魔法の練習日

「ららる~。る~らら~」


 ベッドに腰掛けて歌なぞ歌ってみる。


「坊ちゃまが……。坊ちゃまが危ういぞ!」

「先日から、何かおかしくなってしまわれた……!」


 ありがたいことに、ケイオスは主人公に敵対する存在ではあるが、物語によくある元から素行の悪い人間などではなく、家ではいたって普通の少年だったようだ。


 おかげで頭がおかしくなってしまった、や周りの人間が怯えたりすることはなかった――無かったんだけど、先日、自分の顔を見て驚いてしまったことに起因して、俺がおかしくなってしまったと思われているようだ。

 いや、どちらにせよ家中の者を怯えさせる結果になってしまっている。残念だ!


 ケイオスの両親については細かい設定が無かったはずだが、それが反映されてか2人とも生活基盤は王都の方にあるらしく、居るのは執事やメイドさんだけだ。


「坊ちゃまは、いったいどうしてしまったというのか!」


 気配察知など使わなくても、外から小声――で話しているつもり――の執事とメイドが話している声が聞こえてくる。


「今日は魔法の練習日・・・・・・で先生が来てくださるというのに、あの様子では先生にお引き取りいただくしかない――」

「魔法の練習日だって!?」


 『これからどう生活していけばいいのか』と悩んでいると、興味をビンビン惹かれる単語が聞こえ、思わず部屋から飛び出してしまった。


「はっ、はい。本日はマーグレイ様がいらしての、魔法の練習日となっております……」

「ありがとう。それは大変、興味があるな。予定通り頼むよ」


 そういうと、執事とメイドは顔を見合わせ、頭に?を浮かべる。

 そんな様子を知りもせず、俺は再びベッドに腰掛けるのだった。


「ケイオス様が、魔法の練習日に前向きだと?」

「それほどやる気が無かったのに!?」


 『スター・オブ・ファンタジア』の魔法システムについては熟知しているが、自身で魔法を使うとなると、システムとは異なる挙動をするかもしれない。

先日、部屋で放ったものは初級魔法のミラだったので、簡単にできたのだろうと予想をつける。

これはなかなか楽しみなことになってきた。



「ケイオス様、お加減はいかがですかな?」

「とても良い気分です。早く魔法を学びたいです」

「それは結構」


 「ハッハッハッ」と60代の男性――マーグレイ先生が聞いてくるが、その視線は怪しいものを見るような目だった。

 残念なことに、魔法は前世の学業と同じくダルいものと同列らしく、それはケイオスも同じだったらしい。


 しかし、ケイオス少年は中身が変わってしまったかのように、魔法の授業に前向きになったので、マーグレイ先生がめちゃくちゃ怪しんでいるようだった。

 そんなこととはつゆ知らず、僕はやる気一杯で授業に臨んだ。


「では、五大元素として火・水・風・土・光とあります。まずはウォーミングアップとして、ケイオス様が得意な火から参りましょう」


 『そういえば、ケイオスが得意なのは火だったな』と思い出す。

 闇落ちしてからは闇炎使いになるのだが、そのまま炎を使う人間にしておいた方が、人間味が増して良かったかもしれない。

 「合わせて唱えてください」と突然言われて焦ったが、魔法システムを思い出し、脳内でコマンド選択をする。


「「ミラ」」


 ポッ、と手のひらに炎が出る。


「「炎弾カラ」」


 ボッ、とミラに力強さが増して火球になる。


「よろしい。ウォーミングアップはこのくらいにしておきますか」

「ありがとうございます」


 この後に、貫通能力も兼ね備えた炎矢ゾラに、攻撃と防御を兼ね備えた槍衾やりぶすまとなる火柱セラスもあるのだが、そこまではやらないらしい。

 というか、今の2呪文で少し疲れている。


「先生。俺――私がこれから魔法をきちんと学び学校に行くとして、成績はどのくらいになりますでしょうか?」

「今から、そのようなことを聞いてもせんないこと。それよりも、学びを優先させましょう」

「聞いた方が、身が入ります。言いにくいかもしれませんが、忌憚のない意見を聞かせてください」


 多分、両親とかからも「気分よく授業を受けさせるように」と甘やかされているのか、マーグレイ先生は少しだけ言いにくそうな顔をした後、諦めたように口を開いた。


「マジック・アカデミアの生徒は、通常300人程度。ケイオス様の成績は中の下と言ったところでしょうか」


 予想通りの悪い話だった。

 地元では――というか、家ではブイブイ言わせていたケイオスだったが、魔法使いの逸材を集めたマジック・アカデミアではそんなメッキは剥がれまくって堕落していく。

 そこを付け込まれて――といった感じに落ちていく。


「説明していただき、ありがとうございます。おかげで、魔法の授業に身が入ります」


 よほど僕が先生の評価に対して駄々をこねると思っていたのか、騒がないところを見て「ほう……」と感心した笑みをこぼした。

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