第10話 Completion

【二十二時半 パーティー会場】




 ノアは別邸二階の部屋で、箱に入った宝石コレクションを一つ一つ綺麗に机の上に並べ、布を被せた。




 使用人に座り心地の良いソファを人数分用意するように指示し、その後ミラー男爵家を呼んだ。




 メイドが部屋のドアを叩く音がして、ノアは入室を許可する旨の声をかける。




「入れ」


「失礼いたします」




 その声を皮切りに扉が開かれ、ミラー男爵家全員が入室する。


 ノアは入ってきた彼らに声をかけた。




「ここまでわざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞこちらにお座りください。これからお約束の私のコレクションをお見せしますね」




 これを聞いた次男のジャックは満面の笑みを浮かべた。




「おお!! 本当に見られるんですね!!」


「えぇ、もちろんですよ」




 続々と全員が座ったのを確認した後、ノアもソファに座った。






「では、これから上の布を取りますが、宝石には一切触れないでください」






 そう注意喚起をした後に布に手をかける。スムーズに布を自分の方に手繰り寄せると、歓声がワッとそれぞれの口からあふれ出した。




「なんと……美しい……」


「そうね……あなた……」




 夫妻はコレクションに見入っているようだ。




「こんなに珍しい宝石が沢山……」


「素晴らしい……流石はモルガン侯爵様ですね……」




 長男はきっと金の計算をしているだろう。


 そして次男は純粋に感動しているようである。




 ノアは彼らを隅々まで観察していた。時々会話に混ざりながら、彼らの感情を見逃さないように目を閉じずに見つめていた。




「こんな珍しい宝石を私達だけが見ているのは気が引けるな……」


「お気になさらず……これはお礼ですから」


「ありがとうございます!!」


「ジャックったら……申し訳ございません、モルガン侯爵様。大声を出すなんてはしたないわよ」


「あ……すみません」


「いえ、それだけ興奮されたのでしょう? その気持ちは私もとても分かりますから!」








 そう言ってから数分間経っただろうか、和やかな談笑と感想を言い合っていると、部屋の外から突然ノック音がした。




 五人のメイド達が紅茶を淹れて持ってきたようであった。素早い動きで、まず三人のメイドが宝石を片付けて、残り二人は紅茶を人数分淹れて去っていった。




「さて、ずっと宝石ばかりではあれなので、こちらでご用意いたしました紅茶も是非お飲みください」


「これはありがたい……」




 ミラー男爵が最初に紅茶に口をつける。




 ほかの三人は彼を見つめて反応を待っているようであった。ノアもその様子を見ながらカップに口をつけて一口飲んだ。




「うん……おいしいな……!!」




 ノアはわざとらしいリアクションを取ったが、違和感はなかったらしい。




「えぇ……とてもフルーティーな味わいですね……これは毎日飲みたいぐらいだ!」


「ふふっ……男爵が気に入って下さってよかったです」




 この二人の様子を見た三人は安心したように紅茶を飲み始めた。




「あら……確かに美味しいですわね!」


「えぇ……これは初めての味わいですが、癖になりそうですよ!」




 それぞれが口々に満足したように感想を言い合いながら紅茶を飲む。




 メイドが入室し、カップを片付けるタイミングで、ノアは彼らが飲み干したのを確認した後、懐中時計をジャケットの内側から取り出し、時間の確認をした。






「……さて、紅茶も飲みましたし、ホールに戻りましょう。まだパーティーは終わっていませんからね……もっと皆様には楽しんでいただかないと!」






 ノアは満面の笑みでそう言って、彼らを一階に案内した。




 その十分後、滞りなくパーティーは終わり、ノアは送迎の馬車に乗り込むミラー男爵家を笑顔で見送った。








 馬車の中でミラー男爵一家は和やかに一家団欒といった様子で、今日のパーティーについて、そして今日見た宝石の素晴らしさについて話していた。




「やはり……我が家も……何とかして地位を上げる必要があるな」


「今回であのモルガン侯爵様ともうまく関係が確立されましたし……何かあっても我が家は安泰ですね、父上!」


「あぁ……そうだな」




 当主と長男がそう言って笑い、今後の商売について計画を立て始めていた。








 馬車は二十分ほどかけて、ついに屋敷周辺に到着した。




 屋敷の前についた彼らはモルガン侯爵家が出してくれた送迎の馬車を見送ると中に入った。








 しかし、出迎えの者は誰もいない。








「……おい、帰ったのに誰もいないじゃないか! まったく……奴らはまだ眠っているのか!!」


「屋敷の主人が帰宅したというのに……これは使用人に再教育が必要ですわ、あなた!」


「父上、母上……待ってください。それより……なんだか静かすぎませんか?……」




 そう違和感を覚えた長男は次男のジャックと共に前を歩くことにした。




「兄さん……さっきからなんか気持ち悪いんだ……」


「あぁ……俺もだ……いやな汗が止まらない……」




 全員は廊下を進みながら、得体のしれない吐き気と呼吸のしづらさを感じ始めていた。




 その症状は急速に進行し、彼らを蝕んでいく。




「……おい……あれ……」




「……あ……」








 前を歩いていた二人の視線の先には大量の死体。




 血。




 血。




 どこを見ても血が視界に入ってくる。




 後ろにいた男爵夫妻も顔色を歪ませ、恐怖の色を滲ませた。


 ここまで来るのにかなり時間がかかっていたことに彼らは気づいていない。


 長男はついに泣きながら嘔吐し、倒れる。




「兄さん!!……ゴホッ……なんだ?……呼吸が……できな……」




 ジャックは兄の上に勢いよく覆いかぶさり、段々と呼吸が止まり始める。




 この目の前の光景を理解するのに時間がかかっている男爵夫妻は何が起こっているのかと使用人を起こそうと駆け寄る。それはもうすでに意味のない行動であると分かっているはずなのに、恐怖からか正常な判断を下せない。




 男爵の隣で落ち着かないように泣いている夫人の呼吸もジャックと同じく急速に浅くなり、ゆっくりと前のめりに倒れてしまう。




 呼吸音がしなくなると、ついに孤独が訪れる。


 混乱と疑問を脳内で繰り返した男爵家当主は静かに血の海で倒れる。








 そして再び屋敷は静寂に包まれた。














 彼らの遺体は早朝、新聞配達に来た平民の青年によって二日後に発見されるのであった。








【数日後 昼 モルガン侯爵邸】




 ノアは自身の書斎でゆったりとしながら、手に入れた『レインボーガーネット』を手にとってじっくりと観察していた。




 宝石をグルグルと手の上で回しながらじっと見つめている姿はまるで少年のようである。


 バーノン達の報告を受け、無事に受け取ってから数日経っているものの、いつでもついじっくりと見入ってしまう。






(綺麗だ……この色の変化が特に……)






 バン!!






「失礼いたします。ご主人様、紅茶が入りましたよ!」




 バーノンはそう言ってニッコニコで勢いよく部屋に入る。ノアに声をかけたが返事がない。




「……もう!! 無視なんてひどいぃ~!! かまってください~!!」




 文句を言いながら、ティーセットを乗せて運んできたカートの上からカップのみを主の机の上に丁寧に置いて、すぐにピッタリと椅子に座っているノアの傍にくっつく。




「……ったく、うるさいな!? そもそもノックしてから入ってこい! いま観察しているんだ!!」


「いやです~(怒こられても)黙りません~!!」


「はぁ……バーノン……おまえたちが頑張ってくれたことを確認している大事な時間なんだ。おまえなら分かってくれるよな?」




 そう言いながらバーノンの方を見ると「えっ……////」と呟き、恋する乙女のような照れ顔をしていた。




 きっと誰でもこの顔を見たら「顔がいいのがむかつくな」と思うに違いない。




「露骨に照れた顔をするのはやめろ……気持ち悪い」


「へへ、誉め言葉として受け取っておきますね……それにしても『レインボーガーネット』綺麗ですね……!!」


「あぁ……そうだな……見飽きないミステリアスさがとてもいい!!


『レインボーガーネット』はガーネットの亜種である鉱物のアンドラダイトとグロッシュラーが合わさったもので、それぞれの二つの鉱物の薄い層が交互に重なっていると資料にあった。


だから光が屈折して虹色に見えるらしいよ……あぁ……自然とは本当に素晴らしいね!!」




 バーノンはこういう時のノアの表情が実は一番好きである。


 見ていると美少女に見えてくることもあるらしい。








 やはりコイツおかしい。








「えぇ……日の光が少しでもあたるとちょっと神々しいですねぇ……」




 バーノンが宝石を覗き込んで言う。




「長時間太陽光にはあててはいけないんだけれどね」


「そうなのですか?」


「うん、変色してしまうんだ。だから暗所で保管する予定だよ」


「なるほど……おっと、紅茶が冷めてしまいました……淹れなおしてきますね!


あと新聞も届いていましたので、こちらに置きますね! では失礼します!」




 バーノンが湯気のない紅茶を回収して、代わりにカートの上にあった新聞を机の上に置いて部屋を出ていく。








 ノアはバーノンがいなくなった後、手に持っていた宝石を置いて、新聞を手に取り読み始めた。




 新聞には予想通り、ミラー男爵一家の死が大きな見出しになっていて、パーティーから帰宅後に屋敷で亡くなっていたことまで事細かに書かれていた。




 あの日のパーティー参加者の聴取もあり、昨日新聞社の取材を受けた時に話した主催者としてのノアのコメントもしっかりと書かれていた。




 ほかにも暗殺目的なのか盗み目的なのかと現場は混乱しているとか、屋敷から違法取引の書類が見つかったとか、屋敷の人間全員が同じ場所で亡くなっていたことで謎が深まっているとか色々と好き勝手に書かれていた。




 人間はこういうゴシップが大好きなのだ。


 どんなに善人でもこういう話はしてしまうのである。




 こうやってうまく世間が混乱しているのを見ていると、証拠は残さないように頑張った甲斐があるなとノアは笑いを堪える。








 あの日、彼らが時間差で亡くなったのはもちろん自分がも・て・な・し・をしたせいである。








 もうその証拠はない。








 何故なら彼らが消・化・してしまったからだ。




 そう、男爵家四人が亡くなった原因はコレクションを見せた後にもてなしで出した「紅茶」に入っていた「毒」である。




 ありきたりな手段だが、あの時はノアも一緒に飲んだことで警戒心をなくすことに無事成功した。




 そして、約一時間経ってから男爵家屋敷で亡くなるように計算し、時間も調整した。




 今回は「ドクニンジン」という有毒な植物を乾燥させたものを少し混ぜた茶葉で淹れた紅茶を出した。




 味で違和感が出るかもしれないからと砂糖を多めにあらかじめカップに入れて用意させたのだが、本当に彼らが馬鹿でよかった。フルーティーだとかなんとか言っていたし、癖になるとも言っていたから、あの世でも大層気に入ってくれているに違いない。




 紅茶は無事にその役割を成し、目標を達成したのだ。






 もちろん毒なんてものを使うのは推奨しない。


 もし誤ってこのドクニンジンを摂取してしまうと、吐き気に嘔吐、呼吸困難などを引き起こし、最悪の場合死に至るかもしれないからだ。




「まぁ……実際に症状の実例があったんだけどね?」




 そういえば、あの時自分もしっかり一杯はその紅茶を飲んだんだよなと思い出す。




 自分には影響は一切なにもなかった。




 何故なら幼い頃からしている訓練のおかげで毒が効かない体質になったからである。それでも少しは症状が出るかもしれないと危惧していたが、長年毒にも耐えうる身体を作り上げたことが功を奏したようだ。




 バーノンには一応紅茶を飲んだことは言っていない。言ったら絶対その体質について知っていても口うるさくなるに決まっている。




(心配はしていなかったが、無事に今回もうまくいってよかった……)








 新聞を机に置いて、上を向きながら深呼吸をして足を組みなおす。




 先程まで下を向いていたせいで落ちてきた髪を耳にかけ、背もたれに身を預けて目を閉じる。




 机の端に置かれた宝石たちが太陽光を取り込み、屈折させ、机の上に光の筋を作っている。








 ふいに目を開け、静かに椅子から立ち上がったノアの手が宝石の一つに触れて、それを持ち上げる。


 宝石を仕事部屋に持っていこうとするノアの足音だけが響き、後ろ髪がふんわりと揺れた。








 日の光に照らされ、彼の高貴さが溢れるような後ろ姿に反して、手段を選ばない一面を現す濃い影が書斎の床に伸びている。








 彼の人生はこれからも常に刺激的なもので彩られていくのだろう。


 こうして美しく悪に染まった侯爵様のコレクションがまた一つ加えられていくのであった。


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