28 喜劇の幕引き と 文化祭の後片付け
◆◆◆◆◆
ウルラス学園近隣の繁華街で勃発した〝新興集団〟による暴動は、王国軍事局の介入により日が暮れるころには完全に鎮圧された。
しょせん数だけのならず者たちだ。脅威すべきはせいぜい所持する火力程度で、魔女戦争を経験した軍人たちの相手ではない。
多数の逮捕・捕縛者があったものの、得られる情報は少なかった。
肝心の首謀者についても、連絡系統が巧妙に
〝新興集団〟の拠点からは多数の武器が押収されたが、入手ルートなど芳しい情報もない。
いや、消されていた、というべきか。
「──気に食わんな」
鮮やかに暴動を納めてみせたハーシェル・ドラウプニル大佐が、憮然と口にする。
状況を根本的に解決したとは言い難い。
不明項目の多い報告書になることは間違いなかった。
そしてこの不穏はまだ消し切れていない。
「実に気に食わないよ」
クエンティンは組み合わせた指に埋めた口元でぼそりと呟いた。
走行している車内にはライノと、砲身が損壊し一発も
敗走──どう取り繕ってもそう言わざるを得ない。
惨めな空気に満ちた車内で、クエンティンは溜息を
「あれさえいなければ……僕は引き金を引けたのに」
拠点を制圧し、ライノすら倒した謎の少女兵の存在。
仕掛けたはずの〝
狙撃の直前、学園が視界から消えるという不可解な事態。
そして──一瞬の動揺を突かれ大事な新型兵器を破壊された。
結果、自分が積み上げて来た計画は完膚なきまでに叩き潰されたのだ。
見事なまでの完敗を喫して、今自分は逃げ帰っている。
実に気に食わない。
実に忌々しい。
実に──
べき、と手元で鈍い音が響いた。
「……」
クエンティンは組み合わせていた自分の手を見る。
右手の中指が、奇妙な方向にねじ曲がっている。
どうやら自分の力でへし折ってしまったらしい。
「──まいったね」
ありえない角度を向いている自分の指先が実に
しかしおかげで冷静さを取り戻せた。
「ねぇどう思う、ライノ君。例の少女兵。学生服だったんだろう?」
その問いにライノはぴくりと反応した。
少女兵と直接戦闘に及び、敗北を喫した屈辱のなか、ライノは
「あの少女兵──間違いなく王国軍特殊部隊の〈魔女狩り〉だろう」
その名を耳にした瞬間、クエンティンはぴくりとする。
「〈魔女狩り〉……王国に、世界にハッピーエンドをもたらしたとされる戦争の立役者、だっけ?」
「俺も直に目にしたことはない。特殊部隊の中でも奴らは特異の扱いだった」
「フフ、いやしかしねぇ……〈魔女狩り〉ぃ?」
自分の折れた指を眺めながら、クエンティンは薄笑いを浮かべ出した。
「実に嘘くさいほどの逸話が国中に知れ渡っているよね。
王国大隊を滅ぼした魔女を一晩で
フッ、脳筋軍人どもは話を盛り過ぎなんだよ。一騎当千って。ハハ、大袈裟」
魔女戦争の折、貴族は総じて既得権益により安全や食の危難からは縁遠い環境にあった。
そのせいか多くの市民が犠牲になった魔女戦争も、軍の付属品である〈魔女狩り〉も関心の範疇外だ。
クエンティンにとって、王国軍とは戦争きっかけで功を成した野蛮な機関だ。
貴族連盟を差し置いて王室に近い権威を持っているという事実が忌まわしい。
「でも──そうだね。今僕はこの現実を受け入れなければならないようだ」
冷静になった脳裏に
『あ、あの……あなたは、どうして、こんなことをしているんでしょうか?』
なんだあれは。
〈魔女狩り〉? 魔女戦争終結の立役者?
銃弾一発で簡単に死ぬにちがいない、無力な市民の分際で──
「報いは受けてもらおう。必ずね」
クエンティンはへし折った指に、屈辱と憎悪に満ちた声を
◆◆◆◆◆
夕刻を前に文化祭は無事に終わり、日暮れの時間は後片付けが進められていた。
クオはもくもくと、教室のゴミ集めをしていた。
「──ふへ」
てきぱきと作業しつつも、ふにゃりとひとりでに頬が緩む。
ふと笑顔で目を閉じると──
〈やった~やった~うれし~い〉
頭のなかでは、掃除に勤しむクオに代わっておこげちゃんがくるくると舞い踊るのだった。
──舞台が終わった直後、クオはクラスメイト全員へと頭を下げていた。
『す、すみませんっ! 本当にごめんなさいっ、舞台、へんにしちゃって……!』
『最高だったよクオちゃん!』
みなが異口同音に唱和する。
一同を代表するように、マルティナが頭を下げていたクオにがばっと飛びついた。
『すごいっ、すごいよかったよ! 大事なシーンでのアクシデントで大ピンチだったのに、あんなアドリブで乗り切ってくれるなんて!』
『……ふぇ……?』
ぽかんと顔をあげるクオに、クラスメイトは笑顔で頷く。
『ほんと、ごめんね! 着ぐるみの調子悪かったのに強行しちゃって』
『ノエルさんとルカさんのアドリブも効いてたよね!』
『ラスト良かったよ、なんかいい話になってたし!』
『……はぇ……?』
盛り上がるみなを前に、クオだけが間の抜けた顔になる。
『よかったねえ、クオ』
『ふゃっ……!』
後ろからルカがクオの肩に
『クラスのみんなも、見ていたヒトたちも、みんな笑顔だったよ。良い結末だって』
その言葉に。
『あ………………ぇへへ、ふぇへへ……』
クオは笑顔で顔をとろけさせていた。
目の前のみんなも笑っている。
嬉しくて、胸が熱いもので充たされる。
それは〈魔女狩り〉として積み上げた戦果では感じたことのないものだった。
『みなさん、ありがとうござまま、あ、ございます、です……』
ふやけた声で、クラスメイトにお礼を伝える。
やっぱり大事なところで噛んでしまったけれど。
「──先輩、これも片付けるか?」
「っひゃふわぁ⁉」
背後からの声に、余韻に
「あわっ、にょのの、ノエルっ」
「……いちいち驚くなよ」
ゴミ袋を手に片づけをしていたノエルがむすっと半眼を向けている。
「あ、あの本番ではっ、色々と助けてくださりありがとうございましたっ」
「助けるっていうか……びっくりしたけどな。いきなり先輩がアドリブかますから」
「あわ……すみ、すみません……ですが、ノエルのおかげで」
「あたしより、ルカの方が上手く立ち回ってたろ。あいつのおかげだよ」
「ほゃ……」
クオはぺこぺこと下げていた頭をふっと上げた。
ノエルからルカのことに言及するなんて。しかも
嬉しくなって口を開きかけたところで、
「それより、」とノエルから話を切り出される。
教室にいるクラスメイトを気にしながら、少し声を潜めてきた。
「町でのこと、ユークリッドとティマから聞いたぞ」
「! は、わわ、その節は……あ、ですが〈魔女狩り〉の力は使っておりません、です」
「だろうな」
ノエルはすんなりと
相手がどんな暴漢だろうと〈魔女狩りの魔女〉に
「狙撃の首謀者もあんたが制圧してくれたんだろ」
「あっ、は、はい。そちらの方はわたしが」
クオは頷きつつも、すこし懸念を残していた。
なぜ相手が学園を破壊しようとしていたのかは判らずじまいだったし……。
「結局先輩の力だけで充分だったな」
「あ、そっ、そんなことありませんっ」
クオはすぐさま激しく首を振った。
「〈スクルド〉のみなさんのおかげで、学園を守れましたっ。
あとわたし、ノエルたちと連携できて、その、変かもしれないですけど、でも……ちょっと嬉しかったんです。一緒に力を合わせられたから、といいますか……」
「じゃあ……お互いさまってやつか」
「はいっ」
クオが頷きを返すと、ノエルはふっと口元を緩めた。
──初めて笑みを返してくれたような。
小さな感動にクオが目を
「今回は、あくまでイレギュラーだからな」
ノエルはきりっとした口調にあらたまる。
「あたしはこれからも先輩の監視をしてく。
ユークリッドとティマにも、これ以上は慣れ合わないよう釘刺しておくし」
ノエルの目を前に、クオは自分の特殊任務をあらためて意識した。
学園外でひと騒動を迎え、監視側の隊員と連携までしたけれど。
よく考えたら、『普通の生徒』はそんなことしない、はず、では……。
ノエルはそんなクオの懸念をさらっと流すように、きりっとした声で言い切る。
「せいぜい任務に励めよ、先輩」
「ひゃ……ひゃい……」
唐突に凄まれた反動で、クオの活舌はぐだぐだになってしまった。
暮れなずむ空が、校庭で後片付けをしている生徒たちの姿を同じような影にしている。
焼却炉にゴミ袋を運び終えたところで、クオはルカの姿を見つけた。
妖精の衣装から制服に着替えたルカは、ぼんやりと校庭にあった舞台のあとを眺めている。
「あ、あの──ルカ?」
「──クオ」
ルカが振り返る。いつもの薄い笑みで。
「終わっちゃったねえ、文化祭。舞台が片づけられてるとこ、ぼーっと眺めちゃった」
「あ……えと、あっ、ルカ、片付けのさぼりはだめですよっ」
「──バレたか」
ちょっと切なそうに呟いていたルカは、クオの注意にちろっと舌を出す。
「でも、きみも無事に戻ってきて、舞台に間に合ってよかったよ。
あのあと〈魔女狩り〉のコたちと色々あったみたいじゃない」
「あ、それは、はい。『ちょっとしたこと』でした。大丈夫です」
「そっかそっか」
ルカはそれ以上
実は学園が謎の集団に狙われていて、その攻撃を阻止していた──仲間と連携して状況も解決したので、余計な心配をさせることはない。
不安要素は残ったままだ。
でも、ルカといっしょの楽しい時間のためなら。
この先も迷わず行動しようと思っている。
「きみが大丈夫なら、ぼくは何の心配もしてないよ」
ルカの表情を見つめているうち、クオはぽつりと問うていた。
「あ、……ルカ、もしかして、学園を町から見えないようにしたのって、ルカが──」
あの「白闇」がなければ、狙撃を阻止することはできなかった。
奇跡のような、不思議な現象。そんなことが可能なのは──
するとクオの開いた唇に、しぃ、とルカが立てた人差し指を添えてきた。
「──内緒ね。ノエルと〈魔女狩り〉のコたちの会話が耳に入っちゃったんだ」
すんなり認め、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ぼく魔女だって知られたら大変だからさ。秘密にしといてね、クオ」
「──はい」
クオやノエルたちが学園や文化祭、みんなのため人知れず尽力していたように。
ルカも行動してくれていたのだ。
互いの想いを確かめるように、二人は同時に笑い合った。
「それよりさ、気になることあるんじゃないのクオは」
「へぅ?」
「あのフクロウの着ぐるみだよ。この先もあれ被っていきたい、とか言ってたじゃない。どうするの?」
「あわっ、そ、それは……!」
自分の世迷言を思い出したクオは、かーっと顔を熱くする。
「ぶ、舞台にこの姿で立ってしまったので……もう大丈夫です……。
今フクロウになっても、へんに目立つだけですし……」
「ぷははっ、それはそうだね。たしかにあの頭は目立つよー」
「……あっ! 気になるといえばっ!」
突然、クオは勢いよく声をあげ、ぐいと一歩ルカに近寄った。
「ルカあの、わたし今日気になることがあったんですっ」
「んん? どしたの」
いつにない勢いに、ルカが目をぱちくりさせる。
「文化祭始まって、迷子になったアンナさんを探しに町に出た時なんですが」
「うんうん」
「無事に見つけて、泣いていたアンナさんをルカが慰めていて、」
「ああ、うんうん」
「その様子見た瞬間なぜかわたし、胸が苦しくなっていたんです」
「…………うん?」
「アンナさんが見つかってよかったのに、ルカがアンナさんのことを『よしよし』って撫でて抱きしめているのを見ていたら、なぜか、胸がぎゅーっとしちゃって」
「……うん」
「あのえと……どうしてでしょう……」
ひとしきり喋り、やはり気持ちを上手くは言葉にできず、クオは口ごもった。
「あ、すみません……わたし、自分でもよく判らない気持ちになっていて、ちょっと気になっただけ、だったのですが、今急に思い出してしまって、」
「ふふー」
ルカがふわりとクオの胸に飛び込んだ。
「ひゃ、わ」
「クオったら……いじましいこと言ってくれるんだねえ」
「? ……?」
ルカは腕を回してクオをぎゅっとする。
「どうクオ? ぼくが抱きしめてると、胸苦しくならない?」
「あ……はい。苦しくない、です」
クオもそっと、ルカに腕を回してみる。
「安心、します……」
「それはよかった」
この違いはなんだろう──
クオは少し考える。
ルカとぎゅっとしていると安心する。
だけどルカが他の人を抱きしめているのを見て、苦しくなるのはどうしてだろう?
はっきりした答えが自分のなかから出てこない。
思わず口にしてしまう。
「どうしてわたし、あのとき胸がぎゅーっとしたのでしょうか……」
「ふふー……ぼく、判っちゃったかも」
「えっ」
思わず顔をあげたクオに、ルカはにんまりする。
「でも内緒」
「……へぅ」
「クオ、きみは本当に愚かなんだから」
ルカはクオの頬を両手で包むように
「ぼく、そんなきみが好きだよ」
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「魔女狩り少女のぼっち卒業計画 後日譚
小心者な最強兵士、大舞台で役者になる」 おしまい
魔女狩り少女のぼっち卒業計画 後日譚 熊谷茂太 @kumaguy_motor
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