25 欺く狙撃 と 阻止する白闇
クオは屋上で風を受けながら、町の建物を見回した。
南の方では〝新興組織〟による暴動がまだ続いている。
銃声と破裂音、応戦する軍の銃撃と警察のサイレンが空気を震わせている。
まだ何も終わっていないとでもいうように。
クオはこくんと喉を鳴らすと、通信機に向かった。
「あ、あの……あなたは、どうして、こんなことをしているんでしょうか?」
狙撃を宣言した首謀者に対する素朴な問いかけに、機器の向こうから「フッ」と
『僕が下々の質問に答えるとでも? 実に軍人らしい愚問だ。
たしかに僕は新型兵器の狙撃に及ぶと宣言したよ。フ……でもさぁ……君のいる拠点が僕のいる場所だとは一言も言ってないだろう?
もっとあらゆる可能性を知的に精査したまえ。野蛮な軍人のカンと暴力などでは僕の相手にもならないよ』
言葉でこちらを出し抜いたとばかりに、男は痛快そうだった。
最初に聞いた一方的な宣言と同じだ。言いたいことを言い、相手の意志などお構いなく勝手に話を進める。
「……」
クオは嘲笑を耳元にしながら、周囲に目を凝らした。
学園への狙撃の気配どうにか探る。思考を巡らせる。
相手から拾った情報も思い出す。通信機からの指令、挑発、その内容を──
(町のどこかに、いる……この建物と同じく、暴動エリアから外れて学園への狙撃を定めやすい地点に──)
だが相手は身を潜めている。撃つまでは、居場所を特定することができない──
『ところで君、声から察するに少年兵ってやつかい? まだ子供だろうに。
悲嘆にくれる溜息も
と同時に無感情で、不気味なほど乾いた気配。
そして唐突にその声音が変わる。
『さて、おしゃべりもここまで。宣言通り必中の狙撃といこうか』
「! あっ、待っ──!」
クオは反射的に叫んだ。
──狙撃を阻止しないと。学園を守らないと。
なのに。
相手の言葉から手がかりを手繰ることに必死で、罠を見抜けなかった。
ここまで来て、何もできないなんて。
凍り付きながら、学園の方向を見る。
視線の先にあるのは──
『────あ?』
クオも目を見開いたまま硬直していた。
「──⁉」
町の北の方角にあるはずの学園が──
ごっそりと視界から消えていたのだ。
ウルラス学園が──消えている。
巨大なベールに覆われたかのように、視界が白い。
自分の視覚がおかしくなったのかと錯覚したほどに。
次には視野
だがどの可能性も当てはまらない。
学園敷地を覆う規模の
『なんだあれは……? 標的が……消えたのか……? 〝
素早く
この不可解な状況を利用しない手はない。
クオは七階フロア上に散乱する木箱を探る。
(なにか……っ、長距離に有効な武器があれば……!)
クオは鉄と火薬の匂いに溢れる木箱を掻き分け──それを見つけた。
全長一メートルほどの狙撃銃。
白地に青を交えた〈
屋上の
置くべき銃口の方角は定めていた。
〝新興集団〟の通信でのやりとりを思い出したからだ。
『──囮は総員南部へ。北部にいる者も東西ポイントを避けて南下しろ』
町の南方で暴動を起こせという指示で──
囮たちは東西エリアを通過することは禁じられていた。
それは本来の目的である「学園狙撃」の拠点があるからだ。
残りは西だ。
(高さ、角度、距離からみて──)
エリアが限られれば、狙撃の条件が適う建物はかなり絞られる。
町の地図情報を網羅しているクオにとって、学園への最適な狙撃ポイントを割り出すまで秒もない。
だが、範囲が広すぎる。
エリアを定めても、ポイントまでは絞れない。
(なにか、わずかでも、動きが…………。……!)
次にあったのは、その「動き」だった。
スコープで、建物の屋上からわずかに現れた、人影を捉える。
動揺した横顔が学園の方角を
『⁉ どういうことだ! 〝
通信機からの声と、スコープ越しの口の動きが符号する。
あの男が──狙撃首謀者。
屋上の縁には、学園の方角へ据えられた銃の砲身──その先端が見えた。
「……」
クオは狙撃銃の狙いを定めた。
力を籠めた目が、内在する魔力を凝縮して
クオの狙撃精度は──説明するまでもない。
戦地で武器を使った攻撃を外したことはない。
引き金を引く。
一閃は、わずかに覗かせていた砲身の先端を撃ち砕いていた。
クオはスコープから目を離した。
狙撃地点からの黒い煙が肉眼でも見える。
相手の砲身を損壊したことは間違いない。武器としての機能は奪われた。
クオはほっとすると同時に──はっと慌てて身を伏せた。
西の方からこちらを見る気配を感じたのだ。
足元に置いていた通信機器がザッと音をたてる。
『……やられたよ。いや、よくやったと称えるべきなのかな』
吐く息混じりの声は、怒りを押し殺そうとかなり努めている様子だ。
(お、怒ってます、よね……こわい……)
相手の気配にびくつくクオは、とにかく無言に徹する。
男はこちらの反応など構わず喋り続けていた。
『……丹精込めた僕の大事な大事な作品を、よりによって軍人風情が台無しに……。
まったくね、実に罪深い……!』
「……」
それなら学園を狙撃するなんてやめてほしい──とは言い返せないクオ。
それに相手はこちらの意見も意志も聞きはしないだろう。終始一貫して傲慢で、相手を侮蔑しながら自身の主張だけを放つばかりだ。
今さら学園狙撃の目的や理由を尋ねても、答えてくれないだろう。
『まあ……いずれ今回の件も含め軍人には必ず後悔させるさ。
──ごきげんよう』
ブツリと乱暴に切れた通信機を前に、クオはふぅと息を吐いた。
(こ、今度こそ……撤退してくれたんですよ、ね……?)
そろっと屋上の縁から頭を覗かせると、すでに相手の気配は失せていた。
ウルラス学園の方角も確かめる。と──
「……あれ?」
我ながらきょとんと間抜けな声になる。
そこに広がっているのは、森や
狙撃首謀者が狙いを定めた瞬間、白い闇に包まれていたことなど幻であったかのように。
平穏無事な景色がそこにある。
「? ……? ??」
クオは何度も目を
あの視界の乱れがあったおかげで相手の動揺を誘い、その姿と狙撃地点を特定できたのは間違いない。
──のだが。
何がどうなっていたのか見当もつかない。
「学園の……て、あっ!」
クオはがばっと身体を起こすと、すぐにその場から建物の屋根伝いに学園に向かって駆けだした。
文化祭の舞台開演の時間が近い。
本番はもうすぐだ。
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