27 怒濤のアドリブ と 大団円

 クオはどうにか口をぱくぱくと動かす。


「あ…………あの、その、えと……こ、これは……っ」


 まともな言葉が出てこない。


「フクロウ、の……あの……フクロウ、だったんです、けど……えと……」


 正直に口走ってしまうので、もはやフクロウのフリもできなくなる。


 着ぐるみだからこそ乗り越えられるはずだった、人々の視線と気配の直撃。


 さらされた状態のクオは、すっかり恐れをなして動けなくなっていた。


 頭が真っ白になる。台詞も吹き飛ぶ。

 任された役割が、やるべきことがあるのに、これでは──何もできない。


「…………ぁ、の…………」


 弱々しくうつむき、身を小さくしたクオのもとに。


「おやおや? これはこれは。きみはフクロウのフリをしていたのかな?」


 ルカがひょいと歩み寄る。


「その制服姿は……ウルラス学園の生徒のコだね」


 みなの驚きすら計算済み、とばかりにルカは悠々とした口調で問いかけてきた。


「わざわざフクロウのフリをしてまで、この場に登場するとは。いったい何の用だい?

 ふむふむ、ぼくが『騎士をたぶらかす』なんて言っていたねえ。どういうことか、訊かせてもらおうじゃないか」


 騎士を騙していた『邪悪な妖精』が、挑戦的な口調でたずねる。


 そこへノエルが動いた。『勇敢な騎士』の口調で、ルカからの唐突なアドリブに応じる。


「うむ。学生よ、話すがいい。私は真実が知りたいのだ。

 洞窟の聖獣は討つべきではないと──訊かせてもらおう」


 手にしていた剣を鞘に納め、クオへと手を差し伸べる。


「あ──」


 床に伏せていたクオは顔をあげ、ノエルの手をとって立ち上がる。


 制服姿の、ただの学生であるところのクオは。


『正義の使徒』ではなく『普通の学生』として舞台に立つことになった。




 クオはぶるぶると震える手を胸に、思い切り息を吸った。


 覚えていた『正義の使徒』としての台詞を、時折つっかえながらも語っていく。


 これまで妖精が騎士をたぶらかして、あちこちで暴れまわり混乱を招いていたこと。


 洞窟の地主神を解放するために、守護たる聖獣を討つべきと騙していること。


 正しい知識とともに、妖精の矛盾を指摘しながら、それでも長台詞をこなしていく。


 大勢の人々を前にした大舞台。


 けれどスポットライトが自分の顔に当たり、観客側の姿はぼやけて見える。


 左右に立つルカとノエルのフォローもあって会話を繋げられている。


 着ぐるみの破損に大混乱を来していた裏方や、袖にいる他の演者も、すっかり固唾かたずを呑んで舞台のやりとりを見つめていた。


 クオの長台詞が終盤を迎え、妖精の所業が明らかとなったところで、


「──なんという邪悪な偽りだ!」


 ノエルはひときわ大きな声を張ると、再び剣を抜いた。


 アドリブによる軌道修正はほぼ達成できた。


 あとは台本通りの流れに持ち込むだけだ。


「妖精め、いや『邪悪な妖精』! よくも騙してくれたな! 我が剣を偽りで穢したな!」


「ふふー、そうさその通り。正体見破られたり!

 愚かな騎士め。面白いくらいに騙されたなあ! 楽しかったぞ~」


 ルカも元あった台詞を発し、黒いドレスをさっと翻した。


「うーん悔しいな。正体がバレるとは。

 あと一歩のところを智恵のある学生に邪魔された~」


 と言って、こっそりとクオにウインクする。


 ──これで大団円だ。


 脚本上ではフクロウ役が舞台奥に下がり、正体を暴かれた『邪悪な妖精』と『勇敢な騎士』が大立ち回りに及び、周りから村人たちが取り囲んで妖精を倒す。


 しかし、ここは騎士の一太刀であっさり倒されたようが良さそうだ、と──


 ルカが両手を広げた。


 振りかざしたノエルの刃を受け止めるように。


 そのとき。


「あっ──!」


 クオは咄嗟とっさに声をあげ、


「お待ちくだしゃい!」


 二人の間に再び飛び込んでいた。


 今度こそ、舞台上のルカとノエルがきょとんとする。


 せっかく元に戻った舞台を、クオが止めてしまったのだ。


 だがクオは二人の間に立ち、その場を引き下がらなかった。


「あっ、すみませんっ。お待ちください、その……実はわけがあるんですっ。

 この方はたしかに騎士を騙してきていましたが、それには理由があったんですっ」


 ルカをかばうようにノエルの前に立ったクオに、ノエルは戸惑った目をしばたたかせながらも話をつなげようとする。


「た……たしか、封印されていた地主神を解放する、とか……」


「そ、それですそれですっ」


 クオはこくこくと頷く。


「じ、地主神とは、実はこの妖精の仲間だったのですっ。

 悪いことをしたので、封印されていて──」


「では仲間も同じ邪悪ではないか! 成敗するべきだ!」


 すかさず問い詰めるノエルに、クオはびくーっと震え上がる。


「ひえわあ、すみませんっ。でも違うんですっ。あ、や、いえ確かに仲間の方が悪いことをして封印されたのは事実なのですが、でもその──」


 クオは一瞬、まだきょとんとしたままのルカを見た。


 人間をあざむき最後まで邪悪であろうとする、その体裁が少しほころんでいる。

 それはひとり心細く立っている、ただの女の子だった。


「こ、この子にとっては、きっと大切な仲間だったんです!」


 クオの大きな声が舞台に響き渡る。


「仲間の妖精が封印されてしまって、この子はずっと寂しかったのではないでしょうか。

 だから、どうしても会いたくて、嘘や悪さをしてしまった──もちろん、なかったことにはできないです、ので、間違いはきちんと謝って、償っていくべきです」


 でも──と、クオは大きく息を吸って、


「この子が仲間に会いたかったその気持ちは、決して邪悪なんかじゃない、です!」


 クオはさっと身を翻し、ぽつんと佇むルカと正面から向き合う。


「ルっ──妖精さん、約束してくださいっ。あなたの仲間の妖精を解放します、ので、今までの悪さを謝って、怪我した人を治すよう力を尽くしてくださいっ。

 約束を守ってくれれば、あなたはひとりじゃないです、から」


「きみは──」


 ルカは茫然ぼうぜんとした表情のまま、ぽつりと呟いた。


「ぼくが約束を守ると思ってくれるの?」


「はい」


 クオは頷いた。


「わたしはあなたを信じています」


「……!」


「なのでこれからは、一緒に生きていきましょう」


 この妖精の「邪悪」は、仲間のためだったから。

 寂しかった。孤独ゆえの切なさがあったから。


 そんな心があるのなら、ともに生きていける存在なのではないだろうか。


 ──もちろん、それはクオが勝手にこの物語から感じ取ったものにすぎない。


 けれど、『邪悪な妖精』は討たれるほどの悪だったのかという疑問に共感してくれたクラスメイトもいた。


 独りよがりでご都合主義で、本来の勧善懲悪から外れてしまっても。


 こんな結末があってもいいんじゃないかとクオは思いたかった。


 じっと見つめる先で、ルカがふっと表情を緩めた。


「……そう。信じてくれるんだ」


 泣いているような、笑っているような、柔らかい声。


「それならぼく、もう悪いことしない。ごめんなさい。壊れた風車も村人の怪我も、仲間のコと一緒に回復させることを約束するよ。

 ぼく、きみたちと一緒に生きていきたいな」


 ぺこん、と頭を下げるルカを前に、気迫のすっかりげたノエルは剣を下ろしている。


「そうか……」


 ルカとクオを見つめ、


「そう言うのなら、私もお前の言葉を信じよう」


『勇敢な騎士』らしいノエルの口調が、緩んだ舞台を引き締めてくれた。


 と──ようやくクオは冷静になる。


(………………あっ、妖精と騎士が戦わない、ので、結末がっ……!)


 思わぬアクシデント──からのアドリブで軌道修正してもらったのに、どうしてこんな口出しをして内容を捻じ曲げてしまったのか……と今さら焦る。


 でも、もうここまでくれば自分の望むようにやり切らせてもらおう。


 クオは左右に立つルカとノエルの手をとると、驚く二人と横並びになって舞台前に立った。


「こっ、これにて一件落着──ですっ!」


 ──一瞬の間を置いて、さわさわと風に揺れる葉擦はずれのような音がした。


 観客側からの、そして舞台袖と裏からの拍手だった。


 スポットライトが直撃しているのでよく見えないけれど、見届けてくれた人たちが手を叩いてくれたことは間違いなかった。


(へ、へんな感じに変えちゃって……すみません…………)


 勢いでやり切ったものの、後からじわじわと申し訳なさが押し寄せる。


 でも──


 クオはちらりと左右を見る。


 クオのアドリブを最後までフォローしていたノエルは、小さく肩をすくめていた。

 怒っているというより、あきれている。しかしそれも含めて慣れた様子でクオを見る。


 反対側の手がきゅっと強く握られた。


 見るとルカがにんまりと歯を見せて笑いかけてきた。

 いたずらが上手くいって嬉しい──そんな子供っぽい笑みで。


 つられてクオもふにゃっと笑顔になる。


 終幕の音楽がそこで流れ、袖にいた演者たちも自由な足取りで舞台に登場した。


 裏からは道具係や衣装係たちも。


 みんなでそろって舞台に立つと、仲良く一礼する。


 拍手と光につつまれ、みな笑顔だった。

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