14 着ぐるみ と 勘違い

「──ぷはー、舞台の衣装もいいけど、制服に戻って落ち着きたいね」


 舞台衣装お披露目のあと。


 メインキャストであるクオとルカとノエルの三人は、追加や修繕の細かい確認を経て解放された。


 更衣室代わりの空き教室に入るなり、ルカはするすると身にまとっていた黒ドレスを脱ぎ、下着姿で自分の制服を手に歩き回る。


 先に更衣室に戻って着替えの途中だったノエルが、その半裸姿にぎょっと目をみはった。


「……ルカおまえ、人前でそんな簡単に脱ぐなよ」


「ええー。いいじゃん。女子だけなんだし。見慣れたもんでしょ」


「そういう問題じゃねえだろがっ。じろじろ見るものでも、見せるものでもな──」


「ノエルって今どんな下着なの? 何色?」


 ブラウスのボタンを留めていたノエルをひょいと覗き込んでくる。


「言うわけねえだろ! ヘンタイかおまえ!」


「おやおや、恥じらっちゃってかわいー。へえ、ミントブルーのレースかあ」


「見てんじゃねえ!」


 ノエルは胸元を手で押さえて声を荒らげた。


「くっ、ルカおまえ、先輩にもこんな、や、やらしい絡み方してんのかよ……っ」


「さあどうかなー?」


 思わせぶりににやつくルカをノエルはにらみつけた。


「先輩に妙なこと吹き込んでねえだろな。ふしだらな真似したら許さねえぞ」


「妙なことって? ふしだらって?」


「だっ、だからその、さっきみたいな絡み方だよっ」


「特に身に覚えはないなあ」


「……ぐぅ、こいつ……」


 とぼけるルカにノエルがぐるると獣のようにうなりかけた矢先。


「失礼しますっ」


 ぽふ


 と、足音をたてながら、ずんぐりした白フクロウが現れた。


 着ぐるみ姿のクオの足取りは、重量あるものを被っているとは思えないほど軽やかだ。

 教室でおどおどしている時よりも、動きが滑らかですらある。


「おかえりークオ。なんだか順調みたいだね」


「はいっ。衣装の着ぐるみも問題ありませんでしたっ。このように、ささっと動けますっ」


 と、クオは左右にステップを踏んだり、両手を広げて翼を見せる。

 おお、とルカは手を叩いた。


「すごいすごい。心なしかはきはき喋れてるし」

「ふ、ふへ……そ、そうなんです。

 ルカが言っていたとおり、頭まで覆われると『見られている』という緊張がかなり削がれまして、クラスのみなさんともちゃんと会話が出来ましたっ。なのでっ」


クオは何かに宣言でもするように、さっと右手を掲げた。翼が広がる。


「わたし、今後も『普通の生徒』として生きるには、この格好で学園生活を送るのがベストなのではないかと」


「却下だ」


 すかさずノエルが口を挟んだ。


「んな格好でずっと学園にいるなんてただの不審者だろが。軍に報告するぞ」


「へぅ……」


「ぷふ。まあまあクオ、元気出しなよ」


 素早く着替えて制服姿になったルカが、声をしぼませたクオを着ぐるみ越しに撫でる。


「着ぐるみでもクラスのコと会話がたくさん出来てよかったじゃない」


「う、あ、ふぁい……」


着ぐるみこっちもいいけどさ、ぼくクオの顔見ながら話したいもん。ほらほら、出ておいて」


「はい……うぅ、視界が広がると思うと……緊張しそう、です」


「元の姿に戻るだけでしょ。恥ずかしがることないってー」


「……おまえはもうちょっと恥じらい持った方がいいと思うけどな」


「んー? なんの話だろう?」


 腕組みしてにらむノエルの指摘もルカは軽く受け流してしまう。


「──ぷは、」

 着ぐるみのために用意した専用ハンガーに胴体部分を引っかけて下から抜け出すと、クオはヘルメットを外す。


『⁉』


 その姿に、ルカとノエルは同時に目を見開いた。


 着ぐるみにこもった熱のせいか全身に汗をにじませているクオ。

 小柄ながら引き締まった肢体、胸から腰にかけて煽情的な隆起に富んだライン。肩からつま先にかけて、そのすべてが露わになる。


 というのも、下着姿だったからだ。


「先輩っ⁉ した、えっ、その恰好で着ぐるみに入ってたのかよ⁉」


 ノエルの声がひっくり返る。


「ふぁ、へ、はい」


 汗でおでこにはりついた前髪を拭いながら、クオはこくりとうなずく。


「衣装なので、みなさんと同じ、着替える感じで……あ、でもひとりで着れましたし、特に問題は──」


「服着ろーっ!」


「ひゃえええっ?」


 思わず叫ぶノエルに、クオは目を白黒させた。

 とまどいの空気のなか、ルカがなるほどとあごに手をやる。


「クオは衣装感覚で着ぐるみを着ていたってコトかあ。それで下着姿に」


「ルカおまえなっ、暢気のんきに納得してる場合じゃねえだろがっ」


「あ、あれあの、もしかして、わたし間違ってたんでしょうか……?」


 二人の反応を前に、着ぐるみの熱気で流れていた汗がにわかに冷える。

 ノエルは少し気まずそうに、おどつくクオを見やった。


「あのな先輩……着ぐるみって服着たまま被るものなんだよ」

「……ふぇい⁉」

「中が見えるわけじゃないから、問題ないけど……服は、着た方がいいと思うぞ」

「…………」


 どうやら人生初の着ぐるみを纏うにあたり、勝手に勘違いしてとんでもなく間違ってしまった──らしい。


 クオの顔面がさーっと蒼褪あおざめていく。


「どんまいどんまい、クオ」


 そんなクオの背中をルカが軽く撫でる。


「そんなに恥ずかしがることないって。たしかに着ぐるみから下着姿のクオが現れたときは、かなりびっくりしたけどさ」


「ひ……ひゃあああぁぁぁ……」


 次には露わになっている肌が一瞬にして真っ赤になる。

 勘違いして、間違えて、自分からあられもない姿になっていたなんて。

 クオは手にしていたヘルメットに頭を埋めながら、


「はははははひ、恥ずかしいです……わた、わたしったら下着姿で、こんな……」


「まあまあ。誰にでも勘違いはあるよー」


「そ、そうだな。中が暑いなら本番は体操服着ればいいし──」


 なぐさめやフォローをしてくれる二人だが、クオは赤くなるばかりだった。


 とそこへ。


 扉がノックされ、衣装係の女子たちが姿を現した。


「急にごめんねー! ちょっとノエルさんの衣装で追加部分の色合いを──て、あれ?」

「クオちゃん、まだ着ぐるみの中にいるの?」


 ルカやノエルも含めて、一同の視線がフクロウの着ぐるみへと向けられる。

 見ると、クオがフクロウ姿でその場に立っている。


 下着姿で着ぐるみに、という恥ずかしい失敗の発覚で咄嗟に着ぐるみに隠れたのだ。


「あ……っ、いやその、はい……えっと……」


「クオちゃん、その中暑くない? ちょっと気になってたんだ」


「ふぁあっ、いえあのっ、大丈夫ですっ」


「通気性は見直そうかと思ってたんだよね。いったん脱いでみてもらっていい?」


「…………!」


 何気ない問いかけに、クオは一気に凍り付く。


 ルカとノエル二人だけならまだしも(いや、かなり恥ずかしかった)、衣装係の子たちに、下着姿で着ぐるみを纏っていたなんて知られてしまったら……!


(ま、〈魔女狩り〉だって正体ばれるよりも恥ずかしいですーーーーーっ!)


 ヤカンだったら沸騰して音を鳴らしている。思考が過熱したクオは──


「ふゃ、あの、そのわたし……今から、ひとっ走りしようと。深い意味はないですがっ」


 ぽふ


 と、早口でまくし立てながら一歩踏み込むと──


 次には地を滑空するようにクオは高速で駆けていた。


 その後を追い、ひゅん、とつむじ風が教室の女子たちを撫でる。


 間を置いて。


『────えええええええっ⁉』


 唐突な逃走に、衣装係の女子たちが困惑する。


「え、ちょ、クオちゃん⁉ なんで⁉」

「どしたの急に、え、トイレとか? なんで? なんで着ぐるみごと?」

「いやでも着ぐるみに長いこと籠ってたら熱中症になっちゃうよ⁉」


 その言葉に皆が「あっ」と頷く。


「追いかけないとっ」「クオちゃーん!」「待ってー」「……て、いない⁉ どこ⁉」


 クオを見つけるべく、衣装係の女子たちが捜索を開始する。


 下着姿のクオ、そのまま逃走、みんなで追う──という目まぐるしい展開に呆気あっけに取られていたノエルとルカも動き出す。


「と、とりあえず探そう……本気で逃げる先輩に追いつけるかわかんねえけど」


「そうだねえ。クオったら、あのカッコで逃げ回ってたら余計目立っちゃうのになあ」


 なんとも緊張感に欠けた、しかしクオだけが必死であろう逃走劇が。


 なんか、始まってしまった。

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