第8話 Mix cut

【二十二時 モルガン侯爵邸 パーティー会場】




 当日、モルガン侯爵邸の広大な敷地の中にパーティー会場が一晩にして出来上がっていた。




 屋敷の入口から左の庭を抜けると別邸があり、そこが豪華絢爛な飾りつけによって、いつもの雰囲気ではなくなっていた。


 中では招待客がワインなどの酒を優雅に楽しみ、飲み比べしている。別邸内の真ん中はダンスホールに、両端には軽食やデザート類が用意されていた。




 招待客の中には著名な政治家や芸術家、学者、貴族、俳優などがおり、特注のスーツやドレスで着飾っていた。




 煌びやかな人々の中に今回のターゲットであるミラー男爵家が紛れていた。


 彼らは普段であれば侯爵主催のパーティーの招待を受けられるような地位の者ではないため、服装などの理由でかなり目立っていたが、当の本人たちは気にも留めていなかった。何故ならノアが彼らを手厚く歓迎するように使用人に指示していたからである。








 今日のノアの服装はパリッとした白シャツが際立つ正装である。


 正装には帽子と手袋は必須だ。


 この正装は貴族のトレードマークであるがゆえに、人の特定がしづらくなる。


 だから、証拠が残らないようにする為にも都合がいい。


 こだわりとしてクラヴァットを締めた首元には、彼の誕生石であり、目の色と同じのアメシストの輝く首飾りをつけている。


 今回は少し化粧をしていて、目元に暗めのアイシャドウが入っている。髪は少し耳にかけているので、しっかりと顔を上げれば端正な顔立ちが際立っている。




(まったく騒がしい奴らだ……これだからパーティーは……)




 ノアにとっては、正直狙いのミラー男爵家以外の招待客なんぞどうでもよく、彼ら以外の者たちには「自分がパーティーを開いていたこと」、「この時間自分はここにいたこと」を証明してくれればいいといっただけの役割でしかない。


 しかし、パーティーの主催としては無下にするわけにもいかず、適当に会場を歩きながら、彼らに声をかけていく。




(あれは……)




 やっとターゲットの一人が遠くに見えた。




「ふぅ……やっとだ」




 ボソッとノアは小声で俯き、微笑みながらつぶやく。


 手を後ろに回してゆっくりと対象に近づいていく。




  人と人の間をうまくすり抜けながら、作った笑顔で、ミラー男爵家の当主を逃がさないように少し離れた場所から声をかけた。当主は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに微笑み、ノアの前に急ぎ足でやってきた。




「パーティーはお楽しみいただけていますか?」


「はい、もちろんでございます。お気遣いいただきありがとうございます」


「それはよかったです」


「あの、私の愚息と仲良くしてくださっているようで……恐れ多い事です」


「お気になさらず。ジャック様にはこちらがご迷惑をおかけしましたから」


「ありがとうございます。それにこんなパーティーまでご招待いただき恐悦至極に存じます。息子たちや妻も楽しんでおります」


「そう言っていただけると主催としてはとても嬉しいですね……是非ダンスもミラー男爵夫人とお楽しみください。英国一の楽団を呼んでおりますので」


「えぇ、そうさせていただきます」


「では、他の方にもご挨拶しなければならないので失礼します。また後で」




 ノアの言葉にミラー男爵家当主は軽く会釈をした。




(……油断しているな。酒のせいもあるだろうが)




 ノアは一度ホールから離れ、二階の関係者のみが入れる個室に向かった。


 階段を上がると個室が三つある。


 一番手前の部屋に入り、室内を軽く見回す。部屋は机と椅子、本棚というシンプルな構成になっており、カーテンなどの一部の装飾がゴシックにまとめられている。




 真ん中に置かれている机にノアは近づく。小さな鍵をジャケットの内ポケットから取り出すと、机にあった鍵穴に入れた。




 ゆっくりと回して開けると、机の中にはミラー男爵家に見せる予定の宝石コレクションが入った厳重な箱が入れてあった。






(さぁ、こちらも準備をしないとな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月21日 20:00
2024年9月28日 20:00
2024年10月5日 20:00

Noah's enhancement ユメノ コウ @yumenokou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ