26 秘密の魔力 と 舞台の幕あけ


 ◇◇◇◇◇


 ルカは仕掛けていた魔力をそっとく。


 学園全体を覆っていたとばりが音もなく溶け、敷地外にいる者からも学園が視認できるようになる。


(さてさて。お相手は引っ込んでくれたみたいだけど……)


 ルカは学園でいちばん高さがある時計塔──その屋根の上に立っていた。


 長い髪を風にかしながら。


 町の方から学園に向けられる〈雷浄ルーメン〉の気配を探る。


 空気は──平静だ。


 戦いの気配が薄れたのを感じ取り、ルカは安堵する。


(さすがだね、クオ。学園狙撃を阻止できたんだ)


 ──ルカが狙撃のことを知ったのはつい先刻。ノエルと通信機とのやりとりからだ。


 町の裏道で遭遇した〈魔女狩り〉の少女たちからノエルへの報告。ことのあらましを盗み聞きしたルカは、〝目印マーク〟とやらの破壊をノエルに任せ、ひとり行動をとることにした。


 狙撃を確実に成功させる仕掛けの〝目印マーク〟を破壊できたとしても。


 相手が武器を持っている以上、狙撃を中断するとは限らない。


目印マーク〟を無視して学園狙撃を強行されたら、良からぬ被害が発生してしまう。


 そこでルカは学園敷地外の視界から、学園を「消した」。


 単純に見えなくしただけではない。万一〈雷浄ルーメン〉を撃ち込まれたとしても、攻撃を無効化する鉄壁でもある。


 視界をはばみ物理攻撃も防ぐ、まさに完全無欠の防御を施したのだ。


 だがこれは魔女の存在を知られる危険性もはらんでいた。


 戦争末期、人類は魔力を探知できる機器で魔女の存在を掴んでいたので、魔力を使えば発見されるリスクがある。


 でも──どうやら、心配はなさそうだ。


(そりゃそうだ。戦争はもう終わったんだからね)


 ルカは自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。


 時間は有限だとしても、クオとの時間を、楽しいことを増やしていきたい。


 それを守るためなら魔力を使っていこうと思う。これからも。


 ルカは満足そうな笑みをひとり浮かべると、ふっとその姿を霧散させ時計塔の屋根の上から消えていった。



 ◇◇◇◇◇



 開演間もなく、十分を切ったところで。


「すみませんっ! 遅くなりましたっ!」


 町中を全力疾走したせいで髪と制服がくしゃくしゃのクオが教室に飛び込んだ。


「あ、おかえりクオちゃん」「お疲れさまー」「着ぐるみこっちだよ」


 息を切らせていたクオを、さほど慌てた様子もなく衣装係の子たちが出迎える。


「ひゃいっ、す、すぐに着ぐるみになりますっ」


「あれっ、クオちゃん制服のままでいいの?」


「あ、はいっ。服なのでっ。下着では着ぐるみに入らないようにしますのでっ」


「うん、そりゃそうかもだけど……あっ、ヘルメットのとこ気を付けてね。ちょっと胴体との接続が調子悪くて」


「あ、はいっ。了解しましたっ。頭部は一切揺らさずに動いてまいりますっ」


「だ、大丈夫なの? やっぱそれって難しい技術のような……」


 ──クラスメイトとやりとりを交わすクオを、準備万端のルカとノエルがそれぞれ無言で見守っていた。


 クオが緊張する暇もなく。


 舞台『カーニバル』は開幕した。




 ノエル演じる『勇敢な騎士』が、すらりと抜いた剣を前に突き出す。


 その剣先には薄い笑みを浮かべて佇む『邪悪な妖精』──ルカがいる。


 舞台は終盤にさしかかっていた。


 実はルカが村人に扮した妖精だったと明かされる場面。


 しかしその「邪悪」──たくらみまでは暴かれていない。

 果たして騎士は、妖精の邪悪な導きのまま遺跡を守る神獣を殺してしまうのか──


 舞台には不穏な緊張感が満ちていく。


「妖精よ、答えろ。かの洞窟を守る神獣を倒せば、封印されてしまった地主神を解放できると。おまえのその言葉に嘘はないんだな」


「嘘はないよ。ぼくは今まで、嘘なんて言ったことないんだから」


 ルカの台詞は普段の口調を交えている。


 その方が得体の知れない『邪悪な妖精』らしい、との演出だった。


「──本当なのか?」


 対するノエルは、抜き身の剣を振る動きがかなり増やされていた。


 本番前の準備運動で身体がほぐれたのか、キレのある挙動が見る者を魅了している。


「風車の破壊も村人の怪我も──人里の混乱はお前の仕業ではないのか⁉」


 ノエルの真っ直ぐに問いかける。華麗な剣さばきと相まって、緊迫感が増していく。


「──ふっ」


 せまる刃を前に、ルカは、『邪悪な妖精』は不敵に笑った。


「ぼくが嘘を言っているなんて──そんな根拠どこにもないだろう?」


 舞台を見る生徒たちも固唾かたずむ。


「……確かに、何もわからない。妖精よ、お前の言う通り言われたままに私はこの刃を振るって来た。だが……」


「勇敢なる騎士。きみは迷っているんだね。判らないのならば、ぼくはこの先もきみに教えてあげるよ。きみはこれからもずっと、何も考えずぼくの言う通りにしていればいい。

 さあさあ、今すぐに聖獣を討ち、地主神を解放しよう!」


 妖精は悩める刃に魔法をかけるように指を突きつけた。


 騎士がその言葉に従い、聖獣へと剣を振るう──寸前。


『お待ちくださいっっっ』


 ちょっと引きれた、大きな声が響き渡る。


 さっと舞台裏の背景の幕が割れて、まるで空から降り立ったかのように、白い巨大なフクロウが舞台の上に現れた。


 素早い足運びのおかげで、その動きは滑空に近い。


 スポットライトが照らされ、じゃーんと派手な音楽が流れた。


「おおっ」と歓声が上がる。


 待ってました、真打の登場──とばかりの演出だ。


『「勇敢なる騎士」よ、聖獣を討つことはありませんっ。

 妖精よ、これ以上騎士をたぶらかすのを止めるのですっ』


 ささっと左右の翼を広げたフクロウが、ぽふ、と足音を鳴らして舞台の中央に進み出る。


 ──その動きのさなか、舞台背景の布がフクロウの後頭部に引っかかってしまった。


「ああっ」と道具係が慌てて布を引っ張る。


 しかし布とみ合っていたのは、直前まで接続不良が解決しなかった胴体との継ぎ目部分だった。


 引っ張ることで布はさらに喰い込んでしまい──


『ふきゅっ?』


 ぐい、と唐突に背後からの引っ張る力に、クオはその場でつんのめる。


 結果、継ぎ目で絡んだ背景布がフクロウの頭部を持って行ってしまった。


 どでんっ、と鈍い音。首のとれたフクロウの胴体が前に倒れ、


 ころりん、と小さな身体が零れて──


「ふぇ……ふぁ………………あ………………」


 制服姿のクオが舞台に出現する。


 身体を起こしたクオの目の前に広がっているのは──


 学園中の生徒教員たちのきょとーんとした顔だった。


 スポットライトにばっちりと照らされたままの自分の姿を、誰もが注視している。


(………………)


 クオは時間が止まったような静寂ののち。


(………………っっっわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)


 機能不全と化した喉の奥で、悲鳴をあげる。

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