23 目論みの宣告 と 狙撃の阻止

 一番望ましいのは、「学園の破壊」がただのはったりで、〝新興集団〟は町中をただ暴れ回るだけの組織だった──という顛末てんまつだ。それなら軍と警察に解決を委ねられる。


 だが戦況において望ましい事態というのはほぼ起こらない。


 そして、一番起きてくれるなということばかりが現実となる。


 クォーズウェイ・ハウス。


 人通りの少ない路地にひっそりと佇む七階建ての赤煉瓦の建物。


 正面にある観音扉の前に立つと。


「おっじゃまー」

 ユークリッドは無造作に扉を蹴って開け、


「ちわーす」

 ティマが雷杖トールバールを振りかざし、〈雷浄ルーメン〉を放った。


 緋闇ひあん雷閃らいせんが拡散する。


 魔女の血の力によって〈魔女狩り〉が放つ赤と黒の〈雷浄ルーメン〉が、瞬時にその場にいた者に牙をく。


 一階にたむろしていた連中に、顔を上げ武器を構える暇も与えない。


 吹き抜けのホールにいた者は残らず雷の餌食となり沈黙した。


「……あわ…………」


 問答無用の制圧に、クオが唖然とする。


 ユークリッドとティマは人間相手の暴力沙汰に慣れた様子で、手際よく倒れた連中の持ち物をあらため始めている。


「うーわ、サブマシンガンだ。しかも最新式。雷銃トールスクロプとかと一緒に軍から流れてきたの?」


「そうすねー。こいつらリーダー狙って雷銃トールスクロプ撃ったっぽいし……調子乗り過ぎすね」


「マジそれー。ウチらのリーダーを撃つとか……あ、なんかムカついてきた。ここにいるヤツだけでもボキボキに──」


「あっ、あのーっ! ユークリッドっ、ティマっ」


 にわかに殺伐としてきた二人に、クオは声を挟み込んだ。


「つ、つつ通信機を確認しましょうっ。さきほどのように、広域での指令から情報が拾えるかとっ」


 すると二人はきょとんとする。


「──あ、そうだった。ヤバ、〈雷浄ルーメン〉で壊しちゃったかも」

「〈雷浄ルーメン〉のが手っ取り早いんでついつい使っちゃうんすよねー」


 悪びれた様子もなく、しかし素早く通信機を探り出す二人。


 動きに無駄はない。『一時間後に狙撃』という時限が念頭にあるのだ。


 危なっかしいようで頼もしい──そんな二人とともにクオも通信機を探っていると。


『おっと。どうやら──手駒は全滅したのかな』


 砂嵐に紛れた声は、うたうように流麗だった。


 不意の音声に三人が驚いて見上げると、吹き抜けフロアの中心から左右に広がる階段──その踊り場にぽつりと無線機器があった。


 汎用無線機だ。これまでの会話含め、ずっとこの場の音は拾われていたようだった。


『フフ、カンのいい奴がいるものだ。警察官? 軍人かな?

 実に素晴らしいね。こちらの陽動に惑わされず、僕らの拠点を暴き出したわけだ。

ぜひとも手許に置きたい優秀な手駒だが──僕は野蛮人が嫌いなんだ。特に軍人はね』


 クオたちは無言で顔を見合わせた。


 こちらの反応にかまわず、通信機の向こうで滑らかな男声は一方的に喋り続ける。


『おや、無反応? そこにいるのは判っているのに。軍人のくせに実に奥ゆかしい。

次にすべき行動を上司に相談でもしているのかな、ハハ……嘆かわしい! 自分の意志も判断力も碌に持てない。これだから軍人って生き物はね』


 侮蔑ぶべつの色味が広がる。こちらを軍人とみなしているのは、今、町で暴動を起こしている〝新興集団〟を制圧すべく軍人たちが町を動き回っているからだろう。


 その一部が運よく自分たちをぎ当てた──と推測したのだろうか。


 フフ、と男声は笑みを含ませて話を続ける。


『僕は紳士だからね。 乗り込んで来た者に僕らの今回の目的を教えてあげようじゃないか。 運であろうとここまでたどり着けたんだ、相応の敬意を表すよ。


 今から学園を狙撃し、敷地を破壊する。


 この拠点からね、確実に狙って当てることができる素敵な兵器を使うのさ』


 あまりにあっさりと告げられた答えに、ユークリッドとティマがこっそりと目配せする。


「マジで?」「でも罠くさいすね」


 声には出さずに唇の動きだけを交わす。


 見計らったように相手は軽薄に笑いだした。


『で、ここからが本題。

 僕の百発百中の狙撃を実現させるための仕掛けがあるのさ。

 学園にその〝目印マーク〟を仕掛けた。僕の弾丸はこれを追って目的地に到達する。

 まるで引き合う磁石のように。運命的な導きのように。

雷浄ルーメン〉の主成分・発雷粒子リュクサ誘引ゆういんする装置だよ。すごいだろう?』


 クオは目を見開いた。


 臨戦に及ぶ緊張で眼に力がこもり、その目があおみを増す。


 ──相手の兵器は、〈雷浄ルーメン〉製の狙撃銃。


『〝目印マーク〟のおかげでここからでも必中の狙撃は叶う。

 野蛮な軍人のような訓練なんて要らない。実に知的だろう?』


雷浄ルーメン〉を扱いながらも軍人ではないらしい──得体の知れない男声はさらに続けた。


『フフ、何故こんなに手の内を明かすのかというとね──自慢したい気分だからさ。

 今日まで誰にも知られずひっそりと動いてきた、しかしこのままだと素晴らしい兵器による学園の破壊が完了してしまう。

 せっかくの偉業なのに、誰にも知られず──なんて実に惜しくなってしまった!

 だから急に事細かく詳しく話したい気分になった。これが承認欲求ってやつかなぁ』


 敵を相手にペラペラと喋る──その軽薄さがひどく不気味だった。


『ここまでたどり着けた軍人のくせに優秀な君へのご褒美ってことで。

 探してみなよ、軍人ども。学園にある〝目印マーク〟を。もう設置済みだ。

 そして今から三十分後──必中の弾丸が学園を破壊する』


 悪趣味なゲームの説明を一方的に告げると。


 通信は勝手に途絶えた。




 クオはすぐさま口を開く。


「ユークリッド、ティマ、今から学園へ向かって無線機が言及していた〝目印マーク〟の探索をお願いします」


 一体どんな兵器か知る由もないが、相手は学園に設置した〝目印マーク〟を使って学園を狙撃、破壊すると言っていた。


 真偽を確かめている暇はない。だがこの言葉が無視できないことだけは確かだった。


「設置した〝目印マーク〟を見つけるには〈雷浄ルーメン〉が使えるはずです」


 クオは床に倒れた者たちから自分が使えそうな武器を探りながらそう告げた。


〈魔女狩り〉の力と雷杖でそれが出来るのは、クオではなく二人に他ならない。


 ユークリッドとティマはその意図を察しすぐにうなずいた。


「なるほど。雷杖トールバールの〈雷浄ルーメン〉と〝目印マーク〟が反応し合うから、それで探すってワケね」


「アイツ『発雷粒子リュクサを誘引する』とか仕組みまで喋ってたすね。ソッコーで向かいます。

 で、クオ先輩は?」


「あ、わたしは……」


 クオはフロアの隅でひときわ大柄な男の腰から、白い装甲を見つけて取り出した。


 本来軍専用である対魔女戦軍事兵器──雷銃トールスクロプ


 軍人でもないのに、こんな武器までごろつき達に支給できる──ますます得体の知れない存在は、おそらくこの建物の上にいるはずだろう。


 その頭を直接叩く。


「今から、この建物にいる方を制圧します」


 ──〈魔女狩り〉の力がなくとも、武器さえあれば可能だ。


 学園の〝目印マーク〟を〈魔女狩り〉の二人に探し当ててもらうと同時に、クオは狙撃首謀者を直接倒す。


 それが最善手だ。


 三人は顔を見合わせると、次には素早く状況を開始した。

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