しふぉん?今店に検事さんが来て指名が入っています。
書類送検されたので検事からの取調べを受けていた。録画や録音がされていてとても良い事だと思った、これまで密室の中での出来事であったことが民間人の目に触れる機会ができたのは良いことだ。取調室には警察での取調と異なり私物の持ち込みが許可される、ただICレコーダーなどによる録音は禁じられる。私はこれを許可してもよいと思う、問題がある取調が行われればすぐに個人情報に関わる部分を削除して公開するべきだと考えるから。
取調べが進むうちにそのうち検事から「あなたの学生でもないし、議論をするつもりはない」と言われた、とても正しい姿勢で職務に臨んでいると感じ、好感が持てた。「パクられた!」で書いた魏書二十六満寵傳と裴松之せんせえの注釈のところを思い出してもらいたい。
ただ幾つか気になる点があった、まぁ議論するつもりがないそうなのでここに纏めておく。記憶、検事さんは十年前の書き込みであってもそれを見れば思い出すことができる、というような事を言っていた。Loftus & Palmer (1976, J. Verb. Learning Verb. Behav.)の実験で、誘導するように質問を行うと容易に相手の記憶を改竄できている。 そのため私は自身の記憶というものをそこまで信頼していない、神経細胞にアクセスして記憶を取り出している以上、記憶想起をするたびに劣化する。そのためbiim兄貴リスペクト動画のRTAでガバが出たときの他人事解説のようにならざるを得ないのだ。
名前、姫百合しふぉんとして発言しているのは匿名ではないだろう。多分、創作を長くしている人やネットに長くいる人ほど、ペンネームやハンドルネームは自分の名前の一つだと認識しているだろう。実際、オンラインゲームや創作などの仲間うちで会うときはしふぉんとかしふぉんニキとかみたいな呼ばれ方するし、なんなら私をしふぉん呼ばわりする学生もいたくらいだ。この名前で作品という名の電子のゴミの発表を続けている以上、分かつことのできないもう一つの私の名なのである。StuG IIIの四人組みたいなものだ。
また議論では名前とそれに付随するバックグラウンドがどうとか言っていたが、議論は内容が重要であり名前ははっきりいってどうでもいい、個体が識別できればよいのだ。Ising模型というものを聞いたことがある人は多いだろう、二つの配位状態をとる格子点、そして隣接する格子点のみの相互作用を考慮する統計力学における模型だ(例えばSelkeが提唱した拡張して二つ先の隣接まで考えた悪魔の花的相図を作るモデルはAxial Next Near Neighbor Ising Modelと呼ばれたりする)。これは多くの現象の理解を助けた。さて、Ising模型の原著はIsingの指導教員であったLenzによって提唱された(Lenz, 1920, Phys. Z.)。んで、その研究を続けたIsingの名前にちなんで(Ising, 1925, Z. Phys.)今日ではこう呼ばれている、当時は博士課程の学生であった。学問に於いて権威は意味が無くその事績に意味がある、つまり名が事績を為すのではなく、事績が名を成すのだ。もし権威が重要視されているのならば今日にBoltzmannの業績は残らなかっただろう、議論の相手はあのMachだったわけで。まぁとは言っても人は権威主義的な面を持つ生き物で、Boltzmannは結果として命を絶ってしまったわけだが……。
ただまぁ、私は起訴されれば有罪となるだろうし、そのことには納得している。「そこまでRigidにやっていない」、とのことだが、まさにそうであるから。警察の取調べでもそんな感じの話をした覚えがある、私が言う様に確実な証拠が必要である場合そうやっていたら多くの事件を有罪とすることは難しいと、人世において運用的にはそうせざる得ないことも理解できる。向こうが持っている証拠は、私のツイッターアカウントが私のものであるという証言、及び、スマートフォンでログインできているという事実。名誉棄損と判断された投稿前後にあったログインIPが私の自宅のものであったということだ。まぁ私の意見としては投稿のIPと端末のログが無ければ、その投稿が私の手によるものだとは言えないだろう(もっと原理主義的な弁護士の意見でそもそも発信者情報開示請求で得た発信者情報は真の発信者とは言えない、とのことだが)、なのだがまぁ、運用的にはある程度の傍証を以てして事実と見做すことにする気持ちも分からんでもない。私は思うのだが裁判に用いる「事実」という言葉をもう少し正確に「事実だと見做すもの」だとか「準事実」とかにすればよいと思う。私がこの辺りでやたらと反発するのは事実という言葉をあまりにも軽々しく扱っているからという点が大きい。
あと記録の削除を拒むのは古い専門書にある論文にあたろうとして戦前のものだと存在してなかったりするという私の生業による部分もあるのだが(ある物質の物性を調べていたら測定実験が戦前のZeitschrift fürうんちゃらで……という経験が)、趣味としての漢文読書に由来するものがある。私はいわゆる情史類略でいうところの情外類のテのものを見るのが好きだ。韓非子や戦國策、國語等で散見され、太史公書では態々佞幸傳を立てて纏めてある。さて、陳寿による三國志には佞幸傳がない、しかし裴松之によると魚豢の魏略にはあったらしい。それの引用で魏武が孔桂という少年を寵愛していたこと、また芸文類集には魏明帝が曹肇を寵愛していたということが記されている。が、魏略は散逸しているため私たちはその全文を読むことができないのだ。
最後の方に「自分が起訴されて有罪になったことをネットで公開されたらどうしますか?」と聞かれたので、自分のホームぺージには賞と外部資金という項目があるのでそこを賞罰に変えて書きますと答えた、他人の犯罪歴のarchiveを貼ったことで訴えられているのでそうするのは当然だろう。あと責任とは覚えていることではなく、有罪であることが納得できる理由であるのならば受け容れることだと思う。
検察での取調は基本的には警察の送った調書の確認であってそう長くは掛からない、私の場合、午前九時半に始まり、午前十一時ごろには終わった。
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