第六話 「二十番、一ノ瀬孝弘選手が入ります」

 「ピーッ!」



 前半終了のホイッスルが鳴り響き、両クラブのイレブンはピッチを出る。そして、ロッカームームへと歩く。


 台府SCイレブン一人ひとりに声を掛けた孝弘は大型ビジョンへ視線を向ける。



 前半、台府SCはパスワークで相手ゴールへと迫った。しかし、その後放ったシュートはGKゴールキーパーのファインセーブに阻まれ、得点には至らなかった。


 ディフェンスでは相手の巧みな攻撃をなんとか封じ、得点を許さなかった。


 

 孝弘は腕を組む。



 「もし、出番が回ってきたら…」



 この時、孝弘の頭の中にある映像が。


 映像が終了すると、孝弘は小さく頷き、ロッカールームへと歩いた。




 「結構揺さぶってきますね。まあ、あれを後半も続けるとは思えませんけど」


 「そうだな。きっと変えてくるだろう。その場合の対応策を俺達の方でも考えないといけないな」



 孝弘がロッカールームへ入ると、聡と佳史の会話が耳に届く。ドアを閉める音と同時に、隆義が孝弘を手招きする。



 「はい」



 そう応え、孝弘は隆義の元へ。


 孝弘が目の前に立つと、隆義は一度、ロッカールームを見渡す。そして小さく頷き、視線を孝弘へ。



 「前半、うちはかなり揺さぶられた。序盤は渡もついていくので精いっぱいの状況だった。二十五分過ぎから戦術に慣れてそういった状況は脱した。だが、強固なディフェンスに阻まれ、なかなか得点を奪えない。点を獲るにはまず、あのディフェンスラインを崩す必要がある。そこでな…」



 隆義は口元を緩める。


 

「十五分過ぎから出てもらう。相手のディフェンスラインをお前のプレーで崩してくれないか?」



 孝弘は表情を変えることなく、隆義をじっと見つめる。それからすぐ、孝弘の背後から聡と佳史の会話が微かに耳に届く。


 

 「堅いディフェンスですよね。どうやって崩しましょう…」


 「短いパスよりも…」



 佳史の言葉の後、孝弘は。



 「はい!」



 そう答えた。




 後半開始四分前、両チームの選手が再びッチへ。選手の交代はない。孝弘はベンチへ腰掛け、ピッチに立つ佳史達の姿を見つめる。



  

 「気を付けろ…。何か仕掛けてきそうな気がするんだ…」



 孝弘の表情は僅かに険しくなった。


 

 後半開始一分前になり、相手チームの選手二人がセンターサークル内へ入り、言葉を交わす。


 孝弘はその姿を凝視。



 「渡君、確かに短いパスじゃ、あのディフェンスは崩せない。だからといって闇雲にロングパスを出しても意味がない。それに対応できるディフェンスをしているからな…」



 その言葉からすぐに、後半開始のホイッスルが鳴り響く。相手クラブは細かくボールを繋ぎ、攻撃を組み立てる。


 ボールを追う台府SCの選手。



 後半三分、相手クラブはドリブルで台府SCゴールへ迫る。


 最終ラインを下げ、シュートに備える台府SC。


 ボールを持った相手クラブの選手はペナルティーエリア手前へ。ボールを右足で収める相手選手を見つめ、孝弘は。



 「オフサイドトラップ」



 そう呟くと同時に、相手クラブの一人の選手が最終ラインの裏へ回る動きを見せる。同時に、ボールが最終ラインの頭上を越える。


 

 「渡!」



 隆義の声。


 ゴール前では佳史とオフサイドトラップを突破した相手クラブの選手が空中で競り合う。


 ボールは相手選手の額に当たり、ゴールポストを叩く。ボールはペナルティーエリア内へ転がり、両クラブの選手が追う。


 ボールを拾ったのは相手クラブの左サイドの選手。ボールを右足で収めると、逆サイドを見る。そして、そのままやわらかいボールを上げる。


 その瞬間、孝弘が腰を上げる。



 「ゴール前!」



 孝弘のその言葉からすぐに、相手クラブの一人の選手がゴール前へ走る。


 ほぼフリーの状態だった。


 佳史がゴール前へ。同時に、ボールが相手クラブの選手の右足から放たれる。


 ボールは枠を捉える。


 台府SCのGK、柳徹やなぎとおるが左へ横っ飛び。そして、左手でボールに触る。ボールは徹の左斜め前に転がる。そのボールにシュートを放った選手が反応。そして右足でボールを押し込む。


 ボールは徹の左手のすぐ横を通過。徹はボールを見送ることしかできない。そして、完全にボールを押し込もうと、シュートを放った選手がゴール前に走る。そして、右足が僅かに上がる。


 

 次の瞬間。



 「おおー!」



 どよめきのような声が台府スタジアムを包む。


 ボールはタッチラインを越え、台府SCのベンチまで届いた。ボールを右足で収め、相手クラブの選手へ転がしたのは孝弘。


 孝弘は相手クラブの選手のお礼に応えると、台府SCの一人の選手へ視線を向ける。



 「さすがだな、ゴール前へのあの忍者のような動き」



 孝弘の目に映るのはゴール手前で手を叩き、味方を鼓舞する佳史の姿。



 「ラインギリギリだったな」

 


 あわや失点のピンチを防いだのは佳史だった。


 ゴールラインギリギリのところで右足を伸ばし、シュートをブロック。転がったボールを雄太が大きくクリアした。



 孝弘は口元を緩めると、ベンチへ腰掛けた。



 試合はスコアレスのまま進み、後半十一分。


 ボールはタッチラインを割り、台府SCのスローイン。それと同時に、隆義が孝弘に声を掛ける。



 「アップしておけ」


 「はい」



 孝弘は立ち上がり、アップを始める。その瞬間、台府SCベンチ側のスタンドから僅かに歓声が。



 スコアレスのまま、後半十五分。


 

 「出番だ」



 立ち上がった隆義は孝弘を呼び寄せる。


 孝弘は準備を済ませ、タッチラインの外に立つ。



 ボールはタッチラインを割り、相手クラブのスローイン。


 ここで、審判が選手交代ボードを掲げる。


 そのボードには孝弘の背番号が。


 それから間もなくして、スタジアムDJのアナウンス。



 「台府SC、新島選手に代わりまして二十番、一ノ瀬孝弘選手が入ります」



 アナウンスからすぐ、台府SCサポーターから歓声と拍手が沸き起こる。


 孝弘は聡の右肩に手を置き、プレーを労う。そして一礼し、ピッチへ。


 台府SCサポータの声援が更に大きくなる。

 


 ポジションにつき、どこか圧倒されるようにスタンドを見渡す孝弘。



 「日本一、いや、世界一熱い応援だ…!」



 赤く染まった台府SCの応援スタンドを見つめ、孝弘は微笑む。台府SCサポーターへ一礼すると、一ノ瀬コールが。


 顔を上げ、コールに応える孝弘。


 

 「さあ、いくぞ…!」



 世界一熱い応援を受け、一ノ瀬孝弘は勢いよく駆け出した。

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