21 陰の支え と 不吉な指令

「これは……くわばらくわばら」


 クオの背後で、こそっとルカが呟いた。


 ちらっと振り返ってみると、ルカはアンナの頭を両腕で包み視界をふさぐようにしている。


 クオははっとする。そうだ。目の前にいるのは〈魔女狩り〉の隊員だ。


(ルカもアンナさんも、あまり関わらない方がいい、ですよね……)


 ルカたちを隠すようにして立つと、


「あ、あのっ、通りすがりにお助けくださり、ありがとうございますっ」


 クオの方から〈魔女狩り〉の二人へと声をかける。


「あらためてお礼をっ、なのですが、その前にアンナさんとルカは学園へ先に戻っていてくださいっ。なぜかというと、もうすぐクラスの演劇が始まるからですっ。

 ──お二人はお先に舞台の方へ行ってください。ぜひともっ」


 わたわたと手を動かしながら、クオなりに場をうながすとアンナははっと目をしばたたかせた。


「あ……そうだった、劇が……え、でも──」


「それじゃこの場はクオに任せよっかな」


 ルカがすかさずこちらの意図をんでくれた。


「ぼくら先に戻ってるからさ。クオも劇に間に合うように、ね」


「あ──はいっ」


 クオへこっそりウインクしたルカが、スムーズにアンナを連れ出す。


 ようやく恐ろしかった場所から逃げ出せるとあって、アンナも突然現れた二人の少女のことは詮索せず足早に駆けていく。


「──あ、そうだった。ウチら隠密おんみつが基本だったのに生徒に見られちゃったじゃん、ヤバ」


「そうすね。お気遣いすみませんす、先輩」


 二人の学生の姿が見えなくなったところで、ユークリッドとティマが軽く頭を下げて見せた。


 緊張感のない二人だが、こちらを見る目はやはり好戦的だ。


 気圧されつつもクオはぺこりと頭を下げ返した。


「いえあの、こちらこそ、です。助けていただきまして」


 ──二人とは顔も名前も既に知り合っている。

 学園地下の軍事施設での事件の折、ノエルとルカの居場所を教えてもらうため彼女らと一瞬だけ接触した経緯があるのだ。


「そ、それでその、お二人はここで、どうして──」


 するとクオの声を遮り、ユークリッドが前のめりに答えを返してきた。


「決まってんじゃん! 学園を狙う不届きものはウチらが成敗するため──あてっ」


「あほすか」


 ユークリッドの後頭部に、ティマが手刀を下ろしていた。


「その件はリーダーに内密にって言われてた件すよ」


「あっ、ヤバそうだった! ──て、ティマも言っちゃってんじゃん」


「あー、やば」


 言うわりには緊迫感に欠けた間延び声でティマが口走る。


「任務外だし、独断だし、バレたらダメだってリーダーに言われてたんすわ。

 クオ先輩、ここはひとつ聞かなかったことにしてほしいんすけど──」


「せいばい……?」


 クオは問い返していた。


「あの、学園を狙う、というのは……?

 ノエルも関わっているんですか?」


 相手の勢いにおどつきながらも、クオは彼女らと足元のごろつき連中とを見比べる。


「あ……えーと」


 たちまち目を泳がせるユークリッドの横で。


「あのー……オレら誤魔化すの苦手なんで、さらーっと話しちゃうすわ」


 ティマはさほど迷った様子もなく、すんなりと口を開くのだった。




 端を発したのは、数日前にノエルが学園で不審者と遭遇したことにある。


 学園内を徘徊していたその男は軍用武器である雷銃トールスクロプ携行けいこうしていたというのだ。


「! 雷銃トールスクロプを? では、軍の関係者でしょうか──」


「そのセンは薄いすね」


 ティマは肩をすくめてみせる。


「リーダーと独自に周辺状況調べてみたんすけど、最近この町に〝新興集団〟って犯罪組織が出没してるって話じゃないすか。

 で、学園に現れた不審者もその筋じゃないかってのがリーダーの見立てなんすよ」


「で、学園の安全のためにウチらがパトロールすることになったってワケ!」


 ユークリッドが得意げに声を躍らせた。


「特に今日は文化祭ってやつでしょ? だから学園付近を回って、見るからにアブないやつらをぶっ倒すってカンジ!

 制服姿のコを狙ってる連中いたから問答無用にブッ倒したら、クオ先輩だったんでマジびっくりしちゃった!」


「そ、それで……ですがお二人がわざわざ外を見回ってくださる、とは……」


「あの学園、以前テロリストに襲われたことがあったじゃないすか。

 またあんなことになったら、文化祭台無しになっちゃうすからね。

 なので今日だけは特に厳重警戒することにしたんす」


「あ……」


 クオは胸元で手を握りしめる。


 昨日の通し稽古でノエルが『本番は無事にやり遂げよう』と言っていたのが引っかかっていたのだ。


 何か問題を抱え込んでいるのではないかと思ったら、まさか学園と文化祭を守ろうとしていたなんて──


「お二人も、ありがとうございますっ」


 クオは素早く頭を下げた。


「わたし、自分の身の周りのことで頭いっぱいだったのに……」


 ルカのこと、演劇のこと、自分が少しずつ人と喋ることに慣れて来た──なんて、ちっぽけなことに満足しているさなかに、ノエルたちは皆のために行動してくれていた。


 自分の不甲斐なさがちくちくと心を刺すが、落ち込んでいる場合ではない。


 クオはぱっと顔を上げた。


「あの、何かわたしに出来ることありませんかっ? なんでもしますので」


「え、マジでっ?」


「先輩に、すか?」


 一歩前に詰め寄るクオに、二人がそろってる。


「クオ先輩の戦力はマジ頼もしすぎだけど──」


「いやオレらがリーダーに叱られるすよ。クオ先輩は文化祭で出番もあるんすから」


「へぁ……そ、そう、でした……すみません。さし、差し出がましいことを」


 思い切って申し出たものの断られた。クオはすぐしなびる。


「ま、ここはウチらに任せて。クオ先輩は文化祭っていうのやってきちゃってよー」


「それが一番だと思いますよ」


「……ぅ、でも、えと……ぅう……」


 とクオがその場で弱々しくうめいていると──


『────時間だ、おとりども』


 足元で、ザッと雑音混じりの声が発生した。


 倒れているごろつきが腰にぶら下げていた通信機器から。


『総員南部へ。北部にいる者も東西ポイントを避けて南下しろ。

 提供した武器で軍警察の足止めに集中。

 一時間後、ウルラス学園を破壊する。狙撃までの時間を稼げ』


 耳を疑うその音声に、三人は同時に凍りついた。

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