1−4 邂逅

 高校生活は、自分が想像していたものよりも退屈で、味のしないものであった。晃自身が高校というものに期待を寄せ過ぎていた部分もあったのかもしれない。

 彼にとって小、中学校での時間は専ら読書をする時間であった。興味のある授業以外は基本机の下で隠れて読書をしていた。授業よりも読書のほうがより効率的に、多くの知識を得ることができると信じきっていたからである。同級生はそんな彼の姿を白い目で見ていたが、晃にとってはそんなことはどうでもよかった。中学生になると授業の質が上がり、小学校の時よりも興味のある授業が増えたが、依然として授業をサボって読書をする時間は多かった。それでも成績は学年トップをキープし続けていた。

 「高校生になったら、きっとやりたいことが見つかるはず」晃はそんな思いを胸に、自宅から近い諏訪東高等学校に入学した。しかし、高校入学から約1ヶ月経った頃、そんな思いを抱いて高校に入学した自分に後悔した。

 授業の質以外は何ら小、中学校と変わりなかった。そこは「難関大学進学」という同じ目標を掲げた生徒が寄り集まって薄っぺらい交友関係を結び合う、いわば〈庭〉のような場所であった。そこでは晃が考えていた〈高校〉の姿はどこにも見当たらなかった。晃はそこで初めて、自分が異常な人間であることに気づいた。

 晃は失望した。何よりも、高校に入ってやりたいことが見つかるなんていう浅はかな考えを自分自身が持っていたという事実に落胆した。そもそも自分がやりたいことが『見つかる』なんていう受け腰な態度を取っているところに、自分の将来に関する無責任さが露呈していて、憤りすら憶えた。

 しかし、そう簡単に高校を辞めるわけにもいかなかった。

 晃は高校を辞めて何をすればいいか、全くわからなかった。————本心、彼は高校を〈逃げ道〉として捉えていたのかもしれない。————「バイト」や「就職」なんて言葉は小説に飽きるほど出てきたので知ってはいたが、それがどのような順序で、どのような手続きを以て行われるか全く無知であった。そして何よりも———正司を心配させたくなかった。「高校を辞める」なんて言ったら彼は何を考え、何をするか、何となく想像できた。

 あの授業参観の日もそうだった。

 

 小学3年生の夏、父は授業参観のために小学校を訪れた。その日の朝「来なくていいからね」と強く言っておいたので、3年2組の教室に父の姿が見えた時は、仰天した。授業後父のところへ行くのは恥ずかしくて躊躇われたため、そのまま気づかぬふりをした。

 晃が学校から帰宅すると、父は浮かない顔でこちらを見ながら、学校のことについて色々尋ねてきた。その後のことはあまり憶えていないが、後日、正司が晃を心配して担任の先生にまで電話をかけていたことを先生から教えてもらった。「お父さん、すごい心配そうな声で話してたよ」担任の宮下咲がこちらを見ながら続けた。「晃くんのお父さん、すごく優しいね、なかなかそんなお父さん、いないと思う」担任は嬉しそうな顔で晃を見た。晃は一度も彼女の目を見なかった。


 父親は重度の心配性であった。高校を辞めることで父はきっと息子のことを心配し、父の職場や父自身に大きな迷惑をかけることになるのであろう。そんな恣意的な行動をとることは自身のプライドが許さなかった。結果晃は何事もなく、諏訪東高等学校の1学年の過程を終えた。


 友達と呼べるような人間は1年かけて誰1人としていなかった。時々休み時間中に次の授業の教科を聞いてくる者や、落とした消しゴムを拾ってくれる者はいたが、そんな人間を友達と呼んではいけないことは分かりきっていた。友達に関してはいてもいなくても良い、という考えでここまで生きてきたので生活自体に支障はなかったが、1年を通して誰1人として友達と呼べるような人間がいないという事実には流石に自分の人間性に何か問題があるのではないかと思い始めた。幸先が不安の中、2学年を迎えた。

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