第二十一話 The last dance with her

「え……」

 ノエル先生、私の名前を把握していなかったのね……。私の名前を知っているうえで呼んでくれないのだと思っていたけれど、とんだうぬぼれだった。

 顔が熱くなるのを感じながら、私はノエル先生に改めて名前を伝える。

「えへへ、もっと名前をアピールすべきでしたね! すみません……! リアン・サマエルと申します。サマエル公爵ルシアスの娘です」

「…………君が俺と初めてダンスを踊ったときのこと、話してくれるかな」

「この前の夏休みにノエル先生が家にレッスンに来てくれて、それで一緒に踊って……」

「それが初めて?」

 ……そういえば、リアン様もミリお母さまが亡くなる以前は、社交場に顔を出す機会があった。もしかすると、その時にノエル先生とリアン様は既にダンスを踊っている……?

「……幼少期にダンスのお相手をしていただいたのは、もしかしてノエル先生だったんでしょうか……?」

「そう。思い出してくれた?」

「えーっと、すみません。あの時はまだ幼かったので……記憶も曖昧で」

「幼かっただけが理由?」

「……何を聞きたいんですか」

「もう一回聞くよ。……君は一体、誰?」

 ノエル先生は私がリアン様ではないことを見抜いているのだろうか。……変に取り繕っても仕方がない。信じてもらえるかは分からないけれど、ノエル先生に私のことを正直に話そう。

「すみません、ノエル先生。騙すつもりはなかったんです。ただ、ノエル先生が感じている違和感は……正しいです。私はリアン様ではありません。……今から話すことは非現実的で、理解できないかもしれません。でも、私はノエル先生に嘘をつきたくないので、ちゃんと話します」

 私はノエル先生に、以前ナディアたちに話したように、元の世界や私自身、鈴城こはくについて話をした。私が話し終えるまで、ノエル先生は口を挿むことなく黙って私の話に耳を傾けてくれた。

「――という経緯で、私は今リアン・サマエルとしてこの世界に存在しているんです」

「……リアン嬢は今どこにいるの?」

「……私にも分かりません。元のリアン様を知っている方――特にルシアスパパには申し訳ないと思っています。本当の娘ではないのに、愛情を受けてしまって……。本当は彼女が受け取るべきなのに」

「……ごめんね。リアン嬢と踊ったことがあるっていうのは、嘘」

「え……?」

「幼少期に何度か会ったことがあってね。あの時はまだミリ様も一緒だったけれど、それでもサマエル公爵の野郎どもに対する視線は厳しかったから。一緒に踊ろうなんて、とても言えなかったよ」

「そうだったんですね。でも、どうして踊ったなんて嘘を?」

「ミリ様が亡くなる前のリアン嬢は、ツンとすましているようで実は人見知りで。俺には決して向けない、サマエル公爵やミリ様に向ける笑顔がとてもかわいらしくて。でも、ミリ様が亡くなってからは、社交場にも顔を出さなくなって……。風の噂で、自分の思い通りに事が進まないと癇癪を起こすワガママ娘になったと聞いてね。ところが、学園入学前には、その癇癪はすっかり治まって素敵なレディになった……とも。ただ、実際に会ってみると、癇癪が治まっただけには見えなかった。大人になったというより、別人になったように感じた。でも、俺の思い過ごしかもしれない。なんせ10年以上リアン嬢とは会っていないからね。そう思って、君に鎌をかけた」

「ノエル先生は……リアン様のことを……」

「淡い初恋だよ。リアン嬢とは話したこともなかったからね。……でも、やっぱり、君をリアン嬢と呼ぶことはできない」

「……そう、ですよね。うん、ダンスレッスンは今日限りにしましょう!」

「え……」

「明日、タキシードを着てここに来てもらえませんか? 私は一言も喋りません。表情や仕草は違うかもしれませんが……私の顔だけ見て、踊ってください。最初から最後まで、一曲。……私をリアン様だと思って」

「……そんな失礼なことできないよ」

「いいんです! 私に、思い出をください」

「…………分かった。また明日」

「はい! 私も明日はおめかしして来ます」


 ――翌日。私は舞踏会で着ようと思っていた衣装に身を包む。くるぶしが隠れるAラインの漆黒のドレス。そして耳には、大粒のアメジスト――ノエル先生の瞳の色。このイヤリングを引き立たせるべく、ドレスはあえて黒にした。

「すっごく綺麗だよ、アニー」

 ヴァイオリンケースを片手に、カイトが力強く私にそう言った。昨日、彼に事情を話し、一曲演奏をお願いしたのだ。彼は母国のジュニアヴァイオリンコンクールで優勝経験があるほどのヴァイオリンの名手なのだ。

 そして、いつもの練習場所に向かうと、ノエル先生は既に来ていて、石段に腰かけて待っていた。

「……よく、似合ってるね」

「……」

 私は黙って口元だけで微笑む。

 そして、ノエル先生の前に立ち、カイトがヴァイオリンを構えたのを確認し、目配せをする。

 カイトが息を吸いヴァイオリンを弾き始めると、ピンと張りつめた空気をまろやかに混ぜるように、音色が空に立ち昇る。私はノエル先生の瞳を見つめながら、今までの練習の成果をこの一曲に込めて、着実にステップを踏む。

 そして、最後の1フレーズ。ノエル先生は、ぱっと私の手を離し

「止めてくれ」

 とカイトに告げる。

 ヴァイオリンの音色が止み、一瞬だけ静寂に包まれる。

「こんな中途半端に曲を止めてしまってごめんね。でも……」

「大丈夫です! あともう少しで終わりでしたから、一曲踊ったも同然です。……ノエル先生、今までありがとうございました」

「違う、違うよ? 俺は最後にしたくないんだ」

「えっ……」

「……確かに君はリアン嬢ではない。最初レッスンを引き受けたとき、俺は君の中にあるリアン嬢の面影を探していた。でも、今日まで一緒に練習をしてきて、君自身のことも少しずつ知ることができた。何なら、リアン嬢よりも。段々、リアン嬢に会いたいのか、君に会いたいのか分からなくなってしまう俺もいて……それが怖かったりもしてね。……でも今日、俺が楽しく踊っていた相手は、紛れもなく君自身だと気づけたよ」

「ノエル先生……」

「コハク嬢。俺は舞踏会までにケジメをつけます。そうしたら、コハク嬢として……コハク嬢のままで、俺と一緒に舞踏会に出てもらえませんか」

「…………はい! 喜んで」

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BLOOM!〜元ゲームP→現悪役令嬢の青春ハッピーエンド構想〜 清七るい @kiyonarui

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