第6話 Brilliant cut
【早朝 モルガン侯爵邸】
三日後、朝の六時、ノアは執事のバーノンに起こされ、いつも通り着替えや朝食、そしてモーニングティーを済ませた後に、特注で作らせた品のある落ち着いた椅子に座り、ゆっくりと味わうように紅茶を飲みながら、自身の書斎にて昨日の様子についての報告をバーノンから受けていた。
報告といっても、全て書類なので、ノアは珍しく眼鏡をかけて読んでいた。
ミラー男爵家とアダムス侯爵家の裏での繋がりについて、宝石の入手までの作戦について、そして財政資料のすり替えについてなど事細かに書かれた紙を一通り確認した後、ノアは眼鏡を外して、ウィリアムの様子についても目の前にいるバーノンに聞いてみることにした。
「ウィリアムはどうだった?」
「最初はあまり口を開きませんでしたが、この仕事に慣れてきたようですよ」
「そうか……なら今後はもっと任せてもいいかもなぁ……」
「えぇ……ミランダ様も息子の成長を感じたようで、この手紙の文面から察するに大喜びしているようです」
バーノンは懐からその手紙を取り出して、ノアに渡した。受け取ったノアは手紙の内容を読みながら、顔を顰めて苦笑いを浮かべた。
「そうか……まぁミランダ叔母様はウィリアムを溺愛しているからな……最初はこの裏仕事なんてやらせるかって、危ないから断固反対だって大暴れしていたのにな……」
「そうですね……ウィリアム様が裏仕事で成果を上げだしたら、クルっと手のひら返しですもんねぇ……」
二人はウィリアムに対するミランダの甘さに、「まったく……あの人は……」とため息を漏らした。
(そういえば……ウィリアム様が自ら裏仕事がしたいとご主人様に話をしに来た時なんて、ドアを蹴飛ばして突入していましたね……扉を蹴飛ばしてくるご婦人なんてあの時が初めてでしたよ)
バーノンは過去の出来事を思い返し、心の中で笑っていた。
「……さて、明日だな……念には念を入れないとな」
「はい」
「もう一度明日の流れを確認しよう……丁度いい時間だ! ウィリアムをここに!」
「かしこまりました」
・ ・ ・
その一時間後、馬車でやってきたウィリアムを迎え、作戦会議をすることにした。
ウィリアムはフリルのシャツで首元に黒のリボン、黒の現代で言えばスキニーのようなスラっとしたズボンを着ていて、まさに容姿に合っている人形のようなかわいらしい容貌になっていた。
(……ふぅ、やっと着いたな)
到着後、少し疲れた様子でウィリアムはスタスタと茶の席に座っていた。
そして、ウィリアムを呼んだノアも昼の装いに着替えており、黒のサテンシャツに白のネクタイ、白の半ズボンに手袋をしている。
先ほど茶の席と言ったが、改めて、現在彼らは庭で優雅なお茶会をしている。これは周囲にただお茶をしているだけだと思わせる為である。一般的には少し時間がはやいがきっと「ティー・ブレイク」だと思うだろう。
面倒だが、たとえ自分の家や領地であっても気を抜くことは許されないのが侯爵という地位なのである。
バーノンは庭に使用人が来ないように手配した後、ナイフとフォークを二人分素早く用意し、優雅に紅茶を淹れ、ケーキやスコーン、そしてサンドイッチを乗せたケーキスタンドを静かに真ん中に置き、ノアの背後に戻った。
「今回の茶葉はインドのダージリンでございます。セカンドフラッシュ (1)をセレクト致しました。こちらはストレートが適しておりますので、そのままご賞味ください。」
「ふむ……良い香りだな……」
ノアはボソボソと感想をつぶやきながら、幸せを全面に出したような美しい曲線の笑みを浮かべている。
対してウィリアムは黙ってティーカップを持ち、入っている紅茶と執事をキョロキョロと交互に見ていた。
(飲んでいいのかな……まだ当主様が飲んでないから待たなきゃ……かな?)
ウィリアムはまだ回数を重ねておらず、お茶会に慣れていないのだ。
それに気づいたバーノンは優しく声をかける。
(1)セカンドフラッシュ……二番摘みと言われる茶葉のことで、五月~六月に収穫された物のこと。最高級品。
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