第三話 一人のサポーター

 一月十三日、午後一時。台府SCのホームページ上で孝弘の入団が発表された。このニュースにアクセスが集中し、一時繋がりにくい状況に陥るほどに孝弘の入団は大きな衝撃を与えた。


 家事を済ませた朋子はソファに腰掛け、携帯電話でクラブのホームページへアクセスしたが、サーバーダウンにより閲覧できず、思わず苦笑いを浮かべる。



 「凄いや…」



 画面を閉じ、朋子は思わず言葉を漏らす。


 孝弘は彼女の隣で真剣な表情を浮かべ、正面に映るテレビを見つめる。



 「期待されてるよ、お父さん」



 孝弘の横顔を見つめ、微笑む朋子。


 彼女の言葉を聞き、孝弘はこう応える。



 「それはとても嬉しいこと。でも、その期待は一瞬だけかもしれない。より長く期待されるためにはチームの勝利に貢献し続けること。良いプレーをしても、勝ちに繋がらなければ意味ないからな」



 重みのある声に朋子の表情は真剣に。



 「契約も大事だが、試合をする以上、勝ちたい。そして、優勝したい。その気持ちと育ててくれた両親、指導してくれた監督、コーチ、そして、応援してくれるサポーターが俺を成長させてくれた。その恩返しとしても」


 

 そう続けた孝弘は立ち上がる。



 「ボロボロになって動けなくなってもいい。俺を拾ってくれたこのクラブのために、俺は全力を注ぐ」



 そしてドアを開け、サッカーボールを携え、屋内サッカー場へと向かった。






 「一ノ瀬さん!偶然ですね!」



 孝弘が屋内サッカー場へ入ると、一人の男性が笑顔で駆け寄る。



 「お久しぶりです!また同じチームでプレーできるなんて夢のようです」



 笑顔でそう話すのは渡佳史わたりよしふみ。三十五歳。孝弘が海外へ移籍する前の年までの二年間、チームメイトだった。


 佳史は前年のシーズンから一部リーグの台府SCでプレー。そしてこの年、再び孝弘とチームメイトとなる。


 この日、佳史は高校時代の友人に会った帰りに屋内サッカー場を訪れていた。



 二人はしばらく笑顔で言葉を交わし、練習へ。


 

 佳史の動きを見て唸る孝弘。


 孝弘の動きを見て「おお…!」と言葉を漏らす佳史。


 二人の姿は屋内サッカー場を訪れた二人の人物の目を引いた。




 「一ノ瀬さんと渡さんじゃない?」


 「ほんとだ!」



 男子高校生二人の会話。しかし、孝弘と佳史の耳には届いていない。


 男子高校生二人の視線の先では、一ノ瀬が渡のドリブル突破を阻止。一ノ瀬は「よし…!」と小さく頷き、渡は悔しそうな表情を浮かべていた。


 そして、更に練習を続ける。




 「ここまでにするか」


 「そうですね」



 四時過ぎ、およそ二時間の練習を終え、タオルで汗を拭う孝弘と佳史。


 それからしばらくして、二人の練習を眺めていた男子高校生の一人が恐る恐る孝弘と佳史に声を掛ける。

 


 「あ、あの…。一ノ瀬さんと渡さんですよね…」



 彼の問いに「はい」と答え、微笑む孝弘と佳史。



 「小学生の頃からお二人に憧れていたんです。あ、あの…握手していただけませんか…?」



 男子高校生が握手をお願いすると、間を挟むことなく、孝弘が最初に右手を伸ばす。


 そして、男子高校生の右手を両手でやさしく包む。



 「ありがとうございます!励みになります!」



 笑顔でお礼を伝える孝弘。




 「僕みたいな選手に興味を持ってくださってありがとうございます!」



 照れ笑いを浮かべる佳史。



 

 握手を終え、孝弘と佳史を輝く目で見つめる男子高校生。



 「僕、実は台府SCのサポーターなんです。出身が東北で。まさか、応援しているクラブにお二人が移られるなんて夢にも思わなくて…!渡さんがいらした翌年に一ノ瀬んがいらして…。もしかしたら今年…!」



 男子高校生はその先を続けようとした瞬間、僅かに顔を俯け、目元を拭う。


 孝弘は彼の姿を見て、契約を結んだ日の幸彦の言葉を思い出す。



 -まだ、このクラブは一部リーグで優勝を経験したことがないんです。-



 一部リーグ昇格後、残留争いの苦しいシーズンが続いていた台府SC。辛うじて降格を免れたシーズンもあった。その苦しさが男子高校生の言葉と表情に表れていた。


 彼の気持ちは孝弘にしっかり届いていた。


 佳史にも。



 彼の表情を見つめ、孝弘が言う。



 「試合に勝つこと。そして、クラブを優勝へ導くこと。それが私達に与えられた役目です。そのためには、サポーターの皆さんの応援が必要不可欠です」



 男子高校生は顔を上げる。


 孝弘は男子高校生の目を見つめ、続ける。



「我々と共に戦ってください!そして、優勝を掴み取りましょう!」

 

 

 孝弘の言葉に微笑みながら男子高校生を見つめ、頷く佳史。


 男子高校生は赤くなりかけた目を擦る。そして、笑顔で孝弘と佳史を見つめる。



 「はい!」



 

 五時過ぎ、孝弘は帰宅。練習着を洗濯機へ入れ、リビングへ。


 

 「おかえりなさい」


 「ただいま」



 ソファから立ち上がり、出迎える朋子。


 孝弘の元へ歩み寄ると、何かを感じ取ったように微笑む。 


 そして、小さく頷いた朋子は孝弘にこう言葉を掛ける。



 「より頑張らないとね!」


 

 朋子の言葉に、孝弘は。



 「ああ!勿論だ!」



 笑顔で力強く応えた。



 「絶対優勝する!関わってくださる全ての方のために!」




 続く孝弘の言葉と同時に、テレビのスポーツニュースが始まった。


 最初のニュースは。



 「本日、国内サッカープロ一部リーグ、台府SCは一ノ瀬孝弘選手の入団を発表しました。背番号は二十」




 日本代表入りも経験した男の伝説への幕がこの時、ゆっくりと上がり始めた。

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