第15話
考えていなかったはずはない。それこそ、そもそもはメアリーアンの命題でもあった。常に心から消えることのない身分というものが、いつも彼女を追い詰めている。
「それは……」
細い声。定まらない視線が言葉を探し、予定調和的に霧夜に迷う。
見えない。見つかるわけがない。そんな状態のメアリーアンにジェラルドは畳み掛ける。勝利への自信が彼の言葉に勢いをつけた。
「彼を失っては私も困る。あなたは、彼がその愛を貫けば、引き替えに身分を失うことを理解しているのでしょう。身分だけではない。彼がその手で築き上げたものも、放棄しなくては収まらない。あなたのそのお友だちは、兄にそこまでのことをさせたいものですかね。自分と引き替えに何もかもを捨てろと?」
「そんなことは決して考えていないわ。アニーは、あの子はただ、」
好きな人と一緒にいたいだけよ――
最後は聞こえぬほどの細い声になった。ジェラルドの流れるような台詞が被せてかかる。
台詞。芝居がかって聞こえる。そして、よくできた芝居ほどに力を持つ。心に響かせてみせましょう。
「それほどの愛だと言いますか。私が現状を語れば語るほど、この巨大なものに匹敵する愛だと? ジェイムズがそれを惜しみ、その愛との引き替えは割りに合わないと考えたとは、なぜ思わないのです?」
「そんな方なの? あなたのお兄様は」
「それは悪い手ですよ、メアリーちゃん。答を相手にふるのは放棄に近い」
自身からの逃げです。ジェラルドは真面目くさった顔で言った。メアリーアンに視線を外されたとき、ジェラルドの心に満ちたのは、ある種の哀しみだった。
自分の言葉を真剣に受け取り、考えている。考えてしまっている。そう来られては、――つまらないのに。
「よろしい。あなたのいうルートで、私が努力をしてみても良い」
だからジェラルドは、新しい扉を開いた。向かうは次の段階へ。
「但し、こんな場面では当然の如く、条件があります。とんでもないことに手を貸そうというのだから、私にも報酬がなくてはならない」
ジェラルドは、メアリーアンの視線を正面から捉える椅子に収まった。グラスをテーブルに置いた。両膝にそれぞれの肘を載せ、下から覗き込むように彼女に寄った。
「あなたが意味はないとおっしゃるものは、現段階では私にも意味はない。ですが、メアリーちゃん。お気付きでしょうか。あなたはそれを変えることができるのですよ。私にとって、大層意味のあるものに」
顔を寄せる。知り合ってから数年、これほど近付いたことはない。初対面の場も悪かった。以来、心情的にも物理的にも、距離はただただ開く一方だ。
しかしジェラルドはそんな過去など誰のものかとでもいうような調子で、
「あなたが」
手を取った。これはその渋く暗い歴史の中でも、幾度か為したことのある行いだ。そんなときのメアリーアンは極めて仕方なさそうに、まさに気持ちギリギリの淵に立ち、といった表情を浮かべていた。
衆目の場で、その雰囲気に沿うように、マナーを侵さぬために。
今もそうなのかもしれない。変わらない視線の高さ。メアリーアンの中で、いったいどのような考えが巡らされているのか。
彼女の冷たい手は何も伝えはしない。指の先ほどひんやりと。まるで重さを感じさせずに、それはただジェラルドの手の上に在った。
「ローダーディルの庇護を一身に私の元に来ると言うのなら、ジェイムズの代わりにラウンズドンを継ぐ者となることを考えてもいい。あぁ、特に考える必要もない。すぐにこの場で膝を着きましょう」
――あなたの友人、アニーという娘の幸せは、
「あなたの選択次第だという話です」
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