2 喜劇 と キャスティング
クラスメイトの視線が挙手した指先をひらひらさせたルカへ集まる。
「文化祭の演劇でやる『カーニバル』って、どんなおはなし? ぼく詳しく内容知らないんだよね」
「あ、そっか! 南東部でしかあんまり知られてない演目なのかも!」
ウルラス学園は王国の各地方から身を寄せ、寮生活する生徒も数多い。
マルティナは教卓に手をつき、眼鏡をくいっとあげると説明を始めた。
「南東部アウリス地方出身の劇作家ベルナルド・マルゼイが五十年前に創作した喜劇だよ。
人に化けた『邪悪な妖精』が『勇敢な騎士』を
マルティナは役のひとつである『正義の使徒』の板書部分を指で示しながら、
「この使徒っていうのが、フクロウの姿をしてるんだ。
ほら、ウルラス学園って校章のモチーフがフクロウの翼だから、学園の文化祭の演目とも結びついてさ、なんか良い感じでしょ?」
「ふんふん、なるほど」
ルカは薄い笑みで頷き、
「そういやなんで学園の校章ってフクロウなんだろね?」
何気ないその問いに、クラスの女子は顔をきょとんと見合わせた。
そういえば。この羽がフクロウのものだとは聞いたことあるけど──
「──あっ、それは……フクロウは智恵の象徴だから、です」
反応したのは、なんとクオだった。
立ち上がった状態のままだったが、任務のため頭に叩き込んでいた学園に関する知識があったので、
「フクロウは『森の賢者』とも呼ばれる猛禽類でして、『智恵を手にして世に羽ばたく子女を育む』という学園の象徴として採用されたそうです。
今回の演目の『正義の使徒』がフクロウの姿をしているのも、賢いもの、智恵で導くもの、天啓のように舞い降りる、という要素を表現するためだと聞き及んでおります」
クオは学園だけでなく、文化文芸に関わる知識も幅広く習得している。
修学は〈魔女狩り〉を束ねる王国軍幹部アビゲイル・ブリューナク大佐の意向だった。その気になれば学園卒業も叶う学力をクオは備えている。
よどみないクオの解説に、クラスの女子がいっせいに「おぉー」と感心した声をあげる。
「クオちゃん、詳しいんだね」
マルティナが嬉しそうに声を弾ませた。
「『カーニバル』のこともそんなに詳しく知ってるなんて、実はけっこう演劇好きだったりするのかなっ」
「……えうっ?」
へんな声を出すクオだが、周りは徐々に顔を見合わせ始めていた。
「クオちゃんはもう知ってると思うけど、『正義の使徒』って終盤に出番が限られてるわりにすっごい長台詞だし、重要な役回りだしで、配役に難儀すると思ってたの。
どうかな、クオちゃん。この演目とか内容に詳しいし、『正義の使徒』の役やってみない?」
「ひゃえ⁉」
クオは思わずぶるぶると震える指で自分を指し示す。
「わ、わた、わたたた……わたしがっ⁉」
「うん」
マルティナは屈託なく頷いた。
「さっきの丁寧な説明の感じ、『正義の使徒』の雰囲気っぽい気がするんだよね」
「ふぁ、な、ななな、なんと、そんな……っ」
あたふたするクオ。一方で、周りも「なるほどたしかに」と頷き合っていた。
「たしかに、クオちゃんなら賢い役って似合うかも」「さっきの説明も、普通に感心しちゃったー」「こないだの試験も一番はクオちゃんだったよね」「あー、たしかに!」
わいわいと盛り上がる女子たちの流れが、完全にクオへと向けられていた。
今回の演劇のクライマックスを担う、重要な『正義の使徒』役に。
「えと、そのあの、はわ、はわひわわわ……えと、その……」
クラスメイトには嫌な役をクオに押しつける、といったやましい雰囲気は皆無だ。
だからこそなおさら、クオは断る勢いを失っていた。
人前に立って、
それはクオにとって、魔女たちの一斉攻撃を遥かに
でも。
頼まれたのならば、任せられたのならば、引き受けるべきでは──
ものごとへの真面目な姿勢と責任感ゆえ、クオにそんな思いが
「あれ、クオちゃん大丈夫? もし無理だったらいいからね?」
マルティナが心配そうな声を寄せる。
気付くとクオは首を縦に振っていた。
「は、はい…………や、やります、です」
まだ動揺の残る声ながら、クオは重要任務を授かったかのように、確かな口調で続けた。
「こ、この度
か、かか必ずや役割をやり遂せるべく、死力を尽くす所存、です」
「わあ、なんか賢そうな台詞付き⁉ ありがとうクオちゃん!」
わーっ、とひときわ盛り上がる歓声とともに、拍手が上がった。
(あわわわわわ…………よ、よりにもよって、舞台に立つ任務、とは……っ。ど、どどどうしようどうしようーっ)
文化祭の大舞台で人々の注目を浴びて演劇の役者として立ち振る舞う、なんて。
特殊任務を上回る過酷な状況であることは間違いない……!
真っ青な顔でふらっと着席したクオの様子に、入れ替わるようにルカが立ち上がって挙手をした。
「はーい、じゃあぼく、その『邪悪な妖精』の役とかやってみていい?」
おおっ、と今度は別の歓声が上がる。
物語を
人懐っこさとミステリアスな雰囲気を共存させているルカに『邪悪な妖精』はまさに適役だとクラスの一同は
「いいと思うー」「異議なーし」「むしろ賛成ー」と、口々に賛成の声が上がり、マルティナも満足そうに頷いた。
「では『邪悪な妖精』の役はルカさんで!」
わーっ、とまた拍手と歓声があがる。
「ま、何かあったらうまいことフォローできると思うからさ」
「……! あ、ありがとうございます、ルカ」
自分から前に出るタイプではないルカがわざわざ役者に立候補したのは、自分のためだと気づいてクオは涙目になった。
命の恩人でも見つめるような眼差しに、ルカはにんまりと笑みを返す。
「たのしみだなあ。クオ
……ちょっと面白がっているような気もする。
とそこで、誰ともなく声が上がった。
「じゃあ、『勇敢な騎士』はノエルさんがいいと思う!」
「……!」
指名され、少し驚いたように目を見開いたのは、長身の少女だった。
「騎士ってこの演劇の主役だろ? あたし演技の経験なんてないのに、いいのか?」
「もちろん! みんな演技なんて経験ないもん。ノエルさんが差し支えなければ!」
マルティナに続いて、熱っぽい声があちこちから上がる。
「勇敢な騎士とか、絶対似合うよっ」「ひゃーん、かっこいい台詞とか言ってほしー」
「……そうなのか」
ルカとはまた別に、ノエルもまたこのクラスでは注目を集める人気者だった。
無骨で飾らない
その立ち居振る舞いはまさに騎士のようで、黄色い声が上がることもしばしばだ。
ノエルは少し戸惑ってはいたが、教室の後ろにいるクオとルカにちらりと目を向けると、一瞬だけその眼差しを
「……まあ、見張るにはちょうどいい役回りか」
ぼそりと
──実はノエルはクオと同じ〈魔女狩り〉の隊員で、クオのことを監視している。
クオの特殊任務には、鉄則の条件が附随していた。
〈魔女狩り〉の力を一切使わないこと。
〈魔女狩り〉の正体を隠し通すこと。
もしもクオが条件に背けば容赦なく粛清する。ノエルはその役割を担っているのだ。
クオと同じく表向きには素性を隠してはいるものの、時折垣間見せる気迫にクオが気圧されることもしばしばだった。
ノエルは何事もなかったように皆に頷いて見せる。
「じゃあ、『勇敢な騎士』っていうの、やるよ」
「わー、うれしい! 絶対似合うよ、ノエルさんっ!」
マルティナの言葉に同意するように、ひときわ大きな拍手と歓声が沸き起こった。
みなが笑顔を見合わせて、文化祭の出し物である演劇『カーニバル』のメインキャストの決定を喜んだ。
その後、他のキャストも順調に決まったところで──
「──では、文化祭準備は代表のマルティナさんと、各係リーダーのもと作業をすすめてくださいね」
それまでクラス会議を静観していた担任のマルグリットが柔和な声で告げた。
「工具は学園のものを借りられますので、使う時は私に言ってください。あと、買い出しが必要な場合にはリーダーから申請をするように。
あ、外出時は必ず私に一声かけてくださいね。最近とくに繁華街は危ないので──」
準備に関わる諸々の注意事項にみなが「はーい」と唱和していく。
こうして。
気楽に笑うルカが『邪悪な妖精』になり。
油断ない視線をクオへと送るノエルが『勇敢な騎士』となり。
早くも緊張で動悸を乱しまくるクオが、『正義の使徒』を演じることとなった。
秘密を持つ少女たちによる舞台。
〝喜劇〟が、開幕する。
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