6 棒読みお芝居 と 弱いふり
路地の角を曲がると、人通りのない行き止まりの空間に複数人が集まっていた。
狭い路上を圧迫するように立つ三人の男に囲まれているのは、クオと同じ制服姿の少女だった。立っているのがやっとの様子で震えている。
少女を取り囲む男たちに向かい立ち、クオに背を見せているのはルカだった。
いつもと同じ、緩やかな声で男たちに向かって話している。
「──しょうがないな、じゃあ代わりにこれあげるからさ。そんなコワい顔しないでよ」
と、手近な男へ持っていたものをひょいと手渡す。
「あ?」
反射的に男が受取り
それは先ほど買ったばかりのミルクライチだった。
「ナメてんのかくそガキャア⁉」
怒りの
「きゃあっ」と悲鳴をあげ、囲まれていた少女がその場にへたり込む。
ルカが素早く彼女の肩を支えて起こした。
「寄り道とか買い食いせずに、このまままっすぐ寮まで走って帰るんだよ」
「は……はい……」
涙でくしゃくしゃになった顔のまま少女は
クオは慌てて道を開け、入れ替わるようにルカのもとへ歩み寄った。
「おやおや、クオだ」
緊張感の欠片もない声で、ルカが手を振ってくる。
「あ、あのルカ……どうしたんです?」
「このヒトたちがさっきのコ相手にカツアゲをしていたんだよ」
ルカは無遠慮に三人の男たちを指差しながら、
「小さくて弱いコに目をつけては、狭い路地で脅してお金を巻き上げてたみたい。
なんにもできないコ一人相手に三人だよ。いやいや、勇ましい話だねえ」
「邪魔しやがって……」
奥に立っていた、一番厳つい身体つきの男がバキボキと
相手の
「学生どもが……学校通う余裕があるならカネこっちによこせって話だろが」
理屈にもなっていない言い分で迫る男に、ルカは肩をすくめた。
「ええー。お金ならさっき果物買ってすっからかんだよ。せっかくミルクライチあげたのに、ブン投げて台無しにしちゃってさー。ひどいや」
「………………このガキ……!」
男は固めた拳を大きく振りかぶると、ルカに向かって突進する。
クオが動いた。
ルカの肩に手をやり壁際にすっと押しやると、入れ替わるように男の前に立つ。
振り下ろされる拳よりも速く、男の
カシンッと控えめな打撃音が起きる。
真下から男の顎を
「……ッ⁉」
鋭く脳を揺さぶる衝撃に、男は
そこでクオが、「あ」と思い出したように口を開く。
「ひゃ、わー」
一応、『普通の生徒』らしい悲鳴──のつもりだった。
動かない男を前に残る二人が驚き、すぐさま襲いかかってくる。
「んだこのガキ──っ」
無防備に佇むクオの近くにいた方の男が、その胸倉を
「ひゃー」
クオは小さな悲鳴──のような間の抜けた声とともに身を翻すと、伸ばされた男の腕を取ってくるりと
男の身体があっさりと宙に浮き、次には横の壁に叩きつけられていた。
「ブゲッ⁉」
投げられた衝撃がもろに顔面を襲う。
潰れた声を上げ、二人目の男はそのまま昏倒した。
「なっ──テメこのッ!」
残るひとりが懐から取り出したナイフを手に突っ込んで来た。
クオはその刃先の動きを見ると、
「うわー」
棒読みな声をあげ、ナイフを持つ相手の手首を蹴り上げた。
弾かれたナイフが背後の壁に刺さる。
「ぎゃっ⁉」
痛みによろめく男の横っ面に、クオは掌底を叩きつける。
目にも
静かになった裏路地に──
「おおー」
ぱちぱち、とルカの拍手が響いた。
「すごいなあ、クオ。三人もいたのに一瞬だ」
「こ、こわ、こわかった、です……」
ふぅ、とクオは胸をなでおろした。
〈魔女狩り〉として叩き込まれた近接戦闘でクオの右に出る者はそういない。相手の頭数がいくら増えようと問題なかった。
クオが極端なまでにこわがっていたのは、相手の睨む目や
「はっ、早くここから撤退しましょう」
クオは落ち着きなく辺りを見回すと、ささっとルカを後ろから押すようにして路地裏から立ち去る。
「おやおや、さっきのヒトたち、また起き上がっちゃうかもよ?」
「た……たしかに、警察や軍関係者に報告を入れた方がいいとはおもいます、けど……」
国内の治安は警察局と軍事局によって維持されている。先ほどの三人も生徒を恐喝した罪で警官あたりに突き出すべきなのだが。
「あんまりその、目立った行動をすると咎められるかもしれない、ので……」
クオは特殊任務のために学生として過ごしている。騒動に関わるのは好ましくないし、〈魔女狩り〉が暴れたと目を付けられるような事態は避けたかった。
王国軍にはクオを兵器として廃棄処分したがっている幹部も多い。
編入初日に、学園を襲ったテロリストを成り行きで制圧し人質を助けたことがあるのだが、その時もずいぶん厳しく、問答無用に処分しようとしていた幹部がいた。
「な、なので、今回はあくまで、たまたま通りすがりに暴漢に遭遇して、慌てて逃げようとした動きで偶然にも全員気絶した、という運びにしようかと……」
「ぷははっ、それはちょっと無理があるんじゃないの?」
「そっ、そのために驚いたり悲鳴を上げている芝居を入れてみました、のでっ」
クオの言葉に、ルカは思わず振り返った。
「待って待って。もしかして……途中に言ってた『ひゃー』とか『うわー』ってやつのこと?」
「あ、そうです……」
「なんであくびみたいな声だしてるの、て思ったよ」
「……へぅ……」
どうやらお芝居以前の問題だったらしい。
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