24 サーチ と バーサス


 ◇◇◇◇


 クラス劇「カーニバル」上演までまだ二時間あった。

 

 町で迷子になっていたアンナが無事に見つかり、バタバタしながらも準備は順調に進められている。

 

 ノエルはこれから着る衣装を手に、ふと辺りに目を上げる。


 教室に並ぶ衣装の傍らで、ルカがきょろきょろしているところだった。


「──ねえねえ、クオはまだ帰ってきてないよね?」


 ルカに声をかけられ、フクロウの着ぐるみをチェックしていた衣装係の子が顔を上げた。


「あっ、なんか学校に頼まれてたんだっけ。うーん、まだみたいだね。

 クオちゃんが戻ってくるまでには直さないと。なんか外れそうなんだよねぇ……」


 どうやら頭の胴体の接続が悪いようで、骨組みをいじっている。


「おっと、それは大変だ。顔が見えたらクオ緊張しちゃうからね」


 衣装係の子に軽い口調を返しつつ、ルカは再び辺りを見回す。


 迷子のアンナと戻ってきたとき、ルカは「なんか学校に用事を頼まれたってさ」と曖昧あいまいな言い回しでクオの到着が開演ギリギリになると告げていた。


「──先輩まだ帰ってないのか」


 ノエルが問うと、ルカはすんなりうなずく。


「うん。でもすぐ戻ってくるよ」


「クオちゃんなら心配ないよ。出番も後半だから全然間に合うし」

 衣装係の子もにこにこと相槌を打つ。


 不器用ながらも舞台役者として真剣に取り組むクオの姿は、地道ながらクラスメイトの信頼を積み上げていたみたいだ。


 それを感じ取りつつ、ノエルはふっと視線を横にやった。


 耳に仕込んでいる通信機が反応している。


〈スクルド〉の二人だ。ノエルは耳元に指を添え、手短な報告を受けた。


「……!」


 その内容に、目元を鋭くする。


「──ちょっとあたしも外す。すぐ戻るから」


「はーい」


「ノエル、気を付けてね」


 こちらを見つめていたルカの声に一瞥いちべつを返しつつ、ノエルは足早に屋上へと向かった。




「狙撃だと?」


 町の見回りに出てくれた〈スクルド〉からの報告にノエルが驚く暇もなく、ユークリッドはさらにまくし立ててくる。


「そ。でねっ、ウチらでその野郎が言ってた〝目印マーク〟を雷杖トールバールで見つけないと!」


「見つけ次第破壊でいいすよね」


「もちろんだ」


 ノエルは頷くとペン型にしていた自前の雷杖トールバールを手に取った。


 瞬時に変形し、〈雷浄ルーメン〉を放つ杖型になってたずさえられる。


「あたしも探す」


「えっ、でもリーダー舞台の出番がもうすぐじゃ──」


「時間は余裕ある。そんな一大事にぼんやり待機できないだろ」


 学園で遭遇した不審者の挙動が、そんな一大事に繋がってくるなんて。


 偶然にも先輩と連携する運びになったが、〈スクルド〉の判断で動いておいてよかった。


 嫌な予感ほど的中するから──やはり戦場で鍛えたカンは侮れない。


「即行で片付けるぞ」


 ノエルの言葉を合図に、三人は〈雷浄ルーメン〉を学園敷地内に放射状に撃ち放った。


 パッと花火を思わせる雷閃が頭上に散る。


 一瞬のことだ。落雷かと顔を上げる生徒もいたが、その後に音も雨の気配もないので気のせいかと頭上から視線を放す。


 ノエルたちは自分が放った〈雷浄ルーメン〉の軌跡をくまなく見ていた。


 そこにいくつか混じる、雷閃への反応を感知する。


「──なるほどな。フザけた〝目印マーク〟だ」


 ノエルはうめいた。


 狙撃首謀者が語っていた通り、目印には〈雷浄ルーメン〉を引き寄せる性能があるらしい。


雷浄ルーメン〉式狙撃銃の雷丸らいがんを必中させるための、姑息こそく卑劣ひれつな仕掛けだ。


「ユークリッド、ティマ、場所は把握したな」


「うん、こっちは七か所!」


「同じく七か所す。破壊してきます」


〈スクルド〉の総員三名が同時にその場から跳んだ。


 自分が放った〈雷浄ルーメン〉の反応地点に〝目印マーク〟はある。


 そのポイントに向かい一つずつ潰していく。


 幸いにも〝目印マーク〟は人目を避けて設置されていた。雷杖トールバールを持ったノエルも隊服姿の二人も、学内の者には姿を見られることなく次々と〝目印マーク〟の発見と破壊をこなしていく。


『こちらユークリッド、オールポイントクリア!』

『ティマも同じく、完了す』


「了解」


 ノエルはそう言って、探り当てた最後の〝目印マーク〟に目をやる。


 図書館の裏手に仕込まれていたのは、起動中を示す青いランプを明滅させている半球型の装置だった。


 全体を覆う銀色がランプの明滅を反射して悪目立ちしている。


 仕掛け罠のように物陰や茂みを使って巧に隠されているものの──


「趣味悪すぎだろ」


 装置そのものも、その配色も、狙撃という企みそのものも。


 ノエルは雷杖トールバールをかざすと、最後の目印を緋闇ひあんの雷で粉々にした。



 ◇◇◇◇



 クオはクォーズウェイ・ハウスの外に立つと上を見上げる。


(狙撃に及ぶ首謀者はおそらく最上階に……)


 次には隣接する壁とを交互に蹴り上げ、一気に上昇する。


 最上階が見えると次の踏み込みに力をめ──


 派手に窓ガラスを割って七階フロアに飛び込む。


 ダンスフロアのような広い空間には、武器を収納していたと思しき大きな空の木箱が散乱していた。


 ガラスを撒き散らしながら、転がった流れで立ち上がる。と。


 真っ黒な影が視界を覆った。


 即座に横に跳ぶ。


 ごうと空気が唸りを上げ、真上から軍用ナイフが振り下ろされた。


 刃が床を割る。


 と同時に銃声が連続で弾けた。


 クオは流れる横移動でそれらをかわす。


 弾が尽き銃声が止む、と、ようやくクオは相手とむかい合った。


「──学生だと」


 唸るような低い声。


 黒ずくめの戦闘服姿の巨体。クオの窓からの奇襲に一切動じることなく攻撃、間髪入れず銃撃に及んだ動きは手練れている。


 俊敏な重量級兵士。

 戦闘相手としては難易度の高い存在だ。


(あ、やっぱり……あのひと)


 刃物のような眼光と人喰い虎を思わせる獰猛どうもうな気配。


 着ぐるみ越しに視認していた、学園校務員と名乗っていたあの男だ。


(校務員にふんして学園内に〝目印マーク〟を設置したのもこのひと、ですよね)


 男はこちらに目をえたまま、ノールックで手元の銃のリロードしていた。


 クオは指先をもじもじさせると、


「あ──っ、あのっ……すみませんっ」


 緊張感丸出しのひ弱な声を張った。男の動きが止まる。


 クオは大きく息を吸うと、

「あ、狙撃の首謀者はどこにいるんでしょうか? わたしの目的は、その方なので──」


 狙撃を宣告した男とは声からして別人。


 クオにとっての最優先は狙撃首謀者の方の制圧なのだ。


 なので早々に問いただしたわけだが──


 刃物のような男の目元がピクついた。


 クオはびくーっと肩を震わせる。


 明らかな怒気と殺気を浴び、クオは慌てて言いつくろう。


「あっ、いえっ、別にあなたに用がないとかそういうわけではないんですっ。

 ただその、わたし今は急ぎ首謀者の方を止める必要が、」


 男は答える代わりに銃口を向け連続射撃を繰り出してきた。


 引き金を引くだけで連射が可能なサブマシンガンから、銃声と弾丸が派手に撒き散らされていく。


 クオは素早い回避とともに床に転がっていた拳銃を拾い上げると、手近にあった木箱を盾に身を隠した。


 もろい木箱が、たちまち崩れ原型を失っていく。


「──ただの学生じゃないようだな」


 一斉連撃が終わり音が止む。再びリロードする男の声が、広い空間に響いた。




 ザッ、と砂嵐が混じり、含み笑いの通信が割り込んで来た。


『フフ、ライノ君。もう接敵したの? 相手やるみたいじゃない』


「お前が余計なことを言ったからだ」


『だってさぁ……あのままだと僕が目標狙撃して学園破壊してハイ終わりで退屈じゃない。

 多少のスリルが欲しかったし、拠点に踏み込めた相手もめてやりたい。

 僕は何事もフェアであることを大切にしているから、』


「ふざけろ」


 ライノと呼ばれた黒ずくめの男は、吐き捨てるように言って強引に通信を切った。


 クオは木箱のかげにあった拳銃を拾い上げる。火薬銃の残弾数は六発。


 相手の火力には遠く及ばない。


 だが時間もないし、早く決着を付けなければ。


(やっぱり人が相手なのは、緊張してきますし……)


 銃やナイフの扱い、戦闘の型からして相手は軍人だ。現役か退役かはともかく。


 火力や戦闘経験も侮れない……のだが。


 クオが怖れているのは、相手が殺気満々で自分を狙っていることだ。


(ああ、さっきの質問で怒らせてしまったみたいで……でも、倒さないと……。

 にらまれたらこわい……でも相手をするには、やはり接近戦に、うう……)


 脳内をおびえと躊躇ためらいが駆け回る。

 百戦錬磨といっても過言ではないのに「相手が人」というだけで凄まじく緊張する。


 ──こんな調子ではだめだ。


 もうすぐ舞台がある。大勢を相手に大きな声で喋らないといけない。


 自分に殺気を放ってくるとはいえ、人ひとりと向かい合うことに怯えては──


 舞台の役者は務まらないではないか。


「……っ!」


 クオは意を決し、身を翻した。


 拾った火薬銃を、木箱の陰から覗かせる。


 やや間を置いて引き金を絞る──が発砲寸前、ライノの銃撃に阻まれた。


 次には雨のような銃撃が、ついにクオが身を隠す木箱を完全に破壊した。


 粉々になった木箱の上から、クオは弾けるように飛んだ。


 宙で旋転せんてんすると天井を蹴る。


 その姿を追ってライノの銃口も振り上がる。


 だが天井から床を蹴って駆けるその影に弾丸は追いつけない。


 クオは左右に鋭く跳びながら銃弾をかわし、間合いを詰める。


 ライノが左手で銃の引き金を絞ったまま、右手にナイフを構えた。


 ライノの銃撃はクオの進行ルートを絞る計算付きのものだった。クオはライノの間合いに迫るが、特定の位置にしか踏み込めない。


 その狙った間合いにクオが入り。


 ライノの刃が振り下ろされる。よりも先に。


 閃光がすべてを支配した。


「⁉」


 視界が白にかれ圧迫される。


 ライノはなんとかナイフを振り下ろすが、刃は虚しく空を切っていた。


 すかさず。


 クオは相手のふところに潜り込む。


 鳩尾みぞおちから頭部にかけて、強烈な打撃を連続で叩き込む。


 一発ずつがライノの戦闘服を鋭く穿うがつ。


 仕上げにあごへの回し蹴りで盛大にその頭を揺さぶると──


「──がッ、ッ──」


 ライノは意識を落とし、その場に背中から倒れた。




 ふぅ、とクオは小さく息を吐く。


(接近戦……すぐ済んで、よかったです……)


 相手ににらまれながら撃ち合いや組手が続くようなら、クオは耐えられなかった──かもしれない。やはり人間相手だと何事も緊張するのだ。強面こわもての、見知らぬ人ならなおさら。


 ──クオが手にしているのは、軍用武器の雷銃トールスクロプだった。


 この部屋に突入前、一階で拾ったものだ。


 ライノには直前まで「自分の手持ちはさっき拾った火薬銃だけ」だと見せかけ──間合いに入った瞬間床に向かって雷丸らいがんを発砲したのだ。


 閃光で視界をき、相手の動きを止めて間合いへ。


 その瞬間さえあればクオのものだった。


(でも……)


 クオは辺りを見回した。


 周囲には、壊れた木箱と散乱した銃火器。外から戦力の追加投入の気配もない。


 戦闘不能となったライノの装備から通信機を回収したところで「あ」と頭上を見上げる。


(この建物の上には──)


 屋上がある。


 七階建てのこのフロアから上に通じる道はないが、その気になれば上に行ける。


 クオは通信機を手に、破った窓からさらに上へと跳び上がる。


 ふちに手をつき上がり込むと、突風が押し寄せた。


 そこに、学園狙撃の首謀者がいる。


 通信機で挑発的な宣告をし、一方的に計画を明かし、学園を必中の手段で破壊すると断言していた首謀者の男が、狙撃の〈雷浄ルーメン〉製兵器とともに。


 ──そのはずだった。


「──⁉」


 クオは息を呑む。

 そこは無人で、何もなかった。


 平らな陸屋根ろくやねの足場には、首謀者が待ち構えるどころか人気のない雨ざらしの汚れた床が広がっている。


(それなら、狙撃は、どこから……⁉)


 辺りを見回すクオの手元から──


 通信機が音を発する。


『フフ』


 優雅にうたうような男声。


『暴動に惑わされず拠点を見破りライノ君まで倒すとは。

 いやぁ実に優秀。君のことを称えてあげよう。

 ご褒美は何もないけどね。やはり僕、どうしても軍人はキライだからさぁ。


 さあ本番だ! 今から自慢の狙撃銃が火を噴くよ』


 聴く者の神経を逆なでるように、その声は終始笑いを含んでいた。

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