第20話
「どうなんでしょう。なにしろ一言もいただくことなく、お嬢様、このような状態になられてしまわれたものですから。ワタクシには判断がつきかねます」
「よほど遠くまで行きたかったのだろう。君に追いつかれないほど素早く。馬鹿げた手段と言わざるを得ないのが残念だが、気持ちの方向性は正しいと理解もできる」
「景気付けのためかと思いましたが」
「そんなものを付けてどうする?」
「私の素晴らしき提案にイエスと答える」
詳しく説明をせずとも、『素晴らしき提案』の内容に察しがつくのは、長い付き合いの成果だろうか。クリストファーは呆れた思いをそのまま声に表し、
「ひどい男だ。こんなおまけなど付かなくても、君にはいいことばかりじゃないか。地位も財産も思うがまま。良かったな、ジェラルド。次男坊ゆえに諦めていた高嶺の花を目指せるぞ」
「私にはそちらのお嬢様がどちらに比べても最高峰ですよ。ください。お父様」
「いよいよ父か。君になぞやらんよ。寝ている娘に、起きていたなら到底許可の降りないような真似をするような男に、誰が娘を渡すものかね」
「それはわかりませんよ? あるいは許可はいただけたかもしれないじゃないですか」
「見えているものくらいは、まともに見たまえ。いただけなかったからのこの状態だろう」
クリストファーは両手を大きく広げてみせる。彼の背後には、転がったグラスと濡れたままの絨毯(ヘレンが気付いたら、どれほどネチネチ言われることか)、椅子が一脚ひっくり返った(記憶にない)結果、床に落ちたクッションがいくつか散乱している。
そして、ひそめられているわけでもない声でも気にもせず、非常に静かに眠り続けている娘が一人。仰向けに眠る姫君。狭くここだけを見れば、童話の一場面にも見えよう。
「もとより当主の命令に従うような娘じゃない。そもそも僕は嫌われたくはない。本人を相手に説得するか懇願するか泣き落としでもしたまえよ。万が一メアリーの氷が砕ける事態となった暁には、一族を挙げて祝福もしよう。そんな程度のことなら約束してもいい」
「意味するところは推奨? ご当主様のお墨付き?」
「私の言ったことが聞こえていたのか? ジェラルド・カーストン」
私は確かに君を相手に話していたのだが。皮肉たっぷりに付け加え。
「もう一度言うが、立場が変わってどんな不都合があると言うんだ。せいぜいがあの愛すべき次男坊クラブを脱退しなくてはならなくなるくらいで、他に支障など見当たらないぞ」
「時のいたずらで歴史に真価を残せない、我ら優秀なる次男坊クラブ、ですよ。私は発起人なので、一抜けするのは気が引ける」
「仕方がないだろう。発起人だろうと、条件を充たすことができなくなれば、資格剥奪は当然だ。新しく作ればいいじゃないか。思いがけず家を継ぐことになってしまったけれど我が器が不安な御当主クラブ、とか。募ればそこそこメンバーは集まるよ」
「よくそれほどの情けない名前をすぐに捻りだしますね。もっと重々しいものでないと、軽薄な輩の集まりだと思われてしまいます」
「名前などどうでも君がいるだけで存分に印象は軽薄だ。心配するな」
クリストファーはいきなり立ち上がった。慰めにしては強過ぎる力でジェラルドの肩を叩き、そして、そちらを見ずに声を張り上げる。
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