第3話 好きなもの
☆
気が狂う程怒るのは良く分かる。
だけどそれで垂水が犠牲になる必要は無い。
それに垂水は...女の子だ。
どんな不良であれ女の子である。
だからこそ俺は垂水に傷付いてほしくはない。
いや。あの屑は話が別として。
「横瑞」
「ああ。何だ?垂水」
「お前は優しすぎる」
「...そうか。確かにそうかもな。かつてからそう言われているし」
「お前だけだよ。世界で私に手を伸ばした奴は」
「何だそれは。告白か?」
「なぁ!?ちげーよ!!!!!」
垂水は外階段で真っ赤になる。
俺は段差を少しだけずらして腰掛けているが。
そんな垂水の対応に苦笑する。
正直良く分かる。
あのクソ馬鹿の事に関して激高するのも。
許せなくなるのも。
だけどそれでキレたらまあ負けだ。
俺達の負けなのだ。
「...垂水。でもな。お前の怒りは相当良く分かる。俺の為に怒ってくれているのが良く分かる。だけど...俺はもう吹っ切れているから」
「...いや。...私は...お前だから言っている」
「は?俺だから?何だそりゃ」
「何でもねぇよ」
垂水はそう言いながら乳酸菌飲料を飲み干す。
俺は訳も分からないまま肩をすくめた。
それから垂水を見る。
垂水は「なあ」と言った。
俺は空き缶を捨てながら「何だ」と聞く。
「...お前...何でこんなどんくさいしかも不良の私に優しくするんだ」
「今更か?...お前を見捨てておけないからだ」
「はぁ?...アタシなんか捨てれば良いじゃねーか」
「お前は不良だ。...だが俺にとっちゃクラスメイトだ。理由はそれだけだ。仲間だからな」
「...」
唇を噛む垂水。
それから拳を握り締める。
俺は笑みを浮かべながら垂水を見た。
そして「戻るぞ。...教師に殺されたくはない」と肩をすくめた。
すると垂水は「ああ」と言ってから後ろから付いて来る。
「なあ」
「何だよ。今日はやたら頻繁だな」
「...私はアンタをおかしいって思っている。だけど...それでも構って来るお前が...憎い程有難い」
「そうか」
「...だから負けるな。絶対に」
「...ああ」
そして俺は垂水を見る。
俺は苦笑しながら歩き出した。
すると垂水は後ろをゆっくりと付いて来た。
それから俺達は教室に戻る。
☆
垂水蛍は特殊なヤツだ。
だけど俺にとってはクラスメイト以外の何物でもない。
だからこそ構ってやらないとな。
そう思いながら俺は帰宅する。
そして俺は待ち合わせのカフェに向かう。
そこには浮気したクソッタレの佐渡桃(さどもも)が居た。
俺は今日断言をする為に呼んだ。
今日で正式にお前と別れる、と、だ。
「佐渡」
「うん?香。来たんだね」
「...今日呼んだ理由は分かるか」
「?」
「お前、浮気したな」
そう言い放つと彼女は「え」となって固まる。
やはり浮気か。
俺は「お前が浮気したから正式に別れるつもりでな」と言った。
そして「...」となってから佐渡は固まる。
「...じゃあな」
「...え...そ、それだけ」
「当たり前だ。それ以外何がある。じゃあな」
「...」
佐渡は立ち上がる。
それから「え、エッチだね。香...私がそこ行ったの知っているって事は!」と大声で言う。
俺は盛大に溜息を吐いてから「そうだな。お前が変態かつクソだと分かった」と言いながらそのまま歩き出す。
「...」
佐渡は何も言えなくなっていた。
そして歩いて喫茶店を後にしてからそのまま帰宅する。
クソッタレ忌々しい。
というか何だあの反応は。
逆切れの様に感じた。
「...やれやれ。どいつもこいつも」
そう思っていると電話が掛かってきた。
その相手は...垂水?
何だコイツ。
そう思いながら「はい」と電話に出る。
『もしもし、というか、よ、よお』
「何だ」
『...その。お前、好きなものあるか』
「好きなものって何だ?」
『だ、だから...好きな食材、料理教えろ!...っていうか教え...うん』
あ?、と思いながら垂水の言葉を飲み込むのに時間がかかった。
それから「何だ。それを知って何になる」と言う。
すると『良いから教えろ...下さい』と2chの用語みたいになる。
意味が分からないが。
そう思いながらも「俺はハンバーグが好きだ」と答えた。
『はぁ!?そんなむ、ムズイ...もっと簡単なものを教えろ!』
「意味が分からん。何でお前にそんなものを教えないといけないんだよ」
『だから、その』
「何だよ」
『わ、私が作りやすいのにしてくれ』
「???」
意味が分からん。
そう思いながら俺は「...そうだな。なら和え物とかだな。...例えばニンジンのドレッシングの千切りあえ、とか変なものが好きだ」と言う。
すると『そうか...分かった!』と言ってから電話が切れる。
マジ何なの?
「やれやれ」
そう思いながら俺は写真立ての写真を見る。
そこに...亡くなった母親の写真が収まっている。
そして一緒に亡くなった愛犬の写真も。
よそ見運転の自動車に時速70キロで轢かれた母親。
頭を打って即死だった。
愛犬は骨が粉々になっていた。
「...」
別に怒りは無い。
だけど正直、憎い。
まあそれを考えると怒りなのだろうけど。
いつからだろうか。
こんなに怒りが分からなくなったのは。
大声で笑えなくなったのは。
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