10 学園の不審者 と 監視の少女たち
◇◇
ノエルが不審者を発見したのは、偶然だった。
舞台のセットを製作する道具係の手伝いで用具室から戻る道すがら。
学園の中心を貫く並木道を歩いていると。
別館前に、人影があった。
茂みに覆われた別館は
あの別館は、いわくつきだ。
約ひと月前、元王国軍少将であるマクミラン・アロンダイトが独自に進めていた新型兵器開発の施設を
兵器開発に利用されかけたクオや、それに巻き込まれたルカ、そして命令のもとで陰謀に加担したノエルにとっては因縁がある場所だ。
ノエルは一気に警戒を強めた。
鉄柵越しに別館を覗き込んでいる者は、見知らぬ男だったからだ。
「──なにしてんだ」
ノエルは木箱を片手に不審者へと近づく。
男がぎくりと肩を震わせて振り返る。
見覚えのない顔だ。それに特徴のない顔ともいえる。
薄汚れた作業着姿に、中肉中背、日焼け混じり、茶髪。
手には麻袋を握りしめている。中身がガチャリと金属音をたてるが、中身は判らない。
「学園の校務員……じゃないよな」
ノエルは相手を見る眼を鋭くする。男は答えず押し黙っていた。
「不法侵入者なら、警察か軍に突き出すぞ」
「……っ」
途端、男は踵を真横に切って一目散に逃走し出した。
木箱を足元に置きノエルは
「……ぐがっ」
倒れた男の片腕を後ろに回して抑え込むと、その背中向かって、
「この学園に金目のものなんてないぞ」
忠告するが、ただのコソ泥だとは思えなかった。
こいつは別館を嗅ぎ回っていた。軍事施設のことを探っていた可能性がある。
「ぐぅ……っ、くそがっ」
男は諦め悪く身じろぎし、抑えられていない方の手をなんとか
拳銃を取り出した。
「──!」
ノエルは目を
対魔女戦力〈
(こいつ──軍人か⁉)
一瞬驚くも、ノエルの近接戦闘の動きによどみはない。銃を持つ相手の手首を瞬時に
「ぐぎゃあッ」
「──ただの不審者じゃないな。軍人ではなさそうだけど」
悲鳴を上げる男に、冷たい声を浴びせる。
火薬弾丸を使う拳銃ならまだしも、
そんな武器を手に作業着姿で学園に忍び込み、別館周辺を徘徊していた──
不審者への警戒レベルは急激に跳ね上がった。
ノエルはうつ伏せに抑え込んだ男の両腕を背中でさらに極める。
「どこの誰だ、おまえ」
「……ぅぐッ、」
呻き声が弱々しくなる。もう抵抗はしないだろう。
仲間に通信を入れて、軍事関係者にこいつを引き渡すか──
思考を巡らせたその瞬間。
ノエルは上半身を大きく
「────!」
鋭い
銃の発射された方向を見る。人影はない。
数十メートル先に学園の敷地を区切る煉瓦の壁があるが、それは老朽化と
相手は壁の向こう、学園外部から狙ってきた。
身構えたノエルを、さらに雷閃が襲う。
突っ伏した不審者をその場に、ノエルは大きく後ろに跳んだ。
威嚇射撃だ。不審者と距離を離されていくが、
その隙に不審者は立ち上がり、麻袋と
その背中が煉瓦壁の割れ目の向こうに消えると、威嚇もぱたっと消え失せる。
「…………」
ノエルはしばらく煉瓦壁を
久々に味わうひりついた空気だった。
ノエルは目元を険しくすると、木箱を手に本館に向かった。
学園の屋上では、二人の少女が並んで腹ばいになっていた。
学生服とは異なる格好は人目を引くが、屋上には彼女ら以外の出入りはない。
「ヒマすねー、今日も」
「退屈すぎてオレそろそろ神経が腐れそうすわ」
少しクセのある
「えひひーマジそれー。この調子だと明日もヒマじゃん、絶対」
傍らで、二つ結びにした
うーんと伸びをする彼女に、黒藍髪の少女が半眼を向ける。
「ユークリッド、サボってんすか?」
「えー? ティマが見張ってくれてるからべつに大丈夫じゃーん」
「…………」
自分の毛先を指先でくるくるいじりながら日向ぼっこを始めるユークリッドを
学園の教室で、他の生徒に紛れているひとりの少女に視線を据える。
クオ・アシュフィールド。
〈魔女狩り〉最強の兵士であり、特殊任務で学園に在籍している少女だ。
ユークリッドとティマは彼女を監視すべく派遣された〈魔女狩り〉の隊員で、ノエルが率いる部隊班〈スクルド〉に属している。
二人は軍幹部の計らいで屋上を貸し切りにして監視任務にあたっていた。
リーダーのノエルを含めた〈スクルド〉三名、隈なく監視任務を遂行しているものの、肝心の
ぶっちゃけ、退屈なことこの上ないのだ。
「ていうか、こんなん監視っていうか覗き見じゃーん。文化祭だって、いいなー」
「そうすね。まあオレらには関係な──」
そこで二人は同時に気配を察知し、顔を上げた。
屋上の扉が開き、現れたのは工具入り木箱を持ったノエルだった。
その姿を見るや、ユークリッドはがばっと勢いよく跳ね起きた。
「わーい、リーダーだぁ!」
「珍しいすね、リーダー。まだ学生活動の時間なのに。何か問題すか?」
「まあな」
学園内を
今後も警戒すべき状況だ──
そんな話を聞くにつれユークリッドは、目を
「え、マジで? 物騒じゃん、排除したーい! ちょうど退屈だったしー」
監視対象に目を
「ハーシェル・ドラウプニル大佐には報告しますか? あの大佐が特殊任務の担当者なんすよね」
「報告は入れる。ただ、状況次第ではあたしらで不審者たちに介入していくつもりだ」
ノエルはきっぱりと言った。
「相手は軍用武器を持った危険な連中だ。また学園に出没する可能性も高い。応戦や排除が必要になればすぐに動く。
あたしらの特務と関係ない場合でも二人に動いてもらいたいんだ。頼めるか?」
ひと月前の地下軍事施設での一件以来、ノエルは自身で状況判断を下し、仲間と情報を共有するようになっていた。
己の信条たる『任務に忠実であること』に、ひとつ、意識を加えた。
何を大切にしどう行動するか、自分で考えて決めることにしたのだ。──先輩のように。
そんなリーダーの姿勢に、ユークリッドとティマは目配せし合う。
「えひひー。もちろんウチらはソッコーで動くよ。リーダーのためなら」
「むしろ色々タスクくれた方が助かるんすわ。ぶっちゃけ退屈すからね、この特務」
「──だよな」
吐息混じりに、ノエルは頷いた。
真面目過ぎる先輩の監視。少人数とはいえ、諸々持て余しているのが現状だ。
せめて二人が学園で身を隠す必要なく監視に動ける立場があれば──たとえば、校務員とか寮官に就くとか……。
「あたしから大佐殿に掛け合ってみるか……」
ノエルは独り言ちると、ポケットから小さな袋の包みを取り出した。
「手強い戦闘より退屈な監視の方が二人には
これ、差し入れ。クッキーだけど食べるか?」
それはチョコソースでネコの絵が書き足されたクッキーだった。昼休みに購買で発見し、二人のためにと購入したものだ。
「えええー! マジー⁉」
「リーダー超やさしいす。すき」
二人は目の前のネコ絵入りクッキーに飛びつき、すぐにバクバクと食べだした。
その間ノエルがふと目をやると、窓越しに見える
厳しく監視すべき要素などまるでない。
その一方で、別の不安要素に遭遇してしまった。
軍用武器を手に学園を
自分の任務に関わりがなかろうと、見過ごすわけにはいかない。
ノエルは胸の
監視対象である先輩が、平穏無事に学園で過ごすため。
そして近づいている文化祭を成功させるためにも。
学園は自分が守らなければ。
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