11 役者の相関 と 本心の行方

「お待たせしました! 台本、完成でーす!」


 文化祭まで残り二週間を迎えた放課後。

 脚本係リーダーのアンナが演劇台本を演者にささっと配っていく。


「原作にある騎士の成長とか、お姫様との恋も削って三部構成にしてみました!」


 アンナとともに脚本を配って回りながら、クラス代表のマルティナが満足そうにうなずく。


「脚本係サイコーだよっ。ぶっちゃけセット造りもラクだし、台詞覚えるのも簡単だからみんなお得だよっ」


「意義ナーシ」「あはは、お得な演劇だって」「話のメインはやっぱ騎士と妖精だもんね」


 台本を受け取りながら、のんびり会話を交わす演者たち。


 そのなかでクオは真剣な面持ちで台本に目を通していく。


 ──『カーニバル』の大まかな流れとは。


 王国で名を馳せた『勇敢な騎士』が各地で魔物退治に活躍。あるとき、騎士はひとりの村人に出会い、洞窟に封印されてしまった地主神じぬしがみを助けてほしいとお願いされる。


 実はその村人の正体は『邪悪な妖精』だった。妖精は大昔、人間に封じられた仲間を解放するために里で風車を壊したり人の怪我を引き起こして「不吉なたたり」だとうそぶいて回っていたのだ。


 そうして「祟りを解くには洞窟にいる地主神の解放が必要」だと『勇敢な騎士』をそそのかす。


『邪悪な精霊』の話を信じた『勇敢な騎士』が、封印を守っていた聖獣と戦おうとしたそのとき、『正義の使者』が現れる。使者は正しい知識を説き村人や騎士を導く。


 騎士は村人や聖獣とも力を合わせ『邪悪な精霊』を倒すのだった。


「──こうして『邪悪な精霊』は討伐され、人々は『祝祭』をする。

 勇気と知恵を合わせ、王国はますます栄えるのでしたとさ。めでたしめでたし」


 クオのかたわらで台本を眺めていたルカが、最後の台詞をのんびり音読した。


「うんうん、シンプルな勧善懲悪は後味がいいねえ」


 自分はやっつけられる役なのに、なぜか満足そうだ。


「特にこの、中盤が楽しみだな。ぼくがあれこれ言ってノエルをだましていくとこ」


「ちょ、ちょっとハラハラします、けど……」


「ぷくく、にやにやしながらノエルを唆すなんて楽しみだなあ」


 ルカは早くも企みの笑みを台本の端から見せているので、クオは落ち着かない。


「で、でもっ、騙す役柄でも、あんまりからかいすぎるのはダメですよ、ルカ」

「ええー、ぼく、思い切ってアドリブでノエルを騙してみちゃおっかな──なーんて」

「よよよ、良くないですよっ、騙すのはっ」


「──誰を騙すって?」


 二人の背後から、すっと声が挟まって来た。


「ひょあっ、ひょっ、ノエりゅっ」


「おお、噂の本人登場だ」


 思い切り動揺して声をひっくり返すクオの横で、ルカはにんまり含み笑いだ。


 両極端な二人の反応を、ノエルはすっかり慣れた目つきで眺めやる。


「二人とも余裕みたいだな。芝居の方は問題ないのかよ」


「ひぐ」


 クオは反射的に小さくうめいた。台詞覚えはともかく、演技は不安要素が山積みなのだ。


 その一方、ルカはへらっとした笑みで、


「大丈夫大丈夫。ノエルに適当なことそそのかすのが楽しみだなあって話してたんだ。

 正体を隠してあれこれ騙すなんて、ぼくのハマり役だと思わない?」


「どうだかな」


 ノエルは目を細めた。


「あたしも邪悪な存在を討伐するくだりは気合いが入りそうだ。覚悟しとけよ、ルカ」


「おおー、さすが勇敢な騎士だ。くわばらくわばらー」


 にわかに凄みを帯びるノエル。

 だがルカはえへらとその迫力を受け流している。


(はわわわわわわ……)


 クオはひとり、震えてしまう。


 実はルカは魔女でノエルは〈魔女狩り〉──と知っている以上、表面にあるもの以上の剣呑けんのんを感じ取ってしまう。


 ルカともかく、ノエルはルカをどう思っているのだろう?


 魔女ルカの秘密を受け入れてくれたものの、時折穏やかではない気配でルカを見ることがあるし、監視として『慣れ合うつもりはない』という姿勢を貫いている。


(急にノエルの気が変わって、ルカを討伐する──なんてことは、ない、ですよね?)


 むくむくと芽生えた不安が、クオの内心を覆っていく。


(ふ、ふたりとも、な、仲良く……あ、でも役柄としては敵同士になるわけで……ど、どうしようどうしよう……)


「ぷふふー。ひとつよろしくねー、ノエル」


「……ふん」


 にこやかなルカに厳しい目つきを返すノエル。

 そんな二人を見比べつつ、クオはひとり落ち着かない。


「…………はわひわ……」


 自分が思っている以上に『正義の使者』の役割は重たいものになりそうな気がした。



 ◆◆◆



 ライノはゆっくりと拳を下ろした。岩のような指関節から血がしたたり落ちる。


「簡単な使いをしくじったな」


「……ぅ…………ぐぁ……」


 殴打の餌食となり足元で突っ伏す、血塗ちまみれの男のあごをライノは爪先で持ち上げた。


「学園で探りを入れる前に生徒に見つかり逃げ帰った。失敗したとバレる前に町から抜けようとした──悪手だったな、なにもかも」


「……す、すみ、ません……っ!

 ですが命令のッ、〝目印マーク〟の方は、ほとんど設置したんですッ、本当です!」


 男は必死の形相で手にした麻袋を掲げた。

 その中身がたてた金属音に、ライノは冷たい声で呟いた。


「──ほとんどだと。大半残ってるじゃねえか」


「! 学園施設内のッ、人気のない所に設置したんですッ。ですが、作業途中で学生に出くわして──ぎゃあッ!」


「それで用事も満足にこなせず、学生相手に武器を使ったわけか」


 爪先にあった男の顎を蹴ると、部屋の端で直立していたもう一人の男を見る。


 ライノの視線に、電流でも浴びたように男は震えあがった。


「……! お、お許しをっ、すんませんッ、そいつの援護をするつもりだったんですッ。威嚇すれば学生が逃げるかと──」


雷銃トールスクロプを使ったな」

 ぼそりと呟く。


 次の瞬間。ライノは部屋の端に立つ男の前に立ち、そのふところから雷銃トールスクロプを奪い相手の眉間に向けていた。


 一瞬にして起こったことが多すぎる。直立していた男は微動すらできなかった。


「…………!」

「言ったはずだ。この得物は特殊な分、足がつく。使い時に注意しろと。

 そんなにてめえの腕前を試したかったか?」


「フフ」


 緊迫に、軽薄な笑いが挟まれた。


「わかる、わかるよぉその気持ち。特別な軍用武器だもの。チャンスがあれば引き金を引きたくなっちゃうよ。ねえ?」


 窓辺で様子を眺めていたクエンティンが、手を広げ小首を傾げながら割り込む。。


 ライノは刃物のような目つきで優雅なポーズをとる青年を見た。


「お前か。こいつらに雷銃トールスクロプ渡したのは」


「だってさ、せっかく高い金払って軍の横流しを手に入れたんだよ? 実際の使用感とか知りたいじゃない。知的好奇心が人一倍旺盛なのは僕のキャラなのさ。仕方がないよ」


 クエンティンは悪びれもなく言ってのけた。


「──だったら今、ここで試してやろうか」


 ライノが男から奪い取った雷銃の引き金に指をかける。


 銃口の先に立つ男が「ヒッ」と息を引きらせた。


 するとクエンティンは立ち上がり、大仰な仕草で肩をすくめてみせる。


「でもさぁ、そこの二匹が学園でのお使いに失敗しちゃった──それだけだろう? 丹念にお説教して殺す必要までもないさ。可哀想に、ねぇ?」


 みやびやかな声音には温かみすらある。死の縁にあった男たちは、動物のようにカウントされたことも忘れ、高級スーツ姿の青年に慈悲すら見出す。


 ライノだけが怜悧れいりだった。


ろくに探索もできず〝目印マーク〟設置も不充分。しかも生徒に目撃され雷銃トールスクロプの存在まで知られた。生徒が騒げば学園全体は警戒する。学園理事には軍人どもも絡んでいる。

 つまりは学園内での工作が困難になったことを意味しているんだよ」


「あーはぁ」


 短い相槌を打った、クエンティンの声の温度が急激に下がる。


「それは……実に罪深い。

 ──死で償え」


『え』


 室内で痛みと恐怖に戦慄していた二人の男の声が重なった。


 次には閃光がほとばしり、直立していた男の胸部に黒穴が開いていた。


「────あ、アァアアっ⁉」


 殴られて床に倒れていた男が、突然の光景に悲鳴を上げる。

 ライノがその騒音を塞ぐように銃口を向けると。


「ライノ君、ストップ」


 クエンティンが右手を上げた。


「ちょっと試したいことあるんだよね」


 そう言って懐から取り出したのは、鈍い銀に光る半球体の金属だった。


「……っ、ヒッ」


 発作のような呼吸を繰り返す男の頭の上に、ひょいとそれをたわむれのように乗せる。


「はい、動かない」


 殴られてぼろぼろの顔が凍り付く。その頭頂部に載せられた金属は何かの作動を示すように青い光を明滅し始めていた。


 クエンティンは部屋の隅まで距離を取ると、ひょいとライノへてのひらを向ける。


 ライノは何も言わず、持っていた雷銃トールスクロプを手渡した。


「実は僕、拳銃なんて野蛮なもの持ったことなかったんだよね」


 しかしその所作は流麗だった。腕を伸ばし、ぴたりと銃口を「的」にえ、細長い指を引き金に欠ける。


「ところが、そんな僕でも百発百中が可能になるのさ」


 軽やかに言うと同時に、雷銃トールスクロプは発砲された。


 白閃の後、床の上には頭部の上半分が吹き飛んだ男の死体が出来上がる。


 クエンティンはご機嫌に頷く。


「──そう、この貴族お手製の〝目印マーク〟があればね」


 狭い室内とはいえ、銃撃は見事命中。実感した手応えに彼は満足する。


 銀の半球体は雷銃トールスクロプの〈雷浄ルーメン〉を磁石のように誘引ゆういんする機能がある。


 これさえあれば、初心者であろうと、どれほど離れていようと、神がかった命中が可能となる。実に貴族らしい優雅な発明品だった。


「さて。僕のトモダチが作ってくれた〝目印マーク〟の機能を確かめられたけど──学園での作業は途中だったんだよね?」


「仕切り直しだ」


 ライノはクエンティンから雷銃トールスクロプを受け取りながら、冷ややかに答えた。


「無能が余計な波風をたてたせいでな」


 例の学園で元王国軍少将マクミランが開発した新型兵器──使いに出した二人には、その隠匿いんとく場所である地下の軍事施設への探索と〝目印マーク〟の設置を命じていたのだが……結果はゼロどころかマイナスだ。


 所詮は寄せ集めだ。


 犯罪事を躊躇ためらわないやからを周辺地域から集めた〝新興しんこう集団〟。

 この集団を取り仕切っているのがライノであり、活動資金を提供し土地の押収をはじめとする知能犯罪を指揮しているのがクエンティンだった。

 二人の目的は──学園に眠っている新型兵器の奪掠だつりゃくもしくは破壊。


〝新興集団〟は学園での工作に貴族が関わっていることを徹底的に隠すための囮であり、捨て駒として構成されたかりそめの組織でしかない。ゆえに組織名はない。


 使い捨てることが前提だからだ。


「元より僕は有象無象には期待していない。

 肝心なのは目的の達成と──引き金を引くこと。だから正直、ライノ君が仕事してくれれば充分なんだ。

 元軍人で軍を憎み破滅を望む──そんな君の精神を見込んでいる。

 僕は君のこと同志だと思っているんだよ」


「勝手にしろ」


 聞こえのいい台詞をライノは一蹴する。


 二人にとっては今さらだった。お互い情に通じる結束感など持ち合わせていない。


 クエンティンも気を悪くした様子もなく、ひょいと床の死体を見やる。


雷銃トールスクロプって意外と血が出るんだね。てっきりき焦げるものかと──おっと、死骸の血がそこの荷物に染みないようにしてくれたまえ。汚いだろ」


 彼が指差した部屋の隅には、大型の木箱がうずたかく積まれている。


 中身は銃火器だった。ある軍人から横流しさせたもので、軍にしか使用が許されていない雷銃トールスクロプなど〈雷浄ルーメン〉式兵器もある。


 魔女戦争終結により、戦果を得る機会を失った軍人など金をチラつかせれば実に容易く抱き込めた。軍が独占していた〈雷浄ルーメン〉の技術すらも。


 物騒な重火器を使って暴れる人員もまた、旨味のある話と金で簡単に徴集できる。


 あとは抵抗を許さぬ暴力で束ねれば、即席の集団の出来上がりだ。


 ライノは「おい」と扉の外にいる者を呼び出した。


 扉が開かれ、強面を緊張させた男たちが現れる。しつけられた犬のような素早さだった。


 ライノは三人に室内の死体二つを顎で指し示す。


「始末しろ」

「……はい」

「近日中に町で軍と警官を相手することになる。準備をしておけ。貴様らの手がもげようと暴れ回ってもらうからな」

「はい」

「他の連中にも伝えろ。逃げても無駄だ、町から抜ければ全員殺すと」

「はい……っ」


 一同は強張った表情で頷き、死体処理に取りかかった。


 ──辺境で、危険だが報酬付きの美味い話がある──そんな言葉につられて集められたごろつきたちだが、ライノの実力行使とクエンティンの冷酷な指揮によって今や彼らは完全に恐怖に支配されていた。

 なにかに利用されている、と勘付く者もいただろうが手遅れだ。

 気付けば「しくじれば死」という鉄則により、彼らは集団を構成する部品と化していた。今逃げようものなら、足元の死体と同じ末路を辿る。


 暴力に生きる者は、より強く凶暴な力にまれる運命しかないのだ。


「さて。では僕は別の拠点に移動しようかな。こんな血腥ちなまぐさい建物で寝泊りは勘弁だ」


 クエンティンはハットを手にすると、死体を片付けている連中を差し置き部屋を出る。


「ライノ君、学園の調査は済ませておいてね。〝目印マーク〟設置も途中だろう? 頼むよ」


 拳銃の形にした指先をライノに突きつけ、ウインクする。


 うすら寒い挙動にライノは醒めた目を返すだけだが、クエンティンは返事も待たずにその場をあとにした。


 つい先程死んだばかりの男が手にしていた麻袋の


 それらを学園に設置することと、例の兵器所在の調査──


 無能どもに任せず、ライノ自ら出向いた方が手っ取り早いのは確かだった。



 ◆◆◆

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