その4 非日常の始まり─前編─
地震のあとは特にトラブルも無く、無事に入学式が終わった。拍手で送られながら教室に戻ったあと、詩穂ちゃんに話しかけてみた。
「ねぇ、入学式で入場するとき、もしかして転んだ?」
すると詩穂ちゃんは驚いた顔をして言った。
「千春さんは気づいていたんですか!?でも、それだと…。おかしいです。」
そう言うと詩穂ちゃんは左腕を組んで右手を握って顎に当てた。不思議なことが起きたときや、考え込むときによくやるポーズだ。
「えっ?何がおかしいの?」
不思議に思い聞いてみると、もっと不思議な答えが帰ってきた。
「なぜ、千春さんや他の皆さんは助けてくれなかったんですか?」
「えっ!!?嘘!?だって、えっ?私は転んだことに気づいたけど、次の瞬間画面が切り替わったみたいに詩穂ちゃんが歩き始めたから、慌てて追いかけたんだよ?」
私の答えを聞いた詩穂ちゃんは、もっともっと驚いて、目を大きく開いた。
「…一旦状況を整理しましょう。まず、私は靴紐を踏んで転んでしまいました。ここまでは大丈夫ですね?」
「うん。転んだとこ、しっかり見たよ。」
「次に、私は転んだときに、周りはどんな顔をしているか、恥ずかしくなってつい辺りを見回しました。すると、周りの生徒、つまり千春さんたちは、私を置いて何事もなかったように歩いていました。」
「えっ!!でも、そんなことないのに…。」
「それは分かっています。私も、まさかこの3人が私を置いていくわけないと思いました。それに、他の保護者の方々も千春さんたちの方を向いて拍手を送っていました。我に返った私は、他のみんなのことを急いで追いかけたんです。」
「そんな…。私と一緒だ!」
「えっ!?」
今度は私が詩穂ちゃんに説明する番だった。
「あのね、詩穂ちゃんが転んだとき、私、びっくりしちゃって。立ち止まっちゃったの!でも、周りの人はみんなこっちなんか向いてなかった…。」
「そんな…。どういうことでしょう。全く分かりません。」
珍しく詩穂ちゃんでもお手上げだ。かくいう私も全く意味が分からない。まるで…。
「…あのときだけ、私たち、幻を見ていたみたい。」
「そんな…私は信じません!例えば金縛りとか、UFOとか、世の中に起きる超常現象の大半は科学的に証明がされているはずです!なのに…今回のことは、幻とでも言わないと説明がつかない…!?」
そう言うと、詩穂ちゃんは頭を抱えてしまった。大分混乱している。私は、詩穂ちゃんを落ち着かせるためにあることを思いついた。
「そうだ!紗穂ちゃんとか山田さんは何を見てたか聞いてみたらどう?あの2人なら何か見てるかも!それにほら、詩穂ちゃんがよく言っている…その…なんだっけ?」
「客観的視点、ですね?」
「そうそれ!!」
よし、いつもの詩穂ちゃんに戻ってきた。
「そうですね。どんな現象にも、何かしら理由があるはずです。今この教室には…あの2人はいないみたいですね。…よし、行きましょう!!」
そう言うと詩穂ちゃんは勢いよく立ち上がってドアに向かっていった!
「ちょっと!?どこに〜!?」
私は、慌てて詩穂ちゃんを追いかけた。
詩穂ちゃんと私が早足で向かっている途中で、紗穂ちゃんに出会った。
「あれ?詩穂たちどうしたの?」
「実はね、入学式のとき不思議なことがあって…。」
私は歩きながら紗穂ちゃんに説明した。
「なんだって!!?よし、あたしもついてく!!」
どうやら紗穂ちゃんは何も見ていないようだ。こうして3人で向かったのは、中学校の正門だった。入学式に参加した保護者が、続々と帰っている。
「ねぇ詩穂、どうしてここに来たの?」
「そもそも、客観的視点というのは神様でもない限り絶対にあり得ません。」
「えっ!?そうなの?」
私は驚いた。
「人間には誰でも、記憶違いや解釈の仕方、さらには人それぞれの信念というのがありますので。しかし、それを言うと切りがありません。この世の全ての証拠が信じられなくなりますから。」
「確かに…。」
紗穂ちゃんと2人で納得する。
「なので、裁判などの証拠が大事になってくる場面では、機械などの人間よりさらに客観的視点をもった証拠が採用さらることが多いです。」
詩穂ちゃんの解説を聞いて、私は考えた。詩穂ちゃんが言おうとしていることは…?
「…う〜んと、え〜っと、つまり…分かった!!詩穂ちゃんは、私たちの親が撮った動画を見ようとしているんだ!」
「正解です。」
詩穂ちゃんはとても嬉しそうだった。
「…ねぇ、どういうこと?」
紗穂ちゃんがおずおずと聞いてきた。
「えっとね、入学式のとき、色んな人が入場する私たちを撮ってたから、もしかしたら私たちの親が、詩穂ちゃんが転んだ瞬間をカメラに収めているかもしれないってこと!」
この説明で、紗穂ちゃんも納得がいったようだ。
「なるほどね!じゃあ、絶対詩穂を撮っているはずのパパとママを探したほうが早いってことか。それじゃ、探してくる〜!!」
そう言うと、紗穂ちゃんは人混みの中に紛れていった。
2人共、本当に行動力は人一倍あるなぁ。
私はまた、心の中で呟いた。
「見つけてきたよ〜!!!」
紗穂ちゃんはすぐ戻ってきた。後ろには、紗穂・詩穂ちゃんのお父さんたちを連れている。
「なんだい3人とも、急に僕たちを引っ張ってきて。」
この人が紗穂ちゃんたちのお父さん。小さい頃から交流があったので、桃瀬パパと呼ばせてもらっている。
「もう、クラスを抜けてきてもいいの?」
この人が、紗穂ちゃんたちのお母さん。こちらも同じように、桃瀬ママと呼ばせてもらっている。紗穂ちゃん詩穂ちゃんは、目元はお父さんに似ていて、声だったり顔だったり、その他の部分はとてもよくお母さんに似ている。と、私は勝手に思っている。
「お父さん、私が入学式の入場をしているときの動画ある?」
詩穂ちゃんが桃瀬パパに聞いた。
「ああ、もちろん。なんだい、そんなことなら家に帰ってからでもよかろうに。」
そう言うと、桃瀬パパは背負っていたリュックからビデオカメラを取り出した。詩穂ちゃんが受け取り、3人で取り囲んで再生する。
「ああ、紗穂たちもついに中学生か。早いなぁ…。」
「あなた、泣くのはまだ早いわよ。…ほら!紗穂よ!!」
「本当だ!紗穂がちゃんと歩いてる!!小学校のときはあんなにふらふらしてたのに…!」
「あら!詩穂も、歩き方に迫力が出てるわよ!」
「本当だ…。思い出すなぁ、6年前を。詩穂は堂々としていたんだけど、歩いていた途中で転んじゃって、泣いちゃったんだよね…。」
「そうそう!おかげで集合写真も顔が真っ赤になっちゃって…。」
ありゃ、隣りにいる2人共、顔が真っ赤だ。でも、そろそろ詩穂ちゃんが転ぶシーンのはず。みんなで固唾をのんで見守る。
…ところが、いくら見ていても詩穂ちゃんは転ばない。私が見たような座り込むようなシーンもない。
「お父さん!!ちゃんとこの動画撮れてるの?」
詩穂ちゃんが食い気味に聞いた。
「…あぁ、撮れてるはずだよ?」
焦っている詩穂ちゃんに、桃瀬パパは困惑している。
「でも…そんな…私、入場のときに転んだでしょ?」
「うん、小学生の頃の詩穂は本当にしっかりしてたんだけどね…」
「そうじゃなくて、今!中学校の入学式!」
「えっ!?詩穂、また転んだのかい?」
私たちは驚いた。
「確かに私は転んだはずなのに…なんで?」
また考え込む詩穂ちゃんを、桃瀬パパが不思議そうに見ていた。
「何かできることがないか、見落としがないか、もう一度考えましょう。」
桃瀬パパ・ママと別れた私たちは、教室に戻ってきていた。とても騒がしいので、話を聞かれる心配はまず無いだろう。
「うん。この事件、絶対絶対なんかおかしい!ただ事じゃない感じがする!!」
紗穂ちゃんはやる気たっぷりだ。
「そういえばさ、山田さんどこだろ?」
私は2人に問いかけた。
「確かに。こんな大変な事件があったのに、直幸が首を突っ込まないなんておかしい!」
「山田さんは千春さんの後ろにいたわけですから、何か見ているかもしれません。」
「でも、教室にはいないよ。」
「私たちは、教室をでてから帰ってくるまで、校舎をグルっと1周してきました。その間、山田さんには1度も会っていません。」
詩穂ちゃんが記憶を辿りながら言った。
「それって…。また何か問題を起こしたってこと!?」
紗穂ちゃんが勢いよく立ち上がった。驚いた周りの人が振り返ってくる。
「紗穂ちゃん落ち着いて!まだそうと決まったわけじゃないんだから。」
「そっか…。でも、直幸ならやりかねない。職員室行ってチラ見してこようよ!」
紗穂ちゃんが廊下に向かおうとしたとき、前のドアが開いて川村先生が入ってきた。
「はいはい、席に座って。」
みんなが一斉に自分の席に着く。私の隣は空いたままだ。
「これからの予定を話します。まず、今日はこのまま下校です。そして土日を挟んだ月曜日は、8時25分までに登校してください。持ち物は、筆記用具と今から配る書類です。保護者の方に書いてもらって必ず月曜までに提出してください。何か質問はありますか?」
教室が静かになる。山田さんのことを言うか迷ったけど、詩穂ちゃんたちはなにも言わないらしかったから、私も静かにしていた。
「大丈夫そうですね。それでは帰りのあいさつをします。起立。」
ガタガタと椅子がなる。
「さようなら」
「さようなら!」
リュックを持って廊下に走る人、友達とゆっくり帰る人、色々な人がいる中私たちは、詩穂ちゃんの後について先生のところに向かっていた。
「先生。山田さんがどこかへ行ってから帰ってきていないのですが、なにか知っていますか?」
先に聞いたのは詩穂ちゃんだった。
2人に割って入った紗穂ちゃんが、心配そうな顔をして言った。
「やっぱり、直幸がなにかしでかした!?」
「2人共落ち着いてください。山田さんは確か、多目的室に行っていると思いますよ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
詩穂ちゃんがそう言ったあと、3人で多目的室に向かった。
「…十三世様は、本当に良いご友人に恵まれたようですね。」
誰かが呟いたが、すぐに生徒たちの声にかき消された。
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