13 衣装合わせ と 生きる道

 文化祭が近づいていた。


 クオたちのクラスは放課後になると舞台の練習と準備にはげんでいる。


 本番まで一週間。ついに舞台衣装が完成し、クラス内でお披露目となった。


「──着てみたけど、これでいいのか?」


 舞台衣装を着たノエルが、衣装係の女子に問いかけながら教室に現れた途端。


『っっきゃーーーーーーー!』


 黄色い声が一斉に湧き上がった。

 腰には模造のサーベル、羽飾りが揺れる帽子、胸元やそでにフリルを装った剣士の衣装を身にまとったノエルは、まさに『勇敢な騎士』そのものだった。


 きりっと引き締まった涼やかな容貌ようぼうと長い手足が衣装によって引き立ち、無言で佇むだけでスポットライトいらずの華やかさがある。


 教室の女子たちがわっとノエルに群がった。


「きゃー、やばー!」「ノエルさん素敵ですぅ!」「はああ、カッコよすぎぃ……」


 熱を帯び、とろける声が入り乱れるなか、ノエルは胸元のフリルに触れながら、


「サイズはぴったりだ。こんな短期間で作れるなんて、すごいな」


「はぁぁ……そんな、とんでもないよぉ、ノエルさんカッコイイ」


「本番でも大事に着るよ」


「はわぁ、嬉しぃ……本番だけといわず、ずっとそのカッコでいてほしいですぅ」


「さすがに帽子のままは授業中じゃまだろ。でもこのフリルも帽子の羽もヒラヒラしてていいな」


 うっとり見つめてくる女子へお礼をするように、ノエルはすっと羽付きのつば広帽子を取った。

 そんな無造作な動作がさまになり、トーンの上がった黄色い声がさらに弾けた。


『っきゃーー! 王子さまだぁーっ!』


「? あたし騎士の役だよな?」


 生真面目にも問うノエルだが、クラスの女子からするとどちらでも良い話だった。カッコイイから。


「ではお次は……『邪悪な妖精』の衣装でーす」


 衣装係の子が高らかに宣言して教室の扉を開けると、ひょいっと跳ねる足取りのルカが現れる。


「じゃじゃーん。どうかなー?」


 布地をいくつも重ねたヒラヒラのドレス。黒地にところどころ紫のレースがわれ、夜に咲く妖艶ようえんな花のようだった。


 ルカがくるんとその場で回って見せると、


『かわいいーーーーーーーっ!』


 再び、クラスの女子の歓声がひとつになった。

 ルカは少しおどけて一礼する。


「どうもどうも。イイ感じ?」


「超かわいいー!」「妖精っぽい羽よりレースがハマってる!」「妖精っていうか小悪魔風だ」「てか身体めちゃ細」「黒似合うねー!」


 ワイワイとルカを囲んで華やぐ女子たち。


 衣装のあちこちを吟味する彼女らが触りやすいよう、ルカはさっと手を広げ直立した。


「邪悪なのに素敵な衣装を作ってもらっちゃったよ。ありがとねー」


「そりゃそうだよー、ルカさんの役は『カーニバル』メインのひとりなんだから!」


「……ふーん、ドレス風か」


 他の女子とともに、花びらのように重ねられたすそに手を伸ばしたのはノエルだった。


「ヒラヒラが……たくさん付いてる……」


 きりっとした表情で布地を物色しているように見えるが、その目と声音には甘やかなものが混じっている。


 それを聞き逃さず、ルカはにんまりした。


「ふふー、かわいいでしょ。ノエルも付けてもらう? ヒラヒラしたやつ」


「……べつにっ。ヒラヒラは騎士には必要ないだろ」


「でもきみ好きじゃない。ヒラヒラとかフワフワとか──にゃーにゃーとか」


 途端、ノエルの耳が一気に真っ赤になる。


「……っ、騎士を演じるのにあたしが好きとか、関係ねえだろっ」


「そうかなあ。もうちょっとレース足した方が、きみらしさが出ると思うよ。ねえ?」


 ルカは傍らで衣装をチェックしていた子をごく自然に会話に混ぜた。


「──ん? ノエルさんの衣装もレース増やす?」


「いやいいよ。余計な仕事増やすし──」


「ぜんぜん、余裕だから大丈夫だよ」


 衣装係のその女子はにっこりしながらノエルの衣装にも手を伸ばす。


「たしかに、ちょっとカッコよさを重視して硬派になっちゃったからなあ」

「ブラウスと裾のフリル以外にも装飾あるといいよね」「ケープとか?」「あ、いいね、肩でファサーってなびく感じ!」「ノエルさん、付け足してもいい?」


 にわかに追加装飾で盛り上がる衣装係たちに、ノエルは反射的に頷いていた。


「ああ。汚さないよう大事に着るから。……ひらひら、あるのいいと思う」


「うんわかった! 可愛い感じに仕上げるね!」


 衣装をよりよくすべく、さっそく彼女たちは持ち寄ったレースの端切れを手に吟味している。


 その様子と自分の衣装とを見て、ノエルは頬を緩めていた。


「…………ふ」


「嬉しそうだねえ、ノエル」


 と、背後からこっそりルカが耳打ちしてきた。


「っ、なんだよルカ。ごちゃごちゃ横から言ってきやがって」


「きみがいつも堅っ苦しいから、ぼくから周りに水を向けただけだよ。

 衣装のヒラヒラだって、好きなら自分から気楽にリクエストしちゃえばいいのにさ」


「気楽とか、必要ない」


「おやおや?」


 ノエルはルカにしか聞こえない音量で呟いた。


「クラスには馴染んでいくけど、みんなとはある程度距離をとっておかないと。

 あたしには任務があって、それが優先だから」


「おやおや」


 クオとノエル。二人の王国軍特務絡みの事情を知るルカは小首を傾げた。


「心配なんてしなくてもいいと思うけどな。きみもクオも真面目なんだし問題ないでしょ。

 そうだ、さっきの衣装もヒラヒラ追加ついでに、ネコのアップリケ付けてもらおうよ」


「……ぶん殴るぞ」


 そろそろノエルの目つきが剣呑けんのんなものを帯びて来る。


 気にする風もなく、ぷくくとルカが笑っていると。


「──大丈夫? うん。──それではみなさまー、最後は『正義の使徒』でーす!」


 廊下で様子を確認していた衣装係が、教室の子へとアナウンスする。


 ガヤガヤしながら一同が扉に視線を寄せた。


 ぽふ


 そんな間の抜けた足音とともに、ずんぐりむっくりしたものが教室へと進み出る。


 ヘルメットに布をかぶせたフクロウの顔は、大きな目に先のとがったくちばしが絵本で見るデフォルメ画で描かれている。


 首から下は胸元をもっふりと膨らませ、足元にすとんと落ちる白の一枚布。骨組みがしっかりしており、枝に留まるフクロウのフォルムを見事に再現していた。


 歩くたびぽふぽふと音がするのは、ブーツの靴音を消すために巻いた布からの不思議な音だった。奇しくも緩い佇まいのフクロウに馴染んでいる。


『すごーーーい! 着ぐるみだー!』


 驚き混じりの歓声が一気に湧いた。


 途端、フクロウの内側がびくーっと震えるが、クラスの女子たちはフクロウを取り囲むように四方八方からその姿を眺めまわした。


 衣装係リーダーの女子が自信満々の表情でフクロウの着ぐるみの横に立った。


「ふっふっふ。どう! 白フクロウ! 何気に自信作! 意外と造りはシンプルなんだ」

「すごーい!」「胴体の部分、どうなってるの?」

「傘の骨を使って土台にしたの。ちょっとグラついてるかな──どうクオちゃん。動ける?」


「はいっ。大丈夫ですっ」


 フクロウ内部からの声はくぐもっているが、返答は素早かった。


「視界悪くない? 頭重たいから重心が心配かも」


「あ、問題ないですっ。頭を一切揺らさず歩くことで安定させられますっ」


「そうなの? なんか難しいコトやってるような……。

 まあ問題ないなら音声確認してみよう。ちょっと喋ってみてー」


「はいっ、あ、えと、それじゃあ劇の台詞を……。

『我は正義の使徒なりっ。智と教えで迷えるものを導き、暗き道を照らし、勇気ある者を称える。なんじあるべき姿を自ら選びたまえっ』」


『おおおー!』


 歓声と拍手が巻き起こる。


 クオが声を張っていたので、被り物越しでもよく聞き取ることができた。


 いやむしろ──


「先輩、普段よりハキハキ喋れてる気がするな……」


「ふふー、ぼくの目論見もくろみ通りだ。ヒトと目が合わないとクオの緊張が和らぐんだね。台詞も完璧だし」


 そんなノエルとルカの言葉通り、正直、普段の制服姿よりも人とのやりとりがとてもスムーズだとクオは感じていた。


(こ、これが……緊張しないでできる人とのやりとりだとは……!)


 人づきあいは大の苦手。緊張するし人と会話なんて真っ当にできないと思っていた自分が。


 フクロウの着ぐるみをまとうことで、かつてないほど流暢りゅうちょうに他者とやりとりできている……!


 もしや、これが自分のあるべき姿、生きる道というやつなのだろうか?


(そうか、わたし……一生着ぐるみ姿で生きていけばいいのでは……っ!)


 着ぐるみの中でひとり閃く。


 自分の「生きる道」を見出し、目を輝かせるクオだが──


 もちろん、そんなことにはならない。



 むしろ現時点で自分が重大な問題を抱えていることに、クオはまだ気づきもしていないのだった。

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