19 文化祭 と 人さがし

 ウルラス学園の戦後開校を記念した学内向けの文化祭は。

 正午を告げる時計塔の鐘の音とともに始まった。


 まず開幕はスピーカーから流される音楽に合わせて、振り付けダンスをしながらパレード行進する生徒たちが並木道を華やかに彩っていた。


 道の周りを囲んで、盛り上がるほかの生徒たち。


 クオはたくさんの人の気配にどきどきしながらも、賑わう生徒たちや催しを見守る教員たちの姿を見回した。


「ふぁ……生徒の方も、ずいぶん増えていたんですね……」


「んー? なんの話?」


 横で並木道の行進を眺めていたルカが、クオの肩にひょいとあごを乗せて来た。


 周りの賑わいに紛れないよう、そっと耳元に声を寄せて来る。


「賑やかでいいね、文化祭って。この学園、こんなにヒトがいたんだなあ」


「わ、はい、生徒の方、わたしが編入した後も増えたようで、今みたところ四百三十名ほどおりますっ。クラスや学年も、この先もっと増えるかと」


「へえー。じゃあクオもヒトがたくさんいるって怖がってる場合じゃなくなるね」


「ひぐ」


 言われてみれば。


 だが、ここ最近の文化祭準備をクラスメイトとともに取り組んだおかげで、人との接触ややりとりにかけては慣れてきた。


 なので、大勢の人々を前にしても──


「だ、だだだだ大丈夫、です」


 クオは声を小刻みに揺らしだす。


「ほほ本日、の、ほひ、本番も、わたしには着ぐるみがあります、のでっ。

 人前を恐れず、役に取り組めむことができるられれ……」


 口にするとじわじわと実感する。そうだ、今日は舞台。人前。大勢の注目が……。


「も、もうすぐ本番……ほひ……ほ、ほほー……」


「おやおや。緊張するの早すぎない?」


「ほー……ひー……」


「ありゃりゃ。フクロウみたいだ。役作りもほどほどにしないと」


 目を回し出すクオの頬を、ルカは面白がってつついてみる。


「むむ、いつもよりクオのフカフカが足りない。

 かつてない緊張状態にあるとみた──なーんて」


 ルカは辺りを見回した。


 並木道で披露される演目が済むと、次は講堂に移動して舞台の発表となる。合唱や演奏、演劇など。

 クオたちのクラスの演劇は終盤だ。予定では午後三時ごろ。


「大丈夫かなあクオ。今からこんな緊張してたら本番まで保たないんじゃ──」


「あっ、ルカさん、クオちゃんっ」


 人混みをき分けて二人に近付いて来たのは、文化祭クラス代表を務めるマルティナだった。


「おやおやマルティナだ。どしたの?」


「ちょっと今ね、とっ散らかった状況になっちゃってっ」


 あちこち走り回っていたのか、軽く息を切らしながら、


「アンナがね、午前中に先生のおつかいに学外に出たきり、まだ帰ってこないの!

 あの子、舞台序盤に登場する村長役なのに……間に合わなかったらどうしよう!」


「おやおや」


「……ほゃ?」


 切迫した声に、クオも我に返る。




 聞けば文化祭という記念すべき学園行事に、理事を何名か招待したらしい。


 教員と生徒代表が彼らのもてなし準備に動いており、お茶菓子を用意すべくアンナは使いに出されたという。


「──先生は外部との応対で人手が足りなくて、たまたまアンナが任されたみたいでね」


 舞台が好きなアンナは脚本係のリーダーだけでなく、序盤に登場する村長役も担っている。

 さらに当日、先生からお使いを頼まれたとは。彼女もなかなかせわしない。


 午前中のお使いなら、午後の出番にも支障はない──はずだったのだが、文化祭が開幕した今になっても、彼女の姿が見当たらないというのだ。


「あの子、まだ町にいるのかも……」

「ふむ、大丈夫かなあ……最近町中って物騒だし……」

「あ、」

 不安げなマルティナにルカが呟き、クオは小さくうめく。


 つい先日、下校途中の寮生の子が乱暴者に取り囲まれお金を取られそうになっていた一件を思い出したのだ。


 あの集団がまた生徒に目をつけ狙っていたとしたら──


「わ、わたしがっ、探しに向かいます!」


 唐突に声を張ったクオに、周りにいた生徒まで驚いて視線を寄せる。


 クオは慌てて声を抑えながら、


「あ、すみませんっ。あの、わたしがアンナさんを探してまいりますっ。

 マルティナさんたちは準備を進めてくださいっ。必ず、間に合うようにします、のでっ」


「大丈夫? クオちゃん」


「はいっ」


 クオは迷いなく即答した。


「わたし、走るのも見つけるのも、その、得意です、のでっ」


「──そうだね。ここはぼくらに任せてよ」


 ルカも横から、心配そうなマルティナに微笑みかけた。


「ぼくらでアンナを探しとくからさ。舞台の準備の方、おねがい」


 二人の顔を見て、マルティナは頷いた。


「──うん。わかった。マルグリット先生には報告しておくね。

 二人とも上演一時間前にはいったん戻って来て」


「はいっ」「うん」


三人はその場で二手に分かれ、動き出した。




「──て、あれ、ルカも一緒に向かうんですかっ?」


 ぱたぱたと人混みのなかを抜け学園の正門を抜けたところで、ようやくクオは並走するルカを見て驚いた。


「そりゃもちろん」


 ルカは小走りしながら軽い表情で頷く。


「知ってるでしょクオ。ぼく、耳はなかなかいいんだよ。

 ほら、こないだカツアゲされたコだって、ぼくの方が先に見つけたくらいだしさ」


「あ、……そうでした」


「ぼくも出来ることはやりたいもん。でもクオの全速力にはついてけないから──とうっ」


「ふわぁっ⁉」


 突然、後ろに回って背中に飛びついたルカを、クオは慌てて後ろ手で抱えた。


「おんぶして、町まで連れてってー」

「わわわっ、は、はいっ」


 数日ぶりのおんぶ姿で、クオは町までの道を駆け抜ける。


 人ひとり背負っても、クオの脚力で露店が賑わう商店街の入り口まではあっという間だった。


 ──ふとクオは角に身を寄せ街道を覗き見た。


 中心街はいつも通りに賑わっているが、黒塗りの軍用車が路地の広い部分を占拠し、軍服姿の者も行き交っている。


 ここ最近、治安維持のため、町中を警邏けいらする軍の姿は珍しいものではない。


 だが、今そこには目に見えない強めの警戒と緊張が漂っている。


 ──不穏の匂いがした。




「うわうわ、軍のヒトだ。クオは見つかったらマズいんだっけ?」


 クオの肩越しに、ルカも通りの様子を覗く。


「あ、いえ。わたしの特務は幹部の方のみが把握しているので。

 軍人の方に町中で目撃される分には、問題ないかと」


 現状では、マクミランの一件後学園理事に就いたハーシェル・ドラウプニル大佐がクオの特務を監督している。


 ノエルによる監視も含め特務周辺事情を知るのは軍の一部だ。


 現場の軍人からすればクオは学園の生徒のひとり。つまりハーシェルに目を付けられなければ問題ない。


「それは安心。じゃあ、迷子のアンナを探して回ろっか」


 さすがに目立つかな、とクオの背中からするんと降りたルカは、自然な足取りで露店が並ぶ道へと入り込む。あとに続くクオと手を繋ぎ、ルカはすいすいと先を進んだ。


「大通りで迷うってこともないし……やっぱり裏路地かな」


「あ、以前のような、悪い方に取り囲まれている状況だとしたら、人の行き来がない地点が考えられる、かと」


「ふむふむ。狭くて人気がなくて、迷いこんだら悪いヒトいっぱいで八方塞はっぽうふさがりになっちゃった、て感じかも?」


「早く見つけましょうっ」


 二人は狭い路地裏へと潜り込んだ。

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