第9話 Design
【同時刻 ミラー男爵邸】
「準備は?」
「……大丈夫です」
ミラー男爵邸の裏側にバーノンとウィリアムはいた。
現在二人は暗闇に紛れる為に全身黒い服を着ている。
計画では屋敷の裏口(使用人が使う出入口だそうだ)からミランダのスパイの協力を得て侵入する。
使用人たちは屋根裏に住んでいる為、ばったりと出会うことはあまりない。それに主人の帰宅まではかなり時間がある為、今は深夜ということもあり、仮眠をとっている者が多いはずだ。
色々な可能性を考えたプランはいくつか考えてある。だが、万が一のことを考えたプランはできれば実行しないに限るなとウィリアムは考えていた。
二人は静寂を守りながら裏口から侵入し、廊下を進んだ。
仕事を無事に成功させるにはこの張り詰めた空気に精神と身体を順応させなければいけない。
無音の中で歩みを進めながら、二人は顔を見合わせて合図を交わす。宝石がある部屋の絞り込みはできており、あとは誰にも見つからないようにその部屋に向かうだけである。
しかし、廊下を三分の一程進んだ時、足早に目的地に向かっている彼らに突然知らない声が降り注いだ。
それは目先の左側にある部屋の扉から雑巾を持って出てきた若いメイドの声だった。
「あ、あの……あなた方は? 一体いつこちらに?」
「「…………」」
「もしかして……!!」
この後、瞬時に動いた二人の行動は一致していた。
ウィリアムは叫ぼうとしているそのメイドの背後に回り、雑巾を奪って口を塞ぎ、もう一方の手をまわして首を折った。メイドを的確に処分した後、ウィリアムは宝石のある部屋へ音を殺しながら走って向かった。
一方、バーノンは先程のメイドが出てきた部屋にほかの人間がいないかどうかの確認をする為、扉に近づくと半開きの隙間から光が漏れている事に気づいた。
ゆっくりと扉を開くと、部屋にはもう一人のメイドがおり、ナイフをもって戦闘態勢に入っていた。彼女は殺気を放っていた。どうも訓練されたメイドのようで、処分したメイドの声が聞こえていたようである。
バーノンはドアを閉めた後、武器を構えずにそのメイドに向かって走った。
メイドも走りはじめ、ナイフを首に振り下ろそうとしてくる。
これをうまく後ろに避けたバーノンは、彼女の手に向かって足を突き出す。
うまく手に当たると、衝撃でナイフが落ちて床に転がっていく。
バーノンはそれに気を取られた彼女のわき腹に重い殴りを入れることに成功した。
ぐらつきうずくまった相手から少し離れ、この隙に腰からウェブリー・リボルバーと呼ばれる銃を取り出し、焦点を合わせて落ち着いてから脳天に打ち込んだ。銃声のあと、ゆっくりとリロードをすると、空になった弾が落ちて転がっていく音が部屋に響いた。
(……なぁんだ……)
バーノンは熱を帯びた銃を持ち直しながら、転がっているモノを見つめていた。
「予定よりバレるの早かったな……さぁて、銃声でどんどん使用人が来るだろうから……プラン変更だなぁ」
バーノンはニヤリと口角を上げながら部屋を出て、廊下に出る。
バタバタと足音がするのを聞きながら、リボルバーを構えた。
少し隠し持ったナイフの重みを全身で感じながら、階段を下りてきたばかりの執事やメイドを一人ずつ、確実にヘッドショットしていく。
このリボルバーは回転式弾倉を備えた六連発のもので、これを撃ち終わるとすぐにナイフに切り替えることになった。リボルバーをしまってから、足からナイフを取り、器用に数本手に持って、数人の生きている使用人たちに向かって投げつける。
うまく脳天に刺さるとこれまた素晴らしい表情を見ることができるのだ。
うれしい。
たのしい。
そう感じているバーノンはノアの元で仕えるようになってから普通の人間の感情はどんなものなのかという教育をすでに受けているために、この感情が生まれる「殺人」というこの行動はもちろん悪行であると理解しているし、理不尽で、罪深いことであるとナイフを投げるたびに感じているが、やはり元々の性根は直らないらしい。
「やっぱ、楽しいな~コレ!!」
幸せを感じる。
自分自身に疑問を投げかけながら、仲間のいないこの場で自分の裏をさらけ出したバーノンは少し返り血を浴びており、月明かりに照らされていた。
彼はまるで無邪気な子供のように笑いながら最後の一人に向かって、ナイフを投げつけた。
その頃、先に向かったウィリアムは廊下を進み、屋敷入口の脇にある階段を上がって二階の真ん中にある大きな部屋に到着していた。
ここはヒミツの地下室につながる階段があるという当主の寝室である。部屋の中はいたって普通と言える。
ベッドに机や椅子、本棚など一般的なものが多い中で、ウィリアムはとある絵画に目をつけた。
その絵画は若い女性の肖像画が描かれたものであった。見た目は貴族の女性のようである。その絵画は部屋の入口から見て左側の壁に飾られていた。
ウィリアムは絵画に近づき、絵画を壁から外してみた。
その絵画の裏側には鍵穴があった。
それはよく目を凝らさないと分からない。
「……面倒だなぁ……あんまり証拠残したくないし……」
めんどうくさそうに顔をしかめ、腕を組みながら右足を折り曲げて、つま先側を床にトンと叩くと靴裏のヒール部分から一本の恐らく金属製と思われる棒が出てくる。
ウィリアムはそれを少し屈みながら手で取り出すと鍵穴に差し込んだ。
数秒後、ガチャガチャと弄っているとカチッと大きな音がした。
「開いた……」
ゆっくりと隠し部屋が姿を現した。
ウィリアムには何もなかったように見えた壁が扉に変化しているように見えた。
「……暗い……」
ウィリアムは夜目がきくほうで屋敷内も難なく動けていたのだが、この暗さには少し困惑した様子であった。
この先は下り階段であったので、彼はゆっくりと階段を降り続けることにした。
しばらくすると、ついに周囲が明るくなってきて、少し眩しくなった目を細めながら、その部屋に入った。
その部屋は蝋燭が何本も蝋燭立てに火をつけて置いてあり、その光で輝きを放つ鉱物や加工された宝石の埋め込まれたネックレスや指輪などの装飾品が箱に入れられたまま飾られていた。
その数は数えきれず、それらが持つ鮮やかな色に浸食されそうだと感じる程である。
そして、その中に『レインボーガーネット』は埋まっていた。
『レインボーガーネット』は名前に虹色とあるように表面が赤、青、緑などの様々な色が存在しており、独特な存在感を放っていた。
「あった……これを傷つかないように持って帰らないといけない」
ウィリアムは自分に言い聞かせるように呟いた。
持参した宝石専用のシルクの布で『レインボーガーネット』を包み、懐へ入れる。
ウィリアムは大事な宝石を手に入れたので急いで階段を駆け上がり、その勢いで部屋を出た。
しかし、廊下で一切人の気配を感じないことに気づいたウィリアムはすぐに立ち止まり、耳を澄ませた。
「……悲鳴だ……ということは、プランは変更された……急がないと!」
廊下奥から小さな悲鳴が聞こえてきていた。
ウィリアムは人の気配がない二階の廊下を裏口方向に走り、つきあたりの階段を下り始める。
(声がしない……?)
一階に降りる途中から声がしないことに違和感を覚えて、着いてからすぐ左側を見たウィリアムは一瞬息を呑んだ。
「……ッ!!」
そこには十人以上のミラー男爵家の使用人の死体が血の海を形成していた。
死体がバラバラと落ちている。
まるでそこで眠っているかのようだった。
ウィリアムがその血の海から視線を上げると、廊下の奥の暗闇にバーノンがいた。
(怖い……)
バーノンを見た瞬間、彼から一瞬だけ強い殺気を感じたが、気づくとすぐにそれは消え失せていた。
バーノンは死体からナイフを取り、ハンカチで血を拭いていた。
このナイフは一般的な家庭向けのもので購入時絶対に足のつかないものではあるが、痕跡は残さないようにするため回収する。もうすでに役目を終えた火薬のない弾丸もすべて回収済みである。
バーノンは次に自分の顔の血を拭きながら、ウィリアムに近づき、いつもの調子で声をかけた。
「お疲れ様です! 手に入れましたか?」
「……はい」
ウィリアムは短く返事をしてから、フッと緊張していた体の縛りを解いた。
(……いつも通りだ……もういつも通り……この人が味方でよかった……)
ウィリアムはこの時、バーノンが敵でなくてよかったなと心底安心した。
「では、出ましょう。プランは狂いましたが、
「分かりました」
二人は無言で即座に裏口から屋敷を後にする。
この間約三十分で行われた裏仕事は無事遂行され、この後協力者であり、屋敷唯一の生存者であったミランダのスパイによって、これがとある犯行グループの仕業であるかのように偽装されることになる。
彼女は偽装の為に、ミラー男爵家にあった数品の有名な絵画や宝石を手にして、誰もいなくなった屋敷を後にした。
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