20 迷子の救出 と 乱入者の制圧

 入り組んだ路地裏のさらに奥へ足を踏み入れると──


 不法投棄で道がふさがれたり、勝手に壁を壊されたりと、町の裏手は公式の地図が追いつかない地形と化していた。


 見慣れない道の次の角を曲がったところで。


「……しぃ」


 ルカが立ち止まり、人差し指を立てた。

 その視線が、すっと右の曲がり角へと移る。


「……見つけたかも」


 ルカが注意を向けた方向に意識をらす。と。


「あ……」

 クオも気配を探り取れた。

 二人は同時に、同じ方向へと駆け寄った。



 今にも崩れそうな山積みの木材の陰から、押し殺した嗚咽おえつこぼれている。


 近づいて覗き込むと──膝に顔を埋め小さくなっている、同じ制服で、見覚えある姿。


「アンナさんっ」

「見っけたー」

「……! あっ」


 顔をあげたのは探し人のアンナだった。涙の痕を残す目が大きく見開かれ、次には大粒の涙があふれ返る。


「ぅわぁああああーんっ、ごめ、ごめんなさいーっ。まよっ、迷っちゃってっ、銃持ってる怖い人と目が合っちゃってぇっ、怖くて逃げてたら、知らないとこ来ちゃってぇっ」


「よしよし。大変だったねえ」


 ルカが泣きじゃくるアンナを起こすと、彼女は子供のようにルカの首に抱きついた。


「……ふぁ」


 クオは自分でも意識せず、へんな声をらしていた。


 無事にアンナを見つけられて良かったはず、なのに。

 泣いている彼女を優しく抱擁ほうようしているルカを見ているうち──


 なぜだろうか。気づけば自分の胸元を手で押さえていた。


 ルカは優しくて、人のために率先して行動する。

 泣いている子をでる姿は、何も不思議じゃない。なのに。


「……?」


 緊張とは異なる心の落ち着かなさに、自分でも戸惑っていると。


「──何をしてるガキども」


 うなるような声と複数の足音が重なる。


 振り返ると、そこには岩のような男たちが群がっていた。


「……っ、ひぃっ」


 すっかりおびえたアンナがルカにしがみつく。


 クオは二人の盾になるように、大男たちに対して立った。


 総勢四名。鋭い目つきに露出した肌を覆う刺青いれずみ。手には拳銃が握られている。


「おやおや?」


 背後でルカが首を伸ばし、相手をじろじろと眺め出した。


「どっかで見たことあると思ったら。クオ、前にカツアゲしてたヒトが混じってるよ」


「え……あ、あっ」


 体格や得物えものに意識を傾けていたクオもようやく相手の顔面を見る。


 陰気な目つきに刺青の模様、たしかにあの時返り討ちにした男たち三名が混じっている。


 相手もこちらのことを思い出したらしい。

 露骨な舌打ちと──殺気がにじみだす。


「あのクソ学生か……!」

「なんだ、オマエら知ってんのか」

「テメエに関係ねぇだろ」

「ア? んだテメその口の利き方」


 男たち空気が剣呑けんのんになる。お世辞にも仲良し集団ではない気配だ。


「どうでもいい」


 集団の真ん中に立っていた代表格らしき男が口を開いた。先日のカツアゲでも手下を束ねる振る舞いをしていた男だ。


 慣れた手つきで拳銃をクオたちに向ける。


「このエリアに足を踏み入れたやつは誰だろうと殺せ──そういう命令だ。

 一人でも生かせば俺たちの命がねぇんだぞ」


 その言葉に、他の三人も口を閉ざして素早く拳銃を身構えた。

 引き金に指がかかっている。


「!」


 クオが動く。


 まずルカたちに流れ弾が当たらないよう地面に倒し──


 背後に手を伸ばしたとのとき。


「──えひっ」


 軽やかでいたずらっぽい笑い声が、頭上から舞い降りた。


 と同時に。


 閃きが垂直に落ち、

 ィン、と金属が鳴り、

 代表格の男の銃口先が斬り飛んだ。


「──⁉」


 思わず動きを止めた男の真横には、頭上から落下してきた小柄な人影がある。

 灰赤アッシュレッドの髪にとがった眼差し。ニィと笑った口元から八重歯が零れる。


「みーっけ」


 どこか凶悪な笑み。少女は手にした武器をくるりと翻し、柄で男のあごを打つ。


 刃であれば首が吹き飛んでいたであろう、容赦ない力。


 男の顎から骨が砕ける音が響く。


 仰け反って倒れた代表格の唐突な有様を前に、残り三人が銃口を構え直す。


「なん──てめッ⁉」


「邪魔」


 温度の低い声は男たちの背後からだった。


 ぶん、と空気が唸り、次には男三人の身体がまとめて仲良く吹き飛んでいた。


 真横の壁に叩きつけられた身体が、憐れな痙攣を重ねる。


 そこに立っていたのは細身の少女だった。前髪が長く、顔は見えない。


 右腕を鎧のように覆う装甲型の盾で大男三人をまとめて薙ぎ飛ばしていた。

 盾は防御するもの、という概念をも破壊するような攻撃だった。


 ──一瞬にして四人の男が沈黙し、情け容赦ない制圧は完了する。


「……あ、えと……」


 突如出現した二人の少女たちを見ると、クオはおずおずと口を開いた。


「こ、こんにちは……あのえと、お久しぶり、です」


 ──彼女たちのことを、クオは知っている。


「あれー、先輩じゃーん」

「なにしてるんすか、こんなとこで」


 二人もまた面識ある挨拶を軽く返してきた。


 油断のない目に、どこか好戦的な光が宿っている。


〈魔女狩り〉の隊服姿と自前の武器・雷杖トールバールを手にした二人は、ノエルが率いる部隊班〈スクルド〉の班員だ。


 ユークリッドとティマ。


 二人の名前をクオは憶えていた。

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