第3話 好きなもの


気が狂う程怒るのは良く分かる。

だけどそれで垂水が犠牲になる必要は無い。

それに垂水は...女の子だ。

どんな不良であれ女の子である。

だからこそ俺は垂水に傷付いてほしくはない。


いや。あの屑は話が別として。


「横瑞」

「ああ。何だ?垂水」

「お前は優しすぎる」

「...そうか。確かにそうかもな。かつてからそう言われているし」

「お前だけだよ。世界で私に手を伸ばした奴は」

「何だそれは。告白か?」

「なぁ!?ちげーよ!!!!!」


垂水は外階段で真っ赤になる。

俺は段差を少しだけずらして腰掛けているが。

そんな垂水の対応に苦笑する。


正直良く分かる。

あのクソ馬鹿の事に関して激高するのも。

許せなくなるのも。

だけどそれでキレたらまあ負けだ。

俺達の負けなのだ。


「...垂水。でもな。お前の怒りは相当良く分かる。俺の為に怒ってくれているのが良く分かる。だけど...俺はもう吹っ切れているから」

「...いや。...私は...お前だから言っている」

「は?俺だから?何だそりゃ」

「何でもねぇよ」


垂水はそう言いながら乳酸菌飲料を飲み干す。

俺は訳も分からないまま肩をすくめた。

それから垂水を見る。

垂水は「なあ」と言った。

俺は空き缶を捨てながら「何だ」と聞く。


「...お前...何でこんなどんくさいしかも不良の私に優しくするんだ」

「今更か?...お前を見捨てておけないからだ」

「はぁ?...アタシなんか捨てれば良いじゃねーか」

「お前は不良だ。...だが俺にとっちゃクラスメイトだ。理由はそれだけだ。仲間だからな」

「...」


唇を噛む垂水。

それから拳を握り締める。

俺は笑みを浮かべながら垂水を見た。

そして「戻るぞ。...教師に殺されたくはない」と肩をすくめた。

すると垂水は「ああ」と言ってから後ろから付いて来る。


「なあ」

「何だよ。今日はやたら頻繁だな」

「...私はアンタをおかしいって思っている。だけど...それでも構って来るお前が...憎い程有難い」

「そうか」

「...だから負けるな。絶対に」

「...ああ」


そして俺は垂水を見る。

俺は苦笑しながら歩き出した。

すると垂水は後ろをゆっくりと付いて来た。

それから俺達は教室に戻る。



垂水蛍は特殊なヤツだ。

だけど俺にとってはクラスメイト以外の何物でもない。

だからこそ構ってやらないとな。

そう思いながら俺は帰宅する。


そして俺は待ち合わせのカフェに向かう。

そこには浮気したクソッタレの佐渡桃(さどもも)が居た。

俺は今日断言をする為に呼んだ。

今日で正式にお前と別れる、と、だ。


「佐渡」

「うん?香。来たんだね」

「...今日呼んだ理由は分かるか」

「?」

「お前、浮気したな」


そう言い放つと彼女は「え」となって固まる。

やはり浮気か。

俺は「お前が浮気したから正式に別れるつもりでな」と言った。

そして「...」となってから佐渡は固まる。


「...じゃあな」

「...え...そ、それだけ」

「当たり前だ。それ以外何がある。じゃあな」

「...」


佐渡は立ち上がる。

それから「え、エッチだね。香...私がそこ行ったの知っているって事は!」と大声で言う。

俺は盛大に溜息を吐いてから「そうだな。お前が変態かつクソだと分かった」と言いながらそのまま歩き出す。


「...」


佐渡は何も言えなくなっていた。

そして歩いて喫茶店を後にしてからそのまま帰宅する。

クソッタレ忌々しい。

というか何だあの反応は。

逆切れの様に感じた。


「...やれやれ。どいつもこいつも」


そう思っていると電話が掛かってきた。

その相手は...垂水?

何だコイツ。

そう思いながら「はい」と電話に出る。


『もしもし、というか、よ、よお』

「何だ」

『...その。お前、好きなものあるか』

「好きなものって何だ?」

『だ、だから...好きな食材、料理教えろ!...っていうか教え...うん』


あ?、と思いながら垂水の言葉を飲み込むのに時間がかかった。

それから「何だ。それを知って何になる」と言う。

すると『良いから教えろ...下さい』と2chの用語みたいになる。

意味が分からないが。

そう思いながらも「俺はハンバーグが好きだ」と答えた。


『はぁ!?そんなむ、ムズイ...もっと簡単なものを教えろ!』

「意味が分からん。何でお前にそんなものを教えないといけないんだよ」

『だから、その』

「何だよ」

『わ、私が作りやすいのにしてくれ』

「???」


意味が分からん。

そう思いながら俺は「...そうだな。なら和え物とかだな。...例えばニンジンのドレッシングの千切りあえ、とか変なものが好きだ」と言う。

すると『そうか...分かった!』と言ってから電話が切れる。

マジ何なの?


「やれやれ」


そう思いながら俺は写真立ての写真を見る。

そこに...亡くなった母親の写真が収まっている。

そして一緒に亡くなった愛犬の写真も。


よそ見運転の自動車に時速70キロで轢かれた母親。

頭を打って即死だった。

愛犬は骨が粉々になっていた。


「...」


別に怒りは無い。

だけど正直、憎い。

まあそれを考えると怒りなのだろうけど。

いつからだろうか。

こんなに怒りが分からなくなったのは。

大声で笑えなくなったのは。

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