その3 入学式と嫌な予感

 入学式を行う体育館には、A組が先頭で入った。拍手が聞こえてくる。少し緊張してきた。

 私の1つ前に並んでいる詩穂ちゃんは、さっきから何度も手にもった紙を見返している。そういえば詩穂ちゃんは、生徒代表として入学式で抱負を話すと言っていた。拍手の音から考えると、体育館にはたくさんの人がいるらしい。私だったら、もし噛んだらどうしよう、もしステージに向かうときに転んだらどうしようと考えてしまい立っているだけで精一杯になるはずなのに、詩穂ちゃんはぱっと見平常心で、いつもと変わらないように見える。だが、時折深く息をつくなどの仕草から、とても緊張しているのを感じる。紗穂ちゃんにも緊張が伝染しているのか、落ち着かない様子でちらちらと詩穂ちゃんの方を見ている。無事に成功するといいんだけど…。

 E組の番がやってきた。前のクラスの生徒の生徒の真似をして、一礼してから入る。体育祭には、新入生の保護者、来賓であろう知らない大人や、在校生も何人かいた。拍手をしてこちらを見ている。カメラを構えている人も何人かいた。転ばないように気をつけながら歩いた。…ところが、私の前を歩いていた詩穂ちゃんが、自分の靴紐を踏んで転んでしまった!!

 大丈夫!?と駆け寄ろうとした次の瞬間、なんと信じられないことに、さっきまで座り込んでいた詩穂ちゃんは、何事も無かったように歩き始めていた!立ち上がる動作も見えず、まるで、画面が切り替わったようだった。私は自分の目を疑った。だが、前を歩く詩穂ちゃんは確かにいつもの詩穂ちゃんで、恥ずかしがっている様子も無かった。周りの人も、詩穂ちゃんには他の人にしたようにただ拍手をしているだけで、心配している様子は無い。まるで、私だけが幻を見ているようだった。こんなこと、魔法か何かじゃないと説明がつかない。

 そして今、私が、動揺して立ち止まっていたことに気がついた!恥ずかしい。穴があったら入りたい。流石に周りも急に止まってしまった私に注目しているだろうと思い、チラっと辺りを見回したが、不思議なことに誰もこちらを見てなかった。なんだかよく分からないが、助かった。私は、もうだいぶ距離が離れてしまった詩穂ちゃんをあわてて追いかけた。

 その後の入学式は順調に進んだ。詩穂ちゃんのあいさつも無事に成功した。原稿を読む詩穂ちゃんは、とても堂々としていた。プログラム通りなら、このあとは在校生代表の言葉と国家・校歌斉唱だけのはずだ。あと少し。そろそろ集中力も切れてきた。早く終わらないかなと思っていたとき、体育館のどこかがカタカタと揺れだした。また気のせいだろうと思ったが、カタカタはどんどん強くなり、体育館全体がグラグラと揺れだした。地震だ!しかも、まぁまぁ強い。誰かが会場にアナウンスをかけた。

「皆さん落ち着いてください!物が倒れたり、落ちてこない場所で静かに待機してください!」

 生徒の反応も様々だった。椅子に掴まる人、そこまで大変なことじゃないと安心している人、友達とヤバいねと話している人、それでもみんなが、うっすらと不安を抱えていた。

 程なくして地震は収まった。これから、入学式はどうなるんだろう…。また体育館にアナウンスが流れた。

「生徒、保護者の方々、来賓の皆様に連絡です。職員で今後の対応を協議しています。その場でしばらくお待ち下さい。」

 周りの生徒の緊張もこれでほぐれたらしい。張り詰めていた空気が緩るみ、段々周囲がザワザワし始めた。私は右隣りにいた山田さんに話しかけようとした。だけど、山田さんはとても真剣な顔でなにやら考え込んでいる。とても話しかけれる雰囲気では無かった。左隣の詩穂ちゃんに話しかけても、きっと静かにするように注意されてしまうだろう。仕方がないので、大人しく黙って待つことにした。

 10分程経ったとき、アナウンスが入った。

「生徒、保護者の方々、来賓の皆様に連絡です。安全が確保されましたので、入学式は終了時刻を20分遅らせて、予定通り続けたいと思います。もうしばらく、座席に座って静かにお待ち下さい。」

 アナウンスを聞いてホッとした。少し大きいだけで、大した地震じゃ無かったってことだ。だけど、山田さんは相変わらず深刻な顔をしていた。

 何か、嫌な予感がした。

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