あの頃に戻れたら

ゆうり

あの頃に戻れたら

あの頃に戻れたら、匂いも音も温度も全部、書き留めておいたのに。

そしてそれを何度も何度も読み返してあの頃に戻った気になるの。


あの頃は別に特別だなんて思いながら過ごしてなかったけれど、今からすると特別すぎるほど特別。


あの頃――――3限目の体育はプールの授業だった。

4限目に間に合うように駆け足で教室へ戻った。


通っている高校は、肩より髪が長い子は結ばないといけないという校則があったのだけれど、プールのあとだけは大目に見てもらえた。

まだ水分を含んで束になっている髪からは、夏の匂いがした。

なんてかっこいいこと言ったけれど、塩素の匂いなんだよね。

でも、私にとっては夏の匂いは塩素の匂い。

その匂いが私は好き。


こつこつと先生が走らせるチョークの音。

窓から入ってくる少し生温い風。

風によって広がる塩素の香り。


古典を教えてくれていた女性教師の声がちょうど良い子守唄になって、私の眠気を誘う。


――――あの頃は、別にそれが特別幸せだなんて思いながら過ごしていなかったけれど、今からすると特別に思えてくる。


あの頃には戻れない、という事実がこの胸を懐かしくて寂しい気分にさせるのだろうか。


でも、炭酸水にレモンを浮かべて、はちみつをとろりとまわし入れて、入道雲を見ながら「あの頃に戻れたら」って考えるこの時間は悪くない。


あなたの戻れたらと思うあの頃はいつですか?





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あの頃に戻れたら ゆうり @sawakowasako

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