その2 新しい先生

 私たちは、席に座って先生が来るのを待っていた。他のクラスメイトはみんな、ガヤガヤおしゃべりをしている。紗穂ちゃんが、後ろを振り返って話しかけてきた。

「ねぇねぇ、新しい担任の先生、どんな人なんだろうね!」

「優しい人がいいけどね〜。」

「ホントそうだよ!怖〜い鬼みたいな先生だったら嫌だな…。ほら、あたし、遅刻とか多いし、勉強も全然できないからさ。」

「!?」

 ん?今、怖い鬼みたいな先生って紗穂ちゃんが言ったとき、窓の方を向いていた山田さんがこっちを見て驚いていてたような…?

「どうしたの?」

「ん?なにがだ?」

「いや、なんか驚いてた気がしたから。」

「…気のせいじゃないか?」

「そっか、ごめんね。」

 山田さんはまた窓の方を向いてしまった。やっぱり、気のせいだったのかな?

 詩穂ちゃんの方を向くと、キラキラした目をしてこちらを見ていた。

「千春、絶対今の気のせいじゃ無いって!」

「えっ!?」

「だって千春は昔から、えっと、タンソツガン?」

「タンソツガン…ってなに?」

「観察眼ね。」

 ずっと静かに本を読んでいた詩穂ちゃんが顔を上げずに訂正を入れた。

「そうそれ、観察眼!千春は昔っから観察眼が鋭かったじゃん!さっきのクラス表も、見つけるの1番早かったし!」

「いや、あれはたまたまだって…。」

「それに、人のこともよく見てるっていうか、千春の前だとなんか嘘つけない感じがする!」

「それは紗穂ちゃんが正直者なだけだよ!」

 「いや、私も紗穂の言っていることは合っていると思いますよ。」

「詩穂ちゃんまで!?」

 読んでいた難しそうな本を閉じて、詩穂ちゃんは続けた。

「確かに千春さんは観察眼がとても優れています。それに、人の心に寄り添う優しい心もあります。なので紗穂も、嘘をついたら千春が悲しむと思って、普段私から隠すようなことも話せるのではないのでしょうか?」

「そうそう!こないだも、お腹が空きすぎて食べちゃった詩穂のゼリーのこと、千春に内緒で話したでしょ?」

「…紗穂?」

「…あ。」

「家に帰ったらお話があります。」

「あ〜待って待って!ごめんなさい〜!」

 あのゼリーのこと、まだ話して無かったのか。本当に紗穂ちゃんは紗穂ちゃんだな…。2人に褒められて、自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。照れるけど、嬉しいな。

 あれ?ずっと外を見ていた、窓に反射した山田さんの顔がほほえんだ。

 きっとまた、気のせいだろうけど。


 しばらくして、教室の前のドアが開いた。それに気づいたみんなが席に座って急に静かになり、空気がピリッとした。みんな緊張している。

 そして、担任の先生が入ってきた。先生は、黒いスーツを着ていた。

「え〜、おはようございます。皆さんの担任になった、川村かわむらといいます。1年間よろしくお願いします。」

 とても落ち着いていて、はっきりとした声だった。

「早速ですが、入学式が始まりますので移動します。廊下に出席番号順で2列になって並んでください。」

 それを言うと、先生は廊下に出ていった。程なく周りがザワザワし始めた。誰かの声が聞こえてくる。


「ねぇ、先生のことどう思う?」

「え〜?なんか厳しそうじゃね。」

「それな〜。地味だし。」

「あいつの名前なんだっけ?」

「え〜っと…忘れちゃった。地味だったし。」

「あ〜あ、今年はハズレか。」

「でも、顔はよくね?」

「分かる。顔がよかったことだけは覚えてる。」

「背も高かったし。」

「彼女いるかな。」


 段々話す声が遠くなっていって、これ以上は聞き取れなかった。先生のことをハズレとか言うなんてひどいと思ったけど、確かに川村先生は地味だった。これといった特徴も無く、影が薄い人だとも思った。

 そろそろ廊下に並ぼうとドアに向かうと、追い抜きざまに紗穂ちゃんが話しかけてきた。

「ねぇ、怖い先生じゃ無さそうだったね!」

 紗穂ちゃんは、安心したようなニコニコ顔を浮かべていた。

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