瑠璃の宝石
瑠璃の宝石はおすすめの本だ。ただ綺麗な石を集める鉱物オタクの話ではなく、科学としての石集め趣味をテーマにした漫画で、岩石鉱物学やってる人のうち野外の人ってこんな感じなんだなというのが分かると思う(私もその分野を良く知ってるわけではないが)。目的の鉱物の収集のために、その存在場所を推論していく過程は読んでいてとても面白い。ただ読んでてどうしても気になる点がある(ナギさんの雰囲気は博士課程くらいっぽいのに修士なこととかではない)。
岩石カッターを使うときに髪を結んでいないこと。自分は修士くらいまではまだ実験をしていて、岩石カッターやその他回転する工作機械を用いていた。私は髪が長いのだが、ちゃんと纏めるように教わった。当たり前だが、振り向いたりすると髪が暴れて巻き込まれたりして危険だからである、現場猫になってしまう。薄片室というのは回転する工作する機械まみれなので髪は結んで欲しいと思う一方、作画の都合もあるので、んにゃぴ……。ちなみに姫百合しふぉんは単結晶石英を岩石カッターで切断するときにびびりまくっていた(バルクのものを切って、なんかちょうどいい厚さに削って、超音波加工機で切り抜いて実験で使うパーツにするために)、それに対して作中の瑠璃さんはめっちゃ肝が据わってると思う。あれ怖いでしょ。
薔 薇 輝 石。
私はこの和名はとても良くないと思う。電子軌道なみに良くないと思う。電子軌道はElectron Orbitalの和訳であるがOrbitalは軌道様のものであって軌道ではない。軌道だと古典モデルのままなんだよなぁ……。例えば密度汎関数理論はDensity Functional TheoryのFunctional部分をちゃんと汎関数と区別しているのにどうして……。
まずは輝石とはなんだという話から始める。輝石、Pyroxeneは多分造岩鉱物の中でキラキラしてるから輝石と呼ばれている(適当)。PyroxeneはPyro(火)のXenos(余所者)から来ていて、火成岩の初生鉱物ではないと勘違いされていたことから来ているらしい(鉱物・宝石の科学辞典、2019、朝倉書店)。珪酸塩鉱物はSiなどの酸性(?)陽イオン(以降Tと書く)が酸素四つと結合した配位四面体単位と、塩基性陽イオン(以降Mと書く)がより多くの酸素に囲まれた構造単位が組み合わさってできている。SiO4四面体は頂点の酸素を別のSiO4四面体と共有して網目構造を作るが、塩基性酸化物の量比の増加によってその重合度が低下する。
輝石はTO2とMOが一対一の鉱物で、TO4四面体が鎖状構造を取っている……、で済めばよい話なのだが、更に条件が付いていてそれを満たすものを輝石と呼んでいるらしい。鎖が伸長する方向は結晶のある軸に平行しているが、例えば四面体の中心はその軸に平行な基準の線から周期的にずれる。例えばそのずれる幅を1とすると、01の順に並ぶものを輝石と呼んでいる。
さて、Wollastonite(CaSiO3)の和名は珪灰石であって灰輝石ではない。Wollastoniteは鎖状構造を持っている。何が違うのか、それはずれ方が輝石と異なるのである。Wollastoniteの鎖状構造は0-10の順に並んでいる(この後の議論の為に反転させておく)。こうした輝石組成で、鎖状構造を持つが周期の異なるものをPyroxenoid(準輝石)と呼ぶ。Rhodonite(MnSiO3)の和名は薔薇輝石である。構造としては010-10の周期、つまりPyroxeneとWollastoniteの積層を繰り返している、つまりはPyroxenoidなのである。構造に関しての話はKoto et al. (1976, J. Japan. Assoc. Min. Petr. Econ. Geol.)に詳しい。
輝石構造を持つEnstatite(MgSiO3)、Diopside(MgCaSi2O6)、Johansenite(MnCaSi2O6)、Jadeite(NaAlSi2O6)、Petedunnite(CaZnSi2O6)Supodumene(LiAlSi2O6)はそれぞれ頑火輝石、透輝石、ヨハンセン輝石、ひすい輝石、ピートダン輝石、リシア輝石としてある。準輝石のWollastoniteやPyroxmangiteは珪灰石やパイロクスマンガン石と呼ぶのに、おなじく準輝石のRhodoniteに薔薇輝石という和名をつけた理由、コレガワカラナイ(歴史的経緯によるものだと考えられる)。
僕は"Rhodoniteは"好きです。3d5であるManganezeらしいひねくれた結晶構造に対して愛らしい薔薇色の結晶。ちなみに瑠璃の宝石3話で出てくるPyrite、様々な組成でPyrite構造をとる鉱物があるがこれでもManganezeを含むものはトレンドから離れる傾向がある、これはTokuda et al. (2019, Zeits. Krist.)に詳しい。
珪酸塩鉱物というものは奥深い、SiO4四面体の網目構造のせいでスカスカ♡酸化物の末路♡で多彩な構造が現れるため外形だけでなく結晶構造まで可愛らしいものが多い。それを眺めたい人はアリゾナ大学のページ(https://rruff.geo.arizona.edu/AMS/amcsd.php)で好きな結晶を検索してcifファイルをダウンロードして、門馬さんのページ(https://jp-minerals.org/vesta/en/)からVESTAをダウンロードして眺めてみるのも良いだろう。どうでもいいけどカクヨムはsuper/subscriptを実装しろ
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