


 孝弘は雄太へのパスを諦め、正面を見る。目前には孝弘のマークにつく相手選手の姿があった。


 そこに、CBの佳史がサポートへ回る。


 孝弘は一瞬、佳史にへ視線を向ける。同時に、佳史にもマークがつく。


 次の瞬間、孝弘の視線は再び雄太に向く。そして、彼に「ゴール前に走れ」と言うように目配せをする。


 雄太は孝弘の目配せに頷くと、マークにつかれた選手に追われるようにゴール前に走る。

 

 その瞬間、孝弘はふわりとしたボールを供給する。


 まるで、ゴール前にできたスペースの中央へ吸い込まれるようなパスだった。


 そのスペース内に雄太が入る。そして、ボールが落下し始めたと同時に、額で合わせる。


 相手GKは左上へ跳び、両腕を伸ばす。


 ボールは彼の右手人差し指を僅かにかすめる。そして、ゴールネットが揺れる。




 台府スタジアムが歓声に包まれる。



 台府SCが一点を先制した。


 雄太の元に佳史達が続々と駆け寄る。


 手荒い祝福に雄太は笑顔でこたえる。佳史が雄太の背中をやさしく「ポン」と叩くと同時に孝弘が雄太の元に赴く。


 雄太は孝弘とハイタッチを交わすと、尋ねるように言葉を発する。



「もしかして、相手ディフェンスを……」



 雄太がその先の言葉を発しようとした瞬間、孝弘は頷く。


 

「わざと引き連れて」



 続く雄太の言葉に孝弘は口元を緩める。



「キャンプの時から『足の速い子だな』って思っていてね。その武器を活かしたかったんだ。裏を突くって意味でもね。鹿取君の手柄だよ」



 孝弘は笑顔でそう言葉を掛けると雄太の右肩を「ポン」と叩き、ポジションに戻る。


 彼の背中をしばらく見つめた後、雄太は電光掲示板に視線を移す。そこにはスコアが表示されている。


 台府SCのシーズン初得点、この試合の初得点、 そして、雄太のプロ初得点。


 初物づくめの一点となった。



 

 一対〇で試合は進み、後半三十二分。


 相手クラブの選手はドリブルで雄太のディフェンスをいとも簡単に突破する。雄太は険しい表情で相手選手を追う。


 それからすぐに、ボールを蹴る音が響く。


 相手クラブサポーターの歓声が上がるが、それは一瞬だけ。


 間を埋めるように今度は台府SCサポーターの歓声が響く。


 雄太の視線の先に映ったのは相手選手のシュートを見事にブロックし、素早く佳史へパスを送る孝弘の動きだった。


 ボールを受けた佳史は二十四歳のMF、大友大地おおともだいちへパスを出す。大地はボールを受けると、ドリブルでピッチ中央を駆け上がる。


 孝弘は彼の右斜め後ろを走る。


 背番号二十を見つめ「すげえ……」と言葉を漏らすように雄太の口が動く。




 台府SCは後半三十六分に大地のゴールで二点目を記録する。佳史、孝弘、雄太と繋ぎ、最後は大地がゴールを決めた。


 雄太の俊足を活かした攻撃だった。



 その後、相手クラブの猛攻を受けるが、孝弘と佳史が中心となって凌ぐ。


 そして、試合終了のホイッスルが鳴り響く。



 二対〇。


 台府SCは開幕戦を勝利で飾る。



 スタンドに挨拶をし、ベンチへと戻る台府SCイレブン。孝弘は隆義と握手を交わす。



「二点目、鮮やかなパスワークだったな。ロングパスとショートパスを上手く組み合わせて」


 

 隆義の言葉に孝弘は口元を緩めながら小さく頷く。



「ロングパスにも対応したディフェンスをしている。だったらそれを逆に利用して、相手の意表を突こうかなと思いまして」



 隆義は孝弘の言葉を聞き、目を閉じる。



「やはり、俺には持ってない知識があるな、一ノ瀬には。ピッチ上の監督。その言葉が似合う」



 隆義は口元を緩めると同時に目を開ける。



「渡とともにこのクラブを支えてくれ。そして、生まれ変わらせてくれ。未来のプロサッカー選手のためにも」



 隆義の背中を見つめ、頷く孝弘は頷く。それらすぐに、台府スタジアム内にインタビュアーの声が響く。



「放送席、放送席。そして、台府SCサポーターの皆様。プロ初ゴールを決めました、鹿取選手です」



 孝弘はインタビューを受ける雄太を微笑みながら見つめる。



「初ゴールを決めた今のお気持ちをお聞かせください」



 マイクを向けられ、雄太は笑顔でこうこたえる。



「ほっとしてます。一ノ瀬さんのプレーを無駄にせずにゴールという形でこたえることができたという意味でも」



 雄太の声が台府スタジアムを包むと、スタンドから拍手が起こる。



 孝弘は引き続き雄太のインタビューの様子を見つめる。


 

「それでは、台府SCサポーターの皆さんにメッセージをお願いします」



 アナウンサーの言葉に雄太は明るく、大きな声でメッセージを贈る。



 「絶対優勝します! 応援、よろしくお願いします!」



 優亜の声からすぐ、台府SCサポーターの歓声が台府スタジアムを包む。


 孝弘は歓声を聞きながら小さく頷く。



「勿論……!」



 孝弘は口元を緩め、ロッカールームへと歩を進める。



「良いクラブに出会えた……!」



 その言葉と同時に、孝弘のチャントが台府スタジアムに響き渡る。


 

「優勝あるのみ……!」



 拳を握りしめる背番号二十はいただきを目指すべく、三月一日のアウェー戦へ静かに闘志を燃やした。

 

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