七月三十一日水曜日

一文字零

七月三十一日水曜日

 さて、十八年余りの人生を送ってきたちっぽけな僕が、たった今起こってしまったことに関して、ことの発端から振り返りましょうか。

 僕はこの街で生まれ育って、現在に至るまで一回も引越しというものをすることなく過ごしました。小中高全て公立で、この時代は様々は進路選択が許されているものの、結果として、両親には経済的な負担をあまりかけない形になりました。

 小学生の頃はやんちゃで、いつも両親や担任の先生を困らせていました。

 中学生の時は、初恋の人ができましたが、三年間の想いは、実りませんでした。

 高校生になると、部活をやっていなかった僕は暇を持て余し、ちょっとした刺激を求めながらのろのろと生きている日々を送っていました。すると、転機は突然訪れるものだということを痛感する、ある出来事がありました。

 一年前のことでした。僕に好きな人ができました。その子は僕とは違う高校に通う一歳年下の女子で、友人伝に知り合いました。恥ずかしながら僕は彼女に一目惚れをしてしまったので、僕は彼女に絶えず連絡を取りました。僕の友人は皆、急激に親交を深めていく僕と彼女に対して冷やかしをしました。ちょっと鬱陶しかったのですが、少しばかり嬉しかったのもまた事実でした。

 そして、この街で毎年開催されている大花火大会の日、僕は彼女に告白をしました。それはそれは緊張しましたが、彼女の返事はその緊張に見合ったものでした。僕と彼女は恋人同士になったのです。知り合ってまだ二ヶ月しか経っていない頃のことでした。

 僕は彼女の笑顔が大好きで、彼女を笑わせようとしていつもの様に冗談を言いましたが、彼女はいつも愛想笑いでした。僕がつまらない人間であることは自分でも理解していましたが、それでも彼女の笑顔が見られることが嬉しかったのです。

 僕は彼女に対してとても尽くしました。記念日や彼女の誕生日、バレンタインの日には贈り物をしました。彼女もお返しをくれたりして、僕達の仲は一層深まりました。

 僕は中学時代の失敗からも分かるように、恋愛に関してはとてもとても不器用だったので、とにかく尽くして彼女のことを肯定してあげることで精一杯でした。まるで彼女の犬でした。しかしそんな僕の足りない脳が入った頭を、彼女は黙って撫でてくれるのでした。

 僕はますます彼女にのめり込みました。このままじゃ勉学もおそろかになって何も手に付かなくなることを危惧しながらも、彼女を抱きしめる手を解くことは出来ませんでした。

 今年の三月、志望校が決まらず、そのくせふらふら彼女と遊んでいた僕を、僕の周りの人達は、もう少し未来を見なさいと叱ったのです。僕は高校生のうちに彼女と共に心中してしまうことも本気で考えていて、彼女もその事に賛成していたのですが、受験勉強や部活動の大会に励む友人の姿を見て、僕はこのままでいいのかと、立ち止まって考えるようになりました。まるで、長い夢から覚めたような気分でした。そして遂に、僕は彼女と一旦距離を置き、彼女の犬となることをやめ、未来に向けて進み始めました。彼女とは恋人同士のままではいたのですが、ごく自然と、彼女への気持ちが薄れていきました。

 そんな日々を送り始めてから四ヶ月が経とうとしていた頃、僕と久しぶりに遊ぼうと、彼女から連絡が来ました。僕は正直言って迷いましたが、たまにはいいだろうと思い、頭を縦に振る事にしました。一週間後に予定を入れ、彼女のことを想うと、最近は彼女に申し訳ないことをしているなと感じざるを得ず、一週間後は最初に一言だけ謝っておこうと考えました。

 そして久々のデート当日、僕はとびきりのお洒落をして臨みました。待ち合わせ場所は何故か人気のない公園でしたが、彼女となら出会う場所なんかは何処でもいいので関係はありませんでした。

 僕は既に公園で待っていた彼女に手を振って近づきました。その時、僕は彼女の異変に気付きませんでした。

 僕は、いつものように彼女を抱きしめようとしました。彼女には笑顔がありませんでした。

 彼女が持っていた包丁が、僕の腹に突き刺さったのは、よく晴れた七月三十一日の水曜日のことでした。僕は彼女を抱きしめた結果、自らその包丁に刺されに行ったのです。当然ですが、全くもって予想していなかったこの事態に、僕は目を見開いて驚きました。そしてその直後から、僕の腹に音もなく入った包丁の冷たさを、腸で感じました。

 さて、僕の振り返りもとい走馬灯はここで終わる訳ですが、僕は最後に後ろに倒れ込み、意識が遠のく中、彼女の方を見て「大好き」と言ってからこの世を去ることにしました。

 しかし彼女が足で押し込んだ包丁が、更に僕に深く突き刺さり、痛みで何も言えぬまま、僕はその短い生涯を終えることとなったのでした。

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七月三十一日水曜日 一文字零 @ReI0114

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