9 身体の採寸 と ふれあいの嵐

 クオは石化の呪文でも浴びたかのように硬直する。


 状況はかつてなく過酷だった。


 今、クオは──巻尺やメモ用紙を手にしたクラスの女子たちにわいわいと取り囲まれている。


「それじゃあクオちゃん、両手広げてー」


「ふわっ、へぁ、ふぁい!」


 クオは素早く両手を水平に広げた。


 十字の体勢になったクオの腕に、女子の一人がさっと巻尺をあてる。


「えーっと、身長とー、背中の長さとー、あと他なんだっけ?」

「頭のサイズじゃない? ほら、フクロウのマスクをヘルメットに被せるから」

「あ、そっか、クオちゃん頭の周りも測るねー」


「ふぁ、い!」


 全身カチコチのクオを、女子たちが採寸してはメモをとっていく。


「おおー、クオの情報が色々明らかになってるね。頭のサイズかあ」


 そんな光景を、先に採寸を済ませたルカが机の上で胡坐あぐらをかいて眺めていた。


 ──文化祭の出し物やそれぞれの役割が割り振られ、クオたちのクラスはさっそく翌日の放課後から準備を開始していた。


 舞台はゼロからの製作だ。セット造りや衣装、脚本担当など各分野のリーダー指揮のもと、てきぱきと進行されている。


 脚本が出来るまでの間、演者であるクオやルカたちは人手が必要な道具係などを手伝ったり、衣装作りに関わっていた。


「ルカさんやノエルさんの衣装だと剣とか背中の羽とか、アイテムで役どころが判るから、『正義の使徒』も一発でフクロウだって判る姿にしたいよねー」

「やっぱり着ぐるみじゃない?」

「だよね、大きくてデフォルメできて、判りやすいもん」

「大きめのマントをベースにして……でも動きにくいかなあ。頭のマスクもあるし──」


 活発に意見を交わす衣装係の女子たち。

 そんな彼女らの輪の中心に置かれ、クオは動悸どうきをバクバクさせていた。


(ひぅぅ……っ、だ、でっ、でも立っていないとっ。意識を保たないとっ。軍の幹部会議のような、立ったまま気絶なんて事態は絶対に回避しなければ……っ)


 しかし緊張で呼吸がうまくできず、頭から酸素が失われていく。


 そろそろ目が回ってきた、そんなところで、


「ふうん、着ぐるみかあ。これなら安心だね、クオ」


 ひょいと女子の輪に入ってメモをのぞき込んだルカが笑いかけてきた。


「これなら全身隠れるから、舞台に立っても緊張しないよ?」


「──ひょ、そうなんです、か?」


 意識が薄らぎかける寸前、「全身隠れる」の言葉で我に返る。


「うんうん。だって着ぐるみに隠れてるようなもんじゃない」


「でっ、ですが人には見られているような……」


「そりゃあ気配はあるだろうけどさ、『見られてる』って状況はクオから見えにくいでしょ。特に頭はフクロウのマスクを被るわけだから、視界も狭いだろうし」


「……た、たしかに……」


 大勢の気配を感じるのは避けられないとして、視界に入らなければ緊張も緩和かんわされるかもしれない──


 クオは自身の着ぐるみ衣装に光明を感じ、こくこくとうなずいた。


「そうかもしれないですっ。着ぐるみ、良さそうですっ」


「わ、本当? クオちゃん。着ぐるみでいけそう?」


 採寸をしていた衣装係リーダーの女子が、クオの反応にぱっと顔を上げた。


「ひゃ、ひゃいっ。いけますっ、大丈夫で、す」


 人が何気なく会話に加わる──そんな自然な流れもクオにとっては不意打ちだ。驚きのあまり力の入れ所がおかしな相槌になってしまう。


 しかし気にめる者はなく、むしろみな一様に頷き合っていた。


「よかった! じゃあクオちゃんの衣装は着ぐるみにしよう!」


 はーい、と衣装係が唱和し、リーダーが着ぐるみのラフデザインに丸をつけている。


 良い感じにまとまったようだと、クオも内心ほっとする。

 採寸が終われば、この取り囲まれ状況からも脱することが──


「でも残念だなあ。クオはもう他の部分の採寸しないってこと?」


 女子のメモを再び覗き見ながら、ルカがぽつりと問う。


「ぼくやノエルは、色々な部分測ってたけど」

「そうだね、二人はぴったりした衣装にする予定だから細かく測ったの」

「ノエルさんって、ほんとにスタイルいいよねー。足の長さとか、ほらっ」

「うわ、長ぁ! やっぱかっこいい!」


 測定した数値を目に、女子たちがきゃいきゃいと黄色い声をあげている。


 ちなみに物語の主役格のノエルは採寸後、道具係の手伝いのために今は屋外に出ていた。


 クオの監視のために学園に生徒として在籍している立場だが、基本ノエルは生徒として至って自然なふるまいに徹している。

 たとえノエルの目が直接クオに及ばずとも不備はない。彼女が率いる班〈スクルド〉の班員が学園の屋上で常時クオを見張っているからだ。

 万全の監視体制で、ノエルは完璧な「普通の生徒」を実現している。


(わたしも、ノエルみたいに上手にできれば……)


 同じクラスの女子たちのなかで未だに緊張が抜けない自分の不甲斐なさにうつむいていると。


 ルカがクオの腰に手を回していた。


「ふゃうっ⁉」


「ついでだからさ、クオのこともあちこち測ってよー」


 ルカの呼びかけに、女子たちはすんなり頷いた。


「うんいいよー」


 と、ノエル、ルカに続いてすっかり採寸に慣れた様子の女子たちが作業をする。

 再びクオの周りを女子が取り囲む状況となった。


「じゃあまず、ウエストから」

「ひゃう、」

「ヒップと──太ももは──」

「ひょわ、」

「うわー! クオちゃん美脚っ。みんなみてよこの太もも!」

「どれどれ?」「わ、ほんとだキレイ!」「ていうかなんかエローい!」


 クオのスカートのすそをめくった女子たちが、感心した声をあげながらクオの脚を眺めている。


「へぁうわわわわわ……」


 再び石化状態のクオは、身体をあちこちを見られ触られ、測定されるがままだ。

 声が出るだけ幾分マシになっている。呼吸も止まらないので気絶はしない。


 ただ、恥ずかしさで顔がどんどん真っ赤になっていた。


 そんなクオの身体を触れたり眺めながら、女子たちは「おおー」と盛り上がっている。


「クオちゃんて実はスタイル抜群だったんだねー」

「そうそう。クオはただのフカフカじゃないんだよ」


 なぜかルカが得意そうに頷く。


「クラスで一番小っちゃいのに、やっぱなんか……エロい!」

「──ふふー、きみたちもついにクオの魅力に気づいたかー」


 人に囲まれて目を回しているクオに代わって、なぜかルカはしたり顔だ。


「よかったね、クオ。褒められてるよ。

 せっかくだからスタイルの良さが際立つような衣装に変えてもらっちゃう?」


「ふぇい⁉」


 とんでもない提案をされ、クオは弱々しい小声で早口に捲し立てた。


「そっ、それはこまりますっ。わたしの姿が見えない、着ぐるみでお願いしますっ。

どんなに巨大でも鋼鉄の鎧でも大丈夫ですっ。舞台で上手に動きますのでどうかっっ」


「そんないかつい衣装じゃフクロウになれないって」

 ルカは呆れながら、クオに耳打ちする。

「じゃあちゃんとみんなにお願いしなよ。自分から言わないとさ」


「ふ、ふぁひ……」


 クオはわやわやと盛り上がっている女子たちに向き直ると、大きく息を吸った。


「あ、あのすみませんっ。いしょ、衣装、着ぐるみで……わたしの姿が見えない方で……よろしくお願いしまふ、す……」


 なんとも情けない朦朧もうろうとした口調。しかしただの返答ではなく自分からクラスの子たちへと喋りかけることは達成できた。


 クオにとっては着実な進歩と言える。


 そんな渾身こんしんの発言を女子たちは気楽な調子で受け入れるのだった。


「うん、任せてクオちゃん」「可愛い着ぐるみにするよ」


「あ、あり、ありがとうございます……」


 クラスの女子たちといつもより会話が出来た気がして安堵していると──


「ふふー、良かったねクオ」


 身体測定の仕上げとばかりに、後ろからルカが抱きついて来た。


「ふゃ」


「クラスのみんなとも、すっかり仲良しだ」


 腑抜けた声のクオの肩にあごをのせ、薄い笑みのルカは満足そうだった。

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