第5話 Double oval

「なぜですか? お譲りいただけるなら三億は保障致しますし、そちらにとっても悪い話ではないのでは?」


「それが、実はあの宝石は共同所有していて……私だけの判断では無理なのです」


「……どの方と?」




 ウィリアムは一言つぶやくと真顔でジャックを見つめ、視線で彼に圧をかける。




「アダムス侯爵家だ。あちらとは二年前からの付き合いでね、すまないが今回は諦めてほしい。モルガン侯爵様には申し訳ないが」


「そうですか、分かりました。この度はこのような機会を用意してくださり、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそお手数をおかけしてしまい申し訳ございません……手に入るといいですね、『レインボーガーネット』」


「ありがとうございます。そちらも貴重な宝石の保管にはお気を付けて」


「ご忠告ありがとうございます。そうします」




 三人は微笑んでいるが、取り囲む空気は重いままである。




 バーノンはお得意の偽りの笑顔を顔面に張り付けたまま「では、今日は失礼します」と言って、ウィリアムと共に応接間を出た。


 応接間を出てからはメイドが廊下奥から現れ、屋敷を出るまでずっと二人に張り付いていた。








 屋敷の正門までやっと出たというところで、メイドが遠くに見えたことで、二人は安堵からフッと息をついた。




 待たせていた馬車へと向かいながら緊張を解いた二人は会話し始める。




「少し緊張しましたね~! 久しぶりで執事だと即バレちゃうかなと思いましたが、突っ込まれなくてよかったです……ふぅ……」


「お疲れ様です。でも、これで確定ですね」


「えぇ、彼は間違いなくアダムス侯爵家当主と裏で取引している。共同所有と言っていましたが……あれは嘘でしょうね。共同所有だとしても男爵家の財政で『レインボーガーネット』を所有できるほどの財はないはずです。アダムス侯爵家と違法商売でもしているのかもしれませんね……記録はいくらでも改ざん、隠蔽できますから」


「そうですね……ではアダムス侯爵家も《処分》しますか?」


「いいえ、それは我々の立場を危うくしますよ。相手は数少ない政界にも影響力のある有数な侯爵家の一つですからね……突然消えたら大問題、さては国の問題になるでしょう……今回はミラー男爵家のみにしましょう」


「……関係を隠蔽するのですか?」


「もちろん! アダムス侯爵家の名前のある資料はすべて入れ替えましょう」


「分かりました」


「明日までに侵入経路をまとめましょう。裏仕事ですので、ミランダ様にも連絡しましょうか。決行は五日後の夜です」


「分かりました。母上に伝えておきます」


「よろしくお願い致します。


そ・ん・なことよりお腹すきませんかーー?


何か食べていきましょう~ウィリアム様!」




「…………え」




「よぉ~し、お肉がいいですねえ!! すみません、御者くんのおすすめの店まで!!」


「え…ちょっ」






「レッツゴー!!!!!!!!!」






 馬車はバーノンの指示で愉快と困惑の色を乗せて走り出した。




 その後帰宅し、夜中にモルガン邸に着くやいなや「遅ぉいっ!!!!!!!!」と二人は当主に詰められるのだが、まぁそれはまたどこかで……。

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